前回の冒険で手に入れたお宝のうち、巻物十巻と結構な量の宝石を貰った。ただこの巻物、魔法文字で何か書かれているし、魔力も感じるのだが、どう鑑定しても効果がわからない代物であり、かといって歴史的な価値もないということで、半ばジャンク扱いである。
こんな得体の知れない物品を貰っても困るが、宝石の方は換金したら結構な額に化けた。やはり、遺跡は当たるとでかい。
冒険者が金を手に入れたらやることと言えば、なんと言っても「贅沢」。何ぶん明日をも知れぬ身なので、後生大事に蓄財するという考えが薄い。帰ってきたらおしゃれな装備を発注して、夜は酒場の客に酒を奢って、大宴会に興じた。
一週間ほどだらだら過ごしていたが、そろそろ仕事しないとまずいんじゃね? という自堕落かつ消極的な理由から、久しぶりに早朝の告知所にやって来た次第。
ちなみに、ついに全員分の徽章も出来上がり、俺もサブ武装として銀製のかっこいいショートソードを誂えた。他の皆も、ちょいと装備がレベルアップしている。
「さて、今回の依頼は……と」
依頼票を眺めていくと、連続殺人の起きている村の事件を解決してほしい、という旨のものがあった。なんだかミステリーのかほりがするじゃあないか。
報酬が高いわけでもないが、なんとも気になる案件だ。他のもざっと見たところ、今日の案件は全体的に渋いようだし、これでどうだろうか? と言うと、わりとあっさり全員の承諾が得られた。
アンデッド討伐依頼があったら、もっとこじれたかもしれない。
旅支度を整えるため一旦宿に引き返したところ、「兄貴、ちょっと待ってほしいっス」と、義妹に呼び止められてしまった。
「へへへ。実はオレ、最近占いにハマってるんス。今日の運勢を占ってみるっス」
あのサンが、なんとも乙女チックな趣味を身に着けたもんだ。様子を見守っていると、小袋からサイコロ五個を取り出してテーブルに勢いよくばら撒いた。
「むむむ……見えたっス!」
彼女はしばらく、真剣な面持ちでサイコロを見つめていたが、面を上げる。
「今日、オレらは運命的な出会いをするっス」
自信満々に、サムズアップするサン。何だかすごい自信だが、ホントかね? まあ当たるも八卦、当たらぬも八卦って、異界でいうそうだしな。
何やら大げさな占い結果が出たところで、現場に行くとしようかね。
◆ ◆ ◆
昼下がりのこと、連続殺人が起きたというソノヘン村へ向かう途中の森で、か弱い犬の鳴き声が聞こえた気がした。
「何か、犬の鳴き声が聞こえませんか、ロイさん?」
クコも気づいたようで、立ち止まって目をつぶり、耳に手を添えて聞き耳を働かせている。
「何だか、放置していくのも気になるな。ちょっと探してみよう」
声の聞こえる方に藪を掻き分けていくと、四肢をトラバサミに挟まれた、運のない犬……いや、狼が横たわっているじゃあないですか。
うーむ、どうしたもんか。害獣駆除のために仕掛けたものなんだろうが、だからって見殺しにするのも、どうにも気分がよろしくない。
「よし、こいつを助けてやろう」
「やめておいた方がいいんじゃありません? この狼きっと、家畜荒らしなんでしょう」
「そう言われると気が引けるが、狼は食糧難でもなきゃ人里へ来ないもんだ。こいつは、ただの迷い狼なんじゃないかと思うぜ」
フランが反対の意を示すが、構わず罠を外して狼を放ってやった。
「それに、サン大先生の占いによれば、運命的な出会いがあるそうだからな。こいつのことかも知れんぞ」
足が自由になると、狼はこちらを一度振り返り、ひょこひょこと森の奥へ消えて行く。はて、そういえばあの狼、出血していなかったような? 気のせいか。
◆ ◆ ◆
さらに少し歩いて村に到着すると、村人が農作業に勤しんでいるのが見えた。
「あの」
干し藁を台車に積んでいた中年女性に背後から話しかけると、ひいっと声を上げて藁束を落としてしまった。そんなびびらなくても、いいじゃないか。
「何のご用でしょうか?」
不審者を見る目つきで、俺たちをジロジロと眺めてくる。何だか感じ悪いな。
「依頼を受けに来た冒険者です。詳しい話を、聞かせてもらいたいのですが」
「例の件についてでしたら、あちらの村長様のお家で尋ねてください。詳しく教えていただけると思います」
依頼票を見せながら説明すると、一転して安堵の表情を見せる。ううむ。仕方ないことだが、村全体がかなりナーバスになっているようだ。
◆ ◆ ◆
「ようこそ、おいでくださいました」
依頼票片手に、他の民家よりもやや大きい村長宅に行くと、白髪交じりの初老の村長に、清涼な香りのする茶を出され歓待された。こいつはラベンダーというハーブの香りだ。遠出先で喉の潤いは実にありがたい。
「ありがとうございます。早速ですが、詳しく話をお聞かせいただけますか?」
話を促すと、彼は暗い面持ちで語り始めた。
「今から五日前のことです。ダンナーとツィマー夫妻の家が夜に襲われ、翌朝彼らは惨殺死体となって発見されました。その荒らされ方は凄惨なもので、体のあちこちが千切られていたのです」
震える手で、ティーカップを置く村長。話に聞くだけでもえげつない光景だ。しかし、それでも詳しく話を聞かなければならないのが、心の痛むところである。
「二人は元冒険者で、引退したとはいえ、生半可な相手に遅れを取るようには思えません」
「駐在の衛士は、これについてどのような見解を?」
気持ちを落ち着けるために、ラベンダーティーを一口飲む。鼻腔に良い香りが満ち、心が鎮まっていく。村長の心遣いが実に染み渡るな。
「金品に手を付けていないので、物取りの犯行ではない、殺人狂の行いであろうと言っています。この村に、そのような恐ろしい者がいるとは思いたくないですが」
彼も茶を飲み、一息吐く。
「三人目の被害者であるガイシャーも同様に、酷い殺され方をしておりました。二日前のことです。やはり夜に自宅で襲われ、無惨にも……」
目頭を押さえ、感情を堪える村長。村思いのいい人だな。これ以上被害を増やさないために、尽力したい。
「最近何か変わったことはないですか?」
「そうですね……」
しばし腕組みをして、仰ぎ考えを巡らせていたが、自信なさそうに答える。
「最近でもないですが、去年疫病で多くの者が亡くなり、人手を補うために入植者を募りました。十人の入植者が集まりましたが、幸いにも皆いい人たちで、殺人を犯すようには見えません」
ふうむ。これは現場百回と言うやつで、現場を見てみないとなんともいえんなあ。
「現場を見せていただいても?」
「はい、自由にご覧ください。案内の者をつけましょう」
では、現場へGO!
◆ ◆ ◆
村の案内役として、一人の若い村娘をつけてもらった。若いと言っても、俺たちより年上の十九歳だが。名をナンシアというそうな。
百八十センチ強はある、長身のスラリとした美人で、ブロンドのショートヘアがさら美しさを際立てていた。硬派の俺も、思わず見とれてしまいそうになる。
「こちらです」
「どうも」
ナンシアさんに礼を述べ、まずは案内された、木造の小ぶりな一軒家の入り口を調べる。
足跡がずいぶんと多い。実況見分その他諸々で踏み荒らされていて、ここから判ることはあまり多くないようだ。唯一判ったことと言えば、人間の足跡ぐらいしかない、ということか。
続いて扉を開けると、血しぶき祭りの現場とご対面。死体はもうなくなっているし、血も乾いているが、凄惨な状況に思わず顔をしかめてしまう。横ではフランが、死者に祈りを捧げている。
ともかくも、現場検証と行こう。
「兄貴ー、なんスかねぇ、これ?」
しばし手分けして調査していると、サンが声を上げた。見れば、手になにやら灰色をした、短めの毛束を数本持っている。
「毛……? 被害者のものか? いや、被害者が襲われているときに、犯人からむしり取ったものかも知れん」
彼女から毛束を受け取り、よく観察する。上手く言えないのだが、どうにも毛髪に見えない。何か動物の体毛と言ったほうが、しっくりくる質感だ。
まあいい、あとで毛髪が不自然に抜け落ちている村人がいないか、確認しよう。急に坊主にしたやつなんかいたら、要チェック。被害者の頭髪という可能性も、ないではないが。
さらに調べこんでみたが、有益な証拠は見つからなかった。次に期待だ。
そうして案内された二軒目は一軒目以上に小さく、まさにザ・一人住まいと言う感じの家。
こちらも足跡がずいぶんと多く、呼ぶならもっと早く呼んでくれと、思わず呟きたくなる入り口前の荒らされぶり。
ドアを開ければ、こちらも死体は片されており、血しぶきは乾ききっている。さすがに二回目ともなると……別に慣れはせんな。やはりここでも、祈りを捧げるフラン。
現場を丹念に調べたが、一軒目以上に得られたものが少ない。これは厳しいな。
◆ ◆ ◆
まだ陽が高めの夕刻、村長に手伝ってもらい、村人一同を集めてもらった。どうしたことかと、皆ざわついている。
「一軒目の被害者宅から、このような毛束が発見されました。被害者のお二人の頭髪でしょうか?」
クコが村人たちに毛束を見せて回るが、「髪色が違う」という回答が多く寄せられた。
「では、皆さんの中に不自然に髪が減った、あるいは急に髪を短くしたという者はいますか?」
村人が再びざわつくが、どうにも芳しい回答が得られない。ううむ、アテが外れたか。どうにも、彼らの動揺と疑心暗鬼を煽っただけのようで気まずい。
「村長。とりあえず村を警らさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「わかりました。よろしくお願いします」
パトロールに対する許可を得られたので、不安を口にする人々をなだめ、ご解散願うことにした。犯人を泳がせた方がいいのか悩んだが、さらに被害者を出しては元も子もない。今回はシリアスだなあ。
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