シャックスの情報が売れたおかげで、今回の北征の収支はプラスとなった。災い転じて福となるとは、このことだな。
しばし、依頼票にも美味い募集がなく、また、あんな大惨事の後だし、しばらくのんびりしたいということもあり、のんべんだらりと過ごしていると、珍しい客が、我々を訪れた。
メイドさん。
それも、際どい格好の。
こんな格好をメイドにさせる人物は、一人しかいない。そして、彼女に見覚えがある。
「ええと、メイさんでしたか。モロオ卿のお住まいでお勤めの」
「はい。その節は、主人ともどもお世話になりました。主人より、『茶話でもひとつどうかな?』との言伝を預かり、こちらに参りました」
ふむ。暇っちゃあ暇だし。「俺は賛成だが、どうだろうか」と皆に問うと、皆も同意したので、ぞろぞろとおなじみモロオ邸にお邪魔することになった。
◆ ◆ ◆
「やあやあ。しばらくここを離れてたそうじゃない。で、最近はくつろぎモードだとか」
本日の茶菓子はチョコレートケーキ。チョコレートというのは、なんでこうも絶妙に甘旨いのか。脂肪分がとろけるのよなあ。
「はい。これが、予想外に厳しい冒険行となりまして……」
茶話がしたいというのが彼の希望なので、波乱万丈の北征を劇的に伝える。卿は、大いに愉しんでくださった。
「いやー、そりゃ大変だったねえ。シャックスのことは、直接ベイシック卿から伺ったよ」
かの凶鳥王の存在は、すでに学者や冒険者の口の端に上るようになり、ベイシック卿は発表者として、その名声を大いに高めている。
「ベイシック卿と、お知り合いなのですか?」
「まあね。商売、ネットワーク大事だから。でさ、君たち今、暇なわけだよね」
身を乗り出してくる卿。
「はあ。幸いなことに余裕があり、こうして伺っている次第ですが」
「うんうん。そこでさ、ちょーっと頼まれごとを、引き受けてくれないかな?」
やや。急に、茶話がしたいなどと仰るから伺ってみれば、そういうことですか。
「お話次第になりますが」
「そうだね。僕を贔屓にしてくださっている貴族に、ハイプライド卿という方がいらっしゃるんだけど、知ってるかな?」
「知ってるも何も、騎士団長ですね。有名人ではないですか」
高潔にして勇ましい人物と、話に聞いている。
「彼の一人娘さんがねー。騎士を目指しているんだけど、それ、諦めさせてくれないかなぁ」
こりゃ、なんとも変わった依頼だな。
「やはり、一人娘に危険な道は歩ませたくないと?」
「もちろん、それもあると思うんだけどね。その……僕の口からは言いづらいな。とりあえず、引き受けてくれるなら、紹介状と彼の私邸までの地図を用意するけど、どう?」
「報酬はいかほどでしょう?」
まあ、ここ一番大事よね。簡単そうな依頼だけど、どうも変なニオイがするんだ。
「それは、直接ハイプライド卿と交渉してもらいたい。今、ご在宅じゃないかな」
「断る余地はあるわけですよね?」
「もちろん。ということは、降りかな?」
ちょっと、残念そうだ。
「いえ。まずはお話を詳しく伺いませんと。というわけで、ハイプライド卿への紹介状、お願いします」
「やー! ありがたい! 恩に着るよ! じゃあ、書斎に行ってくるから、ゆっくりお茶とケーキでも愉しんでて」
そう言うと、今度は上機嫌で応接室を出ていく。ふーむ、これ、意外と大きな話に発展しないだろうな?
まあ、騎士を諦めさせるというのが、それほど大事になるとは思えないが。
◆ ◆ ◆
ここが、騎士団長殿の私邸か。さすがにご立派ですなぁ。
門衛に止められるので、紹介状を取り出すと、得物を預け、応接室へ通される。
立って並んでいると、精悍という言葉を絵に描いたような中年男性が、入室してきた。
「お初にお目にかかります。『スィング・ホーネット』のロイ・ホーネットと申します」
一同、ご挨拶。
「ダディーノ・ハイプライドだ。かけてくれたまえ」
卿に促され、着席。お茶菓子が出されるが、まだ手を付けないでおこう。
「モロオ君から、話は聞いているね?」
「ざっくりと、ですが。騎士を目指すお嬢様を、諦めさせたいとか」
「うむ……。親の私が言うのも何だが、あれは戦いの才能というものが欠片もなくてなあ。騎士になどなったら、間違いなく命を落とす。なので、なんとか断念させようと、数々の説得を試みたが、意思が固くて、まったく折れてくれん」
眉間をつまみ、唸る卿。いやはや、雲行きが怪しくなってきた気がするな。
「そこで、天魔の杖を回収し、シャックスを倒すなど、名声高い君らの言うことなら、娘も聞く耳を持つだろう、と考えた次第だ」
「や、それは褒め過ぎというものです。とはいえ、大変失礼ですが、お嬢様は少々難しい人物とお見受けます。報酬は、いかほどいただけるのでしょうか」
「成功報酬になるが、金貨でこれだけ払おう」
紙とペンを取り、スラスラと金額を書き込む彼。……って。
「こんなにいただけるのですか!?」
「大事な一人娘だからな。頼む」
頭を下げる卿。
「そんな! 頭をお上げください! そうまで仰られては、自分としては引き受けたいですが……」
仲間を見回すと、みんな異存はないようだ。
「一同、賛成のようです。では、この額で引き受けさせていただきます」
互いに、契約書にサインする。
「では、契約成立ということで。ときに、お嬢様はどちらに?」
「今頃、懲りもせず中庭で打ち込みをしているはずだ。案内させよう」
というわけで、若い下男に案内される。
いやはや。お嬢様、いかほどの難物であろうか。
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