今日も、芳しい依頼なし。
そんなわけで、「青い三日月亭」でコーヒーなど飲んで茶話していると、からんからんとドアを開けて、珍客が訪れた。
「やあやあ! やはり、この店にいたか、ロイ君!」
その人こそ、いつもの訓練着ではないが、お嬢様然とした衣装に身を包んだ、クッコロさんだ。
「これはどうも、こんにちは。いかが致しました?」
「うむ! デエトしよう!」
あまりに突飛な提案に、しばし固まる。
「……はい?」
我ながら、きっと相当間抜けな表情をしていたに違いない。
「デエトだよ、デエト! まさか、知らぬのか?」
「いえ、デートぐらいは存じておりますが、そのまた、どうして急に」
「君に惚れた! それ以上の理由がいるかい? ぜひ、婿に迎えたいと思っている!」
な、なんですとー!?
「いえ、あの、その……。そうだ、ハイプライド卿のお許しが……」
「父上なら、大変乗り気だ! 『彼は見込みがある。将来性に素晴らしいものを感じる』とのことだ!」
ひょええええ! 退路を塞がれた!
「しかし、その、心の準備というものがですね……」
「私では、不服か? 私は、そこまで魅力がないか?」
入店し、前かがみになり、視線を同じ高さにするクッコロさん。
吸い込まれそうな、美しい碧い瞳。化粧も施しており、近くで見ると、この上もない美人だ。その清楚なお嬢様スタイルと相まって、ドキッとしてしまう。
「いえ、魅力がないということは、決して……」
「ふふっ。顔が紅いぞ。どうやら、私の出で立ちは合格のようだな。入店して、何も頼まないのも失礼だな。ロイ君と、同じものを頼む」
「かしこまりました」と、厨房に消えていくバーシ。
クッコロさんは対面に腰掛け、にこやかにこちらを見ている。
「で、返事はYESかな? NOかな?」
……困った。断る理由がない。そもそも、彼女とのデートが嫌なわけではない。ただ、唐突すぎで焦っているだけで。
「兄貴、オレ、ちょーっと一緒に、買い物してほしいんすよね」
唐突に、義妹が会話に割って入ってきた。
「なんだ、サン。何を買うんだ?」
「そ、それは……出かけてから決めるっす!」
何がしたいんだ、この子は。
「ロイくん。私も、お洋服の買い物に付き合ってほしいかな」
ナンシアも、会話に乱入してくる。
「その、見ての通り、取り込み中だ。明日ではダメか?」
「む……明日ではダメなの!」
やあ、困った。何なんだこの状況。
「ロイ君、君も罪作りな男だねえ」
首を横に振るクッコロさん。なんなの、ほんとに。
「お二人とも、一番最初に切り出したのは私だ。私に優先権があるだろう?」
彼女がそう言うと、二人とも、「ぐ……」と黙ってしまった。
「さて、横やりが入ったが、改めて訊こう。YESかな? NOかな?」
「……ではYESで」
やはり、どうひねり出しても、断る理由がない。それに、デートしたからといって、イコール、ゴールイン一直線というわけでもあるまい。
サンとナンシアが、深くため息を吐く。何なんだ。そんなに今日でかけたかったのか? さらに、それを見て深い溜め息を吐くフラン。クコはほくそ笑んでるし。何なんだよ、ほんとに。
クッコロさんは、「美味いコーヒーだな!」と言いながら素早く飲み、会計を済ませると、「さあ、行こう!」と爽やかに促してくる。
やれやれだな。
◆ ◆ ◆
「ロイ君。ずばり訊きたい。私は、君にとって、女として魅力があるか?」
アクセサリーショップを、ウィンドゥショッピングしていた我々。またもや直球かつ唐突な質問に、「はい!?」と固まる。
「どうかな」
「その……率直に、大変魅力的だと思います」
正直な気持ちだし、何より今は、デート中だ。……どう見ても、ハイプライド卿の寄越した見張りが、多数いるのがアレだが。
「そうか、そうか! 私は、侍女こそいたものの、男手一つで育てられ、訓練に明け暮れてきて、色気の一つもないのではないかと、自信がなかったが、捨てたものではないようだな!」
嬉しそうな彼女。本当に、年頃の女の子そのものの姿だ。
「いえ。偽りなく、大変魅力を感じています」
「ロイ君」
ちょっと、不満げな視線を向けてくるクッコロさん。
「はい」
「デエト中に、ですます調はないと思うぞ。もっとフランクに接してくれ」
「わかりまし……わかった。これでいいかな?」
少し、肩の力を抜く。
「うむ、よろしい。さん付けもなしだ。今は、クッコロでいい」
「わかった、クッコロ」
「うむ、いいぞいいぞ。次は、服を見よう。市井の服が、どんなものなのか、大変興味がある」
手を差し出してくる彼女。
さすがに、意図がわからんほど、鈍感ではないつもりだ。手をつなぎ、街を歩いて行く。
◆ ◆ ◆
「ふふ。楽しいな、デエトというものは。生まれて初めてしたが、実に心が弾む」
「楽しんでもらえているようで、何よりだ」
カフェテラスで、揃いのアイスティーを飲む我々。
「私も、女なのだな。殿方とのデエトに、ここまで夢中になるとは思わなかった」
微笑みを向けてくる彼女。思わず、ドキッとする。彼女の顔も紅い。
「今まで、縁談の話はなかったのか?」
「あったとも。だが、すべて断った。騎士になるのが、まずすべてに優先していたからな。だから今、肩の荷が降りた思いだ」
「そうか。君の荷物を降ろすのが手伝えて、良かったよ」
茶で喉を潤す。俺も、デートなど初めてだな。こんなにも、気持ちがフワフワするものなのか。
「もうすぐ、夕暮れだな。日が沈むまでには帰ると、父上と約束している。残念だ。また、デエトしてくれるかな?」
「手が空いていれば」
互いに微笑む。
「あの……お花、いかがですか?」
不意に、花売りの少女が話しかけてきた。
「今日の記念に、一輪もらおうか」
「ありがとうございます!」
代金を支払うクッコロ。うっとりと、美しい花を見つめる。
「ロイ君。今日はありがとう。では、今日はここで帰らせてもらうよ」
「送っていくよ」
「ふふ、エスコートとはありがたいな。では、厚意に甘えるとしよう」
再び、手を差し出す彼女。その手を取り、ハイプライド邸へと向かうのであった。
◆ ◆ ◆
「サン~、ナンシア~。なんか、言ってくれよ~」
帰ると、一言も口を聞いてくれない二人がいた。
「ロイさん。今ばかりは、怒りが解けるのをお待ちなさいな」
フランが、紅茶を飲みながら、しれっと言う。
やれやれ。どうしたらいいんだ、俺は。
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