「兄貴ー、一緒に祭を見に行こうぜー」
「すまんな、ちょっと図書館で調べ物がしたい。誰か、他の者と行ってくれ」
朝、皆でアジの干物に加え、味噌汁なる謎の液体と米の飯を食んでいると、義妹《いもうと》が祭見物に誘ってきたが、申し訳ないけど断らせてもらった。
というのも、いつぞやの幽魔族なる謎種族の男と、ついでに「黒魔の宝玉」のことが気になったからだ。
「えぇ~……兄貴が行かないなら、オレも行かないっス。一緒に図書館行くっスよ」
ううむ、仔犬のようなやつだな。まあ、余暇をどう過ごそうと、俺が口出しすることではないが。
「そうか、じゃあ一緒に行こう。他の皆はどうする?」
「何について、調べるんですか?」
「幽魔族と、『黒魔の宝玉』についてだな」
「確かに、ちょっと気になりますわね。私も一緒に調べますわ」
パティが質問して、フランが同行の意を示す。結局、皆それに付和雷同して、全員で図書館へ行くことになった。
◆ ◆ ◆
というわけで、バーブルの図書館にやって来た。外側は石造りで、内部の書架には種々様々な巻物や本が置かれている。
調べものの描写などしても退屈なだけなので、結果だけ述べると、以下のようなことがわかった。
まず、幽魔族はバーブルのさらに東、海を超えた地域「オウカ」に住むレアな種族で、半霊体とでもいうのか、体重がないという大変変わった存在らしい。
魔力を"視る"ことができるそうで、俺らの車両の近くにあった「黒魔の宝玉」を収納した車両を、一直線に目指してきたことに得心がいった。
ただ、なぜあの隊商が、目当ての物を輸送していると把握できたのか、それはわからない。
次に「黒魔の宝玉」だが、やはり魔王の魂を封印したものらしい。どこでこんなもん手に入れたんだ、モロオ卿は……。
魔王の名は、「ザファー」。補助的な宝具、「天魔の杖」と「降魔の書」が揃えば、儀式によって魔王が復活するらしい。縁起でもない。
ついでに、いつぞやの遺跡で入手した巻物の情報でもないかと調べてみたが、これに関しては芳しい結果は得られなかった。
調べ終わって伸びをすると、午後六時の鐘の音が聞こえてきた。
「兄貴ー、閉館時間っスよ」
「おお、もうそんな時間か」
「祭は夜でもやってるらしいっスよ、行きましょうよー」
へえ、それなら今から祭ってのも悪くないな。
「よし、行こうか。みんなも行くか?」
本を書架に戻し、退館しながら皆に問う。
「いいですね、行きましょう行きましょう! ボク、もう座りっぱなしで、体ゴワゴワですよ」
年寄りみたいなことを……。そんな重い鎧、着けてるからだよ。
「そういえば、パティとサンは別のものを読んでいたようだが、ありゃ何だったんだ?」
「恋愛小説ですよ。最近ハマってて」
義妹も首をうんうんと振っている。恋愛小説、そういうのもあるのか。というか、サンがハマるとはなあ。占いといい、パティの乙女チック波動の影響でも、受けてるんだろうか。
◆ ◆ ◆
大通りに出ると、紙製のランタンを多数並べて吊るし、灯りをとりながら、祭に興じる人々がまだたくさんいた。
腹が減ったし、とりあえず何か口にしたいところだな。
「なんだか、面白い焼き物の屋台がありますよ」
ナンシアが袖を引っ張る。
屋台を見ると、鉄板の上でドロリとした液体に千切りキャベツや、肉を乗せて焼いていた。片面が焼けると、コテを二つ使って器用にひっくり返すのが面白い。見事見事。
店の看板を見ると、「お好み焼き」と書いてある。また、奇妙な料理と遭遇したようだ。横にはイートインスペースがあり、老若男女がこの料理とエールを楽しんでいる。
「ご主人。これはどういう料理かな?」
「へい、お好み焼きっていいまして、小麦粉をといたものにキャベツや豚肉、イカなんかを乗せて食べる料理で」
「具は選べるんですかね?」
「へい、そりゃもう! お好み焼きってぐらいですから!」
「だそうだ。みんなは何を入れてもらう?」
オーダーをまとめると、烏賊が六、豚が一。義妹は、豚と烏賊両方食うつもりらしい。呆れた食欲だな。
というわけで注文を伝えると、店主が威勢の良い返事とともに溶いた小麦粉を流し込み、具を載せて焼き始めた。やや経つと、香ばしい匂いが立ち込めてくる。これは食欲を唆るな。そして、華麗なコテ返し。サンが拍手を送る。
ややあって、ソースを塗ったお好み焼きが、皿に乗せられて出てきた。お好み焼きの上では、謎の茶色い物体が、ゆらゆらと踊っている。緑色のパウダー状のものと、細切りにされた紅色の物体も不思議だ。
「何だかファンタスティックな料理ですねえ~」
踊る物体に、興味津々のクコ。
「早速食べてみようじゃないか。みんな美味しそうに食べてるし、きっと旨いぞ」
地元民のように箸が使えないので、フォークで切り取って、口に運ぶ。
ほう、これは濃厚なソースの旨味がまず口を満たし、続いて小麦粉ベースの土台がそれを受け止め、咀嚼すると烏賊とキャベツの旨味が溢れる! ううむ、このふわっとした土台の感触、実に不思議。
何か、隠し味が仕込まれていると思うのだが、これが見破れない。悔しいな。ちょっとだけ「やあ」と主張する、酸っぱ辛さもいいアクセントだ。どれがその正体だろうと注意深く食べてみたら、紅色の物体が仕掛けのようだ。
「店主、このふわっとした感じはなにか隠し味が?」
謎解きをギブアップして、尋ねる。
「とろろですね。山芋を擦ったものです」
ほほう、山芋ねえ。バーブルの特産品かな。エールをグイッとやると、お好み焼きと実に合う。うまし。
お好み焼きを食みながら、他愛もない会話をしていると、通りの向こうから掛け声が響いてきた。何だ何だ?
掛け声はどんどん大きくなっていき、人の波が目の前をよぎる。中央では何かを担いでいるようだ。
「店主、ありゃ何です?」
「神輿です。祭のときはあれを担いで回るんです」
掛け声で互いの声がかき消されそうなので、大声で会話する。いやはや、すごい声量と活気だ。
やがて、神輿担ぎの列は遠くへと去って行った。すると、不意に上空から、何かが炸裂する音が響いてくるではないか。
空を見れば、光の筋が立ち昇って上空で爆ぜ、様々な光の軌跡を残して四散している。
「あれは?」
「花火っていって、魔導師が爆発魔法を応用して、空中に模様を浮かび上がらせてるんです」
店主の言葉に感心する。爆発魔法にこんな使い方があるとはなあ。
やがて、バラバラと細かく弾ける音が聞こえ、宙空に『建国七十周年』の字が浮かび上がった。おお、こりゃすげえ。
今のがラストだったようで、立ち止まって見上げていた群衆が動き始めた。人気が、徐々に薄れていくのを感じる。そろそろ祭も終わりか、名残惜しいな。
「俺たちも、そろそろ宿に帰るか?」
サンが最後の一口を飲み込んだのを見届け、一同に声をかける。
「そうですわね。祭も終わりのようですし」
「いいときに来ましたね」
フランとパティが提案に従い、立ち上がる。他の皆もそれに続き、祭見物はお開きとなった。
◆ ◆ ◆
屋台が徐々に畳まれていく中、大通りを宿に向かって歩いていると、サンが唐突に素っ頓狂な声を上げる。
「何だ、どうした?」
「兄貴、これ超クールっス!」
マイシスターの指差す先を見れば、様々な木彫りの面を売っている屋台が、その先にあった。狐と思しきものや、鼻の長い、よくわからないものなどがある。こりゃまたけったいな。
「兄貴ィ、あの狐っぽいやつ欲しいな~……なんて」
「買ったらいいじゃないか。お前の財布にも、そのぐらいあるだろう?」
すると、横合いからフランに肘で小突かれた。痛て。
「気が利きませんわねえ。買ってあげなさいな」
サンを見れば、ちょっとしょぼくれている。ああ、わかりました。察しました。
「う、うむ。可愛い義妹の頼みとあれば、お安いご用だ! 店主、ひとつくれ!」
すると、しょぼくれモードから、一気に太陽のように明るい表情になるではないか。
「ありがとうっス! 一生の宝物にするっス!!」
いやー、喜んでくれたようで何よりだ。ナイスフォローだフラン。お前、死霊と悪魔が関わらなきゃ、ほんと常識人だよなあ。
かくして、改めて俺たちは帰路についた。宿で相部屋になったパティ曰く、サンはお面を抱きしめて寝ていたそうな。
これ以来、義妹は外出時には、必ず左側頭部にずらして狐面を被るようになった。
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