モロオ卿と劇場の商談は、つつがなくまとまり、我々は再度バーブルを訪れた。そちらの劇団との契約もまとまったが、遠征は早くてもさらに二週間後とのことで、今回はバーブルの品を仕入れ、米のさらなる供給を目指す。
この頃になると、「うちでも米を買いたい」という店が増え始め、また家庭用としても、少しずつ需要が見込めるようになってきた。卿からは感謝されることしきりで、極めて良好な関係が築けている。
「VIP席用意したからさ、劇、見に来てよ」
さらに再度バーブルを訪れ、劇団を連れ帰ってきた数日後、青い三日月亭にいらしたモロオ卿から、チケットを六枚頂いた。女将さんとバーシにも、同じものを配られている。
「ありがとうございます。ご商売の成功ともども、楽しみですね」
「うん。みんなの力で、バーブルブームが来つつあるからね。これで決定打にするよ」
上機嫌のモロオ卿。
「他にも、有力貴族の方々を招いていてね。さすがの僕も、ちょっと緊張するな」
「それはまたずいぶん、お話が大きいですねえ」
「うんうん。じゃあ、僕は色々やることがあるから当日!」
ちょっとした思いつきが、ずいぶんと大きくなったものだ。それが今、自分の手を離れて独り立ちしつつある。誇らしいやら、少し寂しいやら。俺としては、あまり深入りする気もなかったし、あくまでも本業は冒険者だと思っているので、これでいいのだろう。
我々としても、モロオ卿がイロを付けてくださったこともあり、一連の仕事は結構大きな収入となった。
開演は一週間後とのことで、VIP席に招待された以上、粗末な格好ではいけない。皆で、フォーマルな衣装を仕立てに行くことにした。
◆ ◆ ◆
かくして、街一番の服飾店「レアリティ」で服を作ったわけだが、受け取り当日に試着したサンが、今にも泣き出しそうな声を上げる。
「兄貴~。やっぱオレ、こんなヒラヒラした格好無理っス~!」
とは彼女の弁だが、浅黒い肌と黄色いドレスが引き立て合ってて、実に綺麗じゃないか。
「いやいや、サン。とても似合っているぞ」
「ほんとっスか?」
懐疑的なマイシスターに、うんうんと頷く。
「兄貴がそう言ってくれるなら……」
今度は、何だかもじもじし始めたぞ。むう。
他の皆も、パティは青、フランは白、クコは緑、ナンシアは赤基調のドレスを試着している。かくいう俺は、黒のタキシード。さすがのパティも、鎧を着てVIP席に座る気はないようで、真っ赤な顔をしながら、ドレスの具合を試している。
フォーマルウェアも調達し終わって、明日の開演を待つばかりとなった。
「う~さぶ!」
服飾店からの帰途、不意に寒気を覚えて体を震わせる。最近冷えるなと思ったら、すっかり晩秋か。枯れ葉が旋風に舞っている。時が流れるのは早いもんだ。
◆ ◆ ◆
ついに劇も開幕。我々は女将さん、バーシとともに、二階のボックス席で観劇と洒落込んでいる。女将さんはピンク、バーシは紺色のドレスを着ていて、大変カラフルなことだ。モロオ卿は別のボックス席で、懇意にしている貴族と観劇するらしい。貴族とのお付き合いも大変ですな。我々冒険者は、気楽なもんです。
劇の内容は、バーブルからさらに東に海を渡った地「オウカ」に存在する、サムライと呼ばれる戦士の活躍を描いた、剣豪もの。殺陣が見事で、主人公がばったばったと敵をなぎ倒すさまが、実に圧巻だ。こういうのは、リアルさよりも痛快さよな。
VIP席では、オードブルとともにスケロク寿司が振る舞われており、一般席の客にもスケロクが振る舞われているはず。そういえば、劇場の入り口で様々なバーブル製品が売られていたな。
劇もクライマックスが過ぎ、あとは終劇に向かうというところで、尿意を催してしまった。
「ロイさん、どちらへ?」
「用足し。あとで展開教えてくれ」
立ち上がったとき、クコに尋ねられたので簡潔に述べる。するとこいつ、頬に手を当て、「あらあら」なんて言いながら、妙ににんまりするじゃないか。変な想像しやがったな。本当にシモのことしか頭にないのか、こやつは。
◆ ◆ ◆
トイレの帰り、扉が開いているボックス席が目に入った。そういえば、モロオ卿があの辺りの席だと仰っていた気がするな。
通り過ぎざまに、何の気なしに中をちらりと見ると、席で観劇されている見知ったモロオ卿、貴族と思しき男の後ろ頭、それとナイフを振りかざしたフードとローブ姿の人影が目に入る。
って、ナイフだと!?
「曲者!!」
声を上げ、不審者に飛びかかる! 揉み合いになり、とりあえず得物は落とさせることには成功したが、やつはボックス席の窓から飛び降り、逃走を図る!
「逃がすか!」
俺もそのまま飛び降り、観客の間を泳ぐように追跡する。犯人がパニックを起こした観客に行く手を阻まれ、まごついているところを、三角絞めで取り押さえることに成功した。
ややあって警備員がやってきたので、身柄を引き渡す。やれやれ、せっかくの劇をめちゃくちゃにしやがって、この野郎。
◆ ◆ ◆
その後、俺も事情を訊かれたが、被害者になるところだった貴族と、モロオ卿が間に入ってくださったおかげで、あんまりややこしいことにならなかったようだ。
暗殺者は官憲に引き渡され、これから詳しく取り調べるとのこと。
「君のおかげで九死に一生を得た! 礼がしたい、何でも言ってほしい!」
「ロイ氏、僕からもお礼を言わせてほしい」
本日は公演中断となった劇場の前で、狙われた黒髪短髪で髭の豊かな中年貴族とモロオ卿から、感謝感激されることしきり。サンたちは、俺の背後に控えている。
お礼かあ。そうだなあ、あのことをお願いしてみる、またとない機会かもしれない。
「では、お言葉に甘えてひとつ……」
内容を告げると、貴族とモロオ卿は目を丸くする。
「そんなことで、いいのかね?」
「ええ。こんな機会でもないと、実現できないと思いますので」
「わかった。では、その通りにしよう」
貴族は快諾してくれて、本日は解散となった。
◆ ◆ ◆
「出かけるのか、お前たち?」
「ああ、今日はちょっとアンデッド退治にね」
あれから二週間後のこと、街の門で声をかけてきたのは、フレッシュゴーレムのアー兄貴。もう一人、ウーン兄貴も、門を出入りする人たちを見守っている。ふたりとも、新たに誂えた兵服を纏っており、当然服もでかい。
「お前の話を受けたときは驚いたが、新たな生きる道を用意してくれたこと、感謝に堪えない」
ウーン兄貴がしみじみと頷く。アーとウーンの二人は、俺の願い通りに、街で門衛として働くことになった。最初は街の人々も驚いていたが、二人が善良であることがわかると、たちまち人気者になった。
ちなみに劇の方は、あれからモロオ卿に改めてチケットを頂き、無事最後まで観ることができた。公演も大好評のうちに終わり、しばらくバーブルブームで、ルンドンベアが賑わうことだろう。
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