小市民魔導剣士、冒険しつつ異世界を食べ歩く!

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第二十七話 魔導剣士ロイ、労う

公開日時: 2022年7月30日(土) 14:06
文字数:3,352

 エーデルガルド市部に着いた頃には、すでに夕陽になりかけていた。


 一度宿に戻り、「仲間が戻っていませんか!?」と店主に問うたが、「戻られてないですねー」とのことで、入れ違い回避にナンシアを宿に残し、一路市庁舎へ急ぐ。無論、ナンシアは人里に降りた頃には、人の姿に戻っている。


「依頼の件だ。至急、市長に取り次いで欲しい。『スティング・ホーネット』のロイと言えば伝わるはずだ」


 我ながら鬼気迫る様子だったのか、受付嬢が少々怯えるように市長室へと消えて行き、少しして戻ってきた。


「ご案内します」


 怒気、焦燥、不安、様々な感情を含んだ俺の歩みが、さぞ怖いのだろう。受付嬢が、身を縮こまらせて先導する。


 ノックを四回。


「入り給え」


 許可が出たので、一礼して入室する。


「穏やかではないね。失敗に終わったか……」


 尋常ではない俺の様子を見て、肩を落とす市長。


「いえ、ダイアーは討ち取りました。結論からいきましょう。ダイアーは間違いなく誘拐・殺人の教唆犯でした。いえ、正確にはさらにその上の、教唆犯がいたのですが」


「ほう? かけてくれたまえ。長い話になりそうだ」


 言われるままに彼の対面に腰掛け、被害者を救出したこと、シャックスなる謎の魔物を呼び出され、そいつが真犯人であったこと。激闘の末に討伐したものの、断末魔で起きた雪崩のせいでナンシア以外の仲間とはぐれ、被害者もまた生死・行方共に不明であることを告げた。


 証拠品の巨大ゴーグルをテーブルに置くと、彼もこれを事実と受け止めたようだ。


「引いては、受け取り予定の報酬で、明日早朝に、山狩り隊を召集して頂きたいのです」


「たしかにダイアーは死んだが、教団の勢力がゼロになったわけではないのでな。表立っては……」


「では、裏からでも手を回してください。予算的には問題ないはずです。事態は急を要します」


 深く頭を下げる。


 市長はしばし唸り逡巡しゅんじゅんした後、「わかった、手配しよう」と、承諾してくれた。


「仲間と被害者の命がかかっていますので! よろしくお願いします!」


 起立して、深々と再度礼をする。


「ともかく、今から人を走らせ秘密裏に手配を進める。もうすぐ閉庁だ。今日は、これで引き取ってくれまいか」


「はい。よろしくお願いします」


 三度めの礼をして、市長室を後にし、宿へと急ぐ。もう、すっかり陽が落ちかかっていた。


 宿のドアを開けると、やはりそこにはナンシアの姿しかなかった。


 力なく、彼女の対面に座る。


「おかえり、ロイくん。そっちはどう? こっちは見ての通り」


「こっちは、とりあえず山狩りを早朝に決行することになるはずだ。ただ、入れ違いは避けたいので、君はここで待機していてもらいたい」


「わかった」


 二人で明日の行動を決定すると、不意にテーブルの上にホットミルクのコップが二つ置かれた。


 視線をそちらに向けると、店長さんが穏やかな表情で立っている。


「テーブルを間違えてませんか? 頼んでいませんが?」


「オゴリですよー。お客さんたち、ぼろぼろじゃないですかー。何か大変なこと、あったんでしょー?」


 相変わらず間延びした独特の口調で、優しく言う。


「そういう時はー、ホットミルク飲んでー、一息つくといいですよー」


「……ありがとうございます。いただきます」


 ああ、ミルクの温かさが胸に染み渡る。


「何か、さらに温まる料理を頂きたいですね。何かありませんか? あ、これはもちろん、ちゃんとお金を払いますので」


「ロヒケイットなんてどうですー? スープ料理で、あったまりますよー」


「じゃあ、それで。パンも頼みます」


「かしこまりましたー」


 料理が来るまで、ミルクをちびちび飲みながら、ナンシアとまんじりともせず視線をさまよわせる。ミルクのおかげで人心地ついたが、仲間が心配なのはどうにもならない。


 やがて、ロヒケイットなる料理とパンが運ばれてきた。見た感じ、サーモンと根菜のクリームスープって感じだ。


「とりあえず、いただきましょう」


 ナンシアが食べ始めるので、俺もスプーンですくい口に運ぶ。


 ああ、なんてほっとする味なんだ。サーモンの旨味、じゃがいもや人参のホクホク感、玉ねぎの甘味、クリームスープならではのコク。


 なんだろうな。子供の頃、冬に外で日が暮れるまで遊んで帰ってきたら、母さんが笑顔でよそってくれて、今日どんな遊びをしたか語りながら食べるような。そんなほっとする感じが、去来する。


 これに主食のパンも加わると、腹にも溜まる。昨日からろくなものを食っていなかったから、美味さもひとしおだ。


 早く、みんなにもこれを食わせてやりたい。無事だといいが。


 その後はアニタ嬢の用意してくれたサウナに入り、冒険の汚れを流しすっきりする。仲間は心配だが、明日本腰を入れて捜索するためにもゆっくり休眠を取らなければ。


 肉体の疲れは心労に勝ったようで、ほどなく眠りに落ちていった。



 ◆ ◆ ◆



 山狩り隊は、市長が確かに手を回してくれたらしく、百人弱ぐらいの規模が結成された。ありがたいことだ。


 早速あの山に向かい、捜索していく。衰弱が激しかったが、サン、パティ、フラン、クコ、そして被害者を無事発見できた。凍傷もかかっておらず、ほっと胸を撫で下ろす。


 後で聞いたところによると、サン、パティ、被害者。フラン、クコの組み合わせで流され、俺たちのようにイグルーを作って寒さをしのいだらしい。防寒具こそなかったが、松明の持ち合わせと

木の枝に火を点けてしのいだとのこと。


 シャックスの存在も衆目に晒されることとなり、この未知の魔物に、捜索隊も舌を巻いた。程なくして、こやつの存在は広まっていくだろう。


 ともかくも、皆の無事を祝い、下山する。


 被害者は貴重な生き証人となり、教団の悪事を証言。残りの教団構成員も全員逮捕されたそうだ。


 報酬は消し飛んでしまったが、皆の無事と事件の解決を今は祝おう。幸い、まだ蓄えはある。


「それでは、皆の無事を祝して飲み、食おう! 乾杯!」


 おなじみのミルクではなく、今日は酒。エーデルガルドの酒はエールが中心。この苦味とのどごし、実に良い。


 そこに、ミートボールのホワイトソースがけ、リハプッラ。これをマッシュポテトとともに頂く。とにかくエーデルガルドはミルクが美味いので、クリームも美味い。このミートボールも、肉汁がジューシィー。これが実にエールに合う。


 パイスティという料理もまた美味い。これは、牛肉と根菜の煮込みをオーブンで焼いたものだが、舌でとろけるとはこのことだ。とにかくエールが進んでいけない。もう三杯も空けてしまっている。


 とにかく、雪山での空腹のお返しとばかりに、ガツガツ食うサン。いいぞいいぞ、どんどん食え。義妹いもうとの無事を、何より実感する光景だ。


「ところで、お二人はどのように一夜を過ごしましたの?」


 フランの問いに、思わずエールをむせてしまう。いや、フランに他意はないのだろうが、しとねを共にした思い出が蘇り、頬が熱くなる。これは、酒のせいだけではないだろう。


「いや、皆のようにイグルーを作って難をしのいだよ。なあ、ナンシア!」


「え、ええ。そうね、ロイくん!」


 サンが無言でじーっと見つめてくる。何だよ、そんな目で見るなよ。


「ふふふー。アヤシイですねえ~。詳しく」


 追求しないでくれ、クコ。


「でも、ナンシアさんの喋り方、変わってますよね。ほんとに、何があったんですか?」


 鎧姿に戻ったパティが首を傾げる。


「えーと、私たちもいつまでもよそよそしいのもあれだからって、ロイくんにこういう喋り方でいい? って許可取ったのよ。それだけ! ねえ?」


「あ、ああーあ。そうだとも」


 ああ、サンの疑惑の視線が痛い。そんな目で見ないでくれ、マイシスター。


「まあ、いいっスけどね。オレ、負けないっスから」


「負けるとか負けないとか、何の話だ? ……ぐほおっ!?」


 突然、脇腹にフランからエルボーを食らう。


「ってえな! 何すんだよ!」


「別に。サンさんも苦労しますね、と思っただけですわ」


 しれっと飲食を続けるフラン。何なんだよ、二人してほんとに。


 こんな珍事もあったが、慰労会はにぎやかに進み、就寝と相成った。


 雪で街道が閉ざされる前に、ルンドンベアに帰らなければな。名残惜しいが、明日には早速出立だ。


 シャックスについて相談したい人も、あの街にいる。


 ……ふわあ。疲労と酒のせいで眠い。とりあえず、今日はおやすみなさいだな。

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