ハイプライド邸の一角にある書斎に、俺ら、卿、副騎士団長、そしてクッコロさんが集まっていた。
「卿、失礼ながら、これは……? 私の予想していた模擬戦と、ずいぶん異なるようですが」
「これから始めるのは、戦略眼を見るためのものだよ。ロイ君、君らの中に、兵法を学んだ者は?」
一同を見回すが、皆、首を横に振る。
「自分も含めて、心得はありません」
「ならば結構、ちょうどいい。クッコロの戦略が、素人以下であるかどうか。それを測ろうと思う。君には、失礼な話になってしまうが」
「いえ、実際素人でありますから」
まあ、事前に話を通しておいてくれと思わなくはないが、元はといえば、急に模擬戦とか言いだしたの、俺だしな。
「では……」
おお。作戦会議に使う、赤と青の凸駒。実物は初めて見たぞ。それが、地図の上に置かれていく。
「地図は、王都西の森林地帯。赤軍のロイ君が、地図のこちら側……王都側に到達したら、クッコロの負けとする。駒一つが、兵五百。両軍一万ずつとしてくれ。季節は九月。天候は、晴れ。条件は以上。始めてくれ」
いやはや、なんとも。
「父上、ロイ軍はまだ動かぬ様子。サロス山に登り、陣を張ります。まず、高所を取るのが定石です」
「ふむ」
王都への街道沿いにある山に陣取るクッコロさん。その表情からは、卿がそれをどう受け取ったのか、伺いしれない。
「卿。我らの目的は、王都を奪うことでしょうか。破壊することでしょうか」
「破壊、と考えてくれたまえ」
「ならば、少数の斥候を走らせ、アロナの泉に毒を流します」
クッコロさんが陣を張った山の麓に、駒を一つ動かす。
「なっ!? 毒だと! 汚いぞ、ロイ君!!」
「そういう設定ですから。いかがでしょう、卿」
「うむ。全く問題ない。クッコロ、これでお前の兵五百は倒れ、日干しになった。どうする?」
卿が、青い駒を一つ取り除く。唸るクッコロさん。
「かような卑劣な行いをする相手に、待つ必要などなし! 全軍、突撃です!」
一気に、青駒が動く。
「敵の動きは、わかるものでしょうか」
「約一万の軍だからな。わかる」
「ならば、左右の森の、こことここに、兵五百ずつを先行させ、伏兵として配置します。本隊はゆっくりと進軍を。さらに、足の速い者で編成した特殊部隊五百を、森に隠れさせつつ、回り込ませます」
赤駒を、動かす。
「父上。それはわかりますか?」
「わからぬだろうな。赤軍の伏兵も、特殊部隊も、絶妙に数が少ない。難しいだろうな」
「むう……ならば突撃です!」
やむなく、駒を進めるクッコロさん。
「今です! 三方向から挟撃! さらに、特殊部隊で、後方の補給部隊を襲撃します!」
「ふむ。そこまでだな。赤軍、ロイ君の勝ちだ」
「くっ……!」
悔しさを隠さない、クッコロさん。
「ロイ君、兵法素人というが、筋がいいな」
「いえ。目的が王都破壊だからこそ、毒からの流れはできたことですよ。それより、これはあくまでも前座でございましょう?」
「うむ。クッコロには、このあと、実際の模擬戦をしてもらう。合否はそれ次第だ」
「クッコロさん、頑張れ」と、心の中でエールを送る。
「では、訓練場に向かおう」
かくして、我々は王城に隣接する訓練場へと向かうこととなった。
◆ ◆ ◆
おうおう。広~い場で、騎士や兵士たちが、鍛錬に勤しんでいるな。
「注目! 兵士はこちらへ! 騎士たちは、そのまま訓練を!」
副騎士団長の号令で、兵士たちが駆けてくる。
「整列! ……これより諸君らには、二手に分かれて模擬戦をやってもらう! 私より左の者は、ダディーノ様、右の者は、クッコロ様の指揮下で戦ってもらう。作戦時間は、太陽が真上に来るときまで! 以上!」
兵士たちから、ざわめきが起こる。特に、右軍。クッコロさん、一般兵士の間でも、腕前の評判は悪いようだ。
それぞれ円陣を組んでいるところに、左軍には赤、右軍には青の布が回されていき、各自それを身につける。
「副団長殿。自分も、青軍に加わってもよろしいですか?」
「……いいだろう。ただし、魔法はなしだ」
「わかりました」
青軍の円陣に走り寄る。
「助太刀に来ました」
「や。これは意外だな」
「まあ、気まぐれというやつです」
魔法を禁じられているので、軽装の必要はない。パティほどごつくないが、プレートメイメイルに身を包む。
「ハイプライド卿、手強いでしょうね」
「無論だ。私の尊敬する、最高の騎士だぞ」
兜で見えないが、きっと自慢げな表情だろう。
「作戦は?」
「臨機応変!」
やれやれ。ノープランか。
天を見上げる。もうすぐ、陽が頂上に登る。木刀を構え、試合開始を待つ。
「はじめ!」
副団長殿の掛け声で、両軍が雄叫びとともに突撃する。
しかし、はいプライド卿、ここで左右に軍を展開してきた! 包囲する気か!
「包囲されます!」
「わかっている! 中央突破! やられる前にやれだ!」
青軍は、そのまま中央突破を目指す。
しかし、中央が固い。パティのような、重装戦士で固めている!
騎士団長だものな。自軍兵の特徴は把握しているか!
そして、まずいことに包囲されつつある。
「うおおお!」
何を思ったか、単身突撃する総大将。
あっというまに、叩きのめされるが、それでも立ち上がる。副団長から試合終了の宣言はない。続行だ!
「諸君! 愛するものはいるか! 守りたいものはあるか! いま、君らのそれが、危機にさらされている! 立ち向かえ! 敵は一点、ダディーノ・ハイプライド! 殺到せよ! 諦めるな! 大将首を取れば、すべてが終わる!」
混乱していた青軍が、立ち直った! ハイプライド卿めがけて、雲霞のように突撃する! あと少し! あと少しで壁に穴が開く!!
しかし、赤軍は優秀であった。鬼気迫る青軍の復活に一度怯んだものの、ハイプライド卿の叱責で、包囲と殲滅を再開した。
「そこまで! そこまでー!!」
副団長からの制止。
青軍の多くは地面に打ち倒され、明らかに赤軍有利であった。
「赤軍の勝利!」
項垂れるクッコロさん。心中、察するまでもないだろう。彼女の挑戦は、終わった。
「父上、完全敗北です」
兜を脱ぎ、父に頭を垂れる。
「クッコロ」
「はい」
「たしかに、お前自身に、戦才も軍才もない」
悔しさを飲み込むように、「……はい」と応える彼女。
「だが、唯一つ。士気高揚には、輝ける物があった。優秀なヒーラーを後方につければ、しぶとく戦う指揮官になるだろう」
ハッとして、卿を見上げるクッコロさん。
「騎士に推薦しよう。国のため、存分に働いてくれ」
「ありがたきお言葉……!」
涙する彼女の肩を、優しく叩く父。
父娘のわだかまりは、ここに氷解した。
◆ ◆ ◆
「依頼未達成ゆえ、約束の報酬は払えないが」
「はい。自分たちで選んだことですから」
「代わりといっては何だが、私たち父娘のわだかまりを取り払ってくれたこと、感謝に堪えない。よって、宝物庫から、好きなものを一品ずつ持っていってくれたまえ」
意外な言葉に、一同顔を見合わせる。
「……よろしいので?」
静かに頷く卿。その隣には、微笑むクッコロさんが佇んでいる。
「ありがたく、頂戴いたします」
では、案内しよう。
宝物庫には、武器から装飾品、美術品まで、様々な宝があった。……モロオ卿の絵も。
「では、自分はこれを」
魔力を感じる、一振りの剣を選ぶ。
「いい目をしているな。それは、魔剣だ。良い切れ味をしているぞ」
「ありがたく、いただきます」
刃を確かめ終わると鞘にしまい、下男に預ける。
ほかの皆も、各々気に入った品を手に入れたようだ。
こうして、モロオ卿の茶話から始まった、奇妙な依頼は、幕を閉じた。
ハイプライド父娘に、いつまでも幸せのあらんことを。
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