小市民魔導剣士、冒険しつつ異世界を食べ歩く!

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第三十三話 魔導剣士ロイ、試し、試される

公開日時: 2022年8月8日(月) 20:01
文字数:3,045

 ハイプライド邸の一角にある書斎に、俺ら、卿、副騎士団長、そしてクッコロさんが集まっていた。


「卿、失礼ながら、これは……? 私の予想していた模擬戦と、ずいぶん異なるようですが」


「これから始めるのは、戦略眼を見るためのものだよ。ロイ君、君らの中に、兵法を学んだ者は?」


 一同を見回すが、皆、首を横に振る。


「自分も含めて、心得はありません」


「ならば結構、ちょうどいい。クッコロの戦略が、素人以下であるかどうか。それを測ろうと思う。君には、失礼な話になってしまうが」


「いえ、実際素人でありますから」


 まあ、事前に話を通しておいてくれと思わなくはないが、元はといえば、急に模擬戦とか言いだしたの、俺だしな。


「では……」


 おお。作戦会議に使う、赤と青の凸駒。実物は初めて見たぞ。それが、地図の上に置かれていく。


「地図は、王都西の森林地帯。赤軍のロイ君が、地図のこちら側……王都側に到達したら、クッコロの負けとする。駒一つが、兵五百。両軍一万ずつとしてくれ。季節は九月。天候は、晴れ。条件は以上。始めてくれ」


 いやはや、なんとも。


「父上、ロイ軍はまだ動かぬ様子。サロス山に登り、陣を張ります。まず、高所を取るのが定石です」


「ふむ」


 王都への街道沿いにある山に陣取るクッコロさん。その表情からは、卿がそれをどう受け取ったのか、伺いしれない。


「卿。我らの目的は、王都を奪うことでしょうか。破壊することでしょうか」


「破壊、と考えてくれたまえ」


「ならば、少数の斥候を走らせ、アロナの泉に毒を流します」


 クッコロさんが陣を張った山の麓に、駒を一つ動かす。


「なっ!? 毒だと! 汚いぞ、ロイ君!!」


「そういう設定ですから。いかがでしょう、卿」


「うむ。全く問題ない。クッコロ、これでお前の兵五百は倒れ、日干し・・・になった。どうする?」


 卿が、青い駒を一つ取り除く。唸るクッコロさん。


「かような卑劣な行いをする相手に、待つ必要などなし! 全軍、突撃です!」


 一気に、青駒が動く。


「敵の動きは、わかるものでしょうか」


「約一万の軍だからな。わかる」


「ならば、左右の森の、こことここに、兵五百ずつを先行させ、伏兵として配置します。本隊はゆっくりと進軍を。さらに、足の速い者で編成した特殊部隊五百を、森に隠れさせつつ、回り込ませます」


 赤駒を、動かす。


「父上。それはわかりますか?」


「わからぬだろうな。赤軍の伏兵も、特殊部隊も、絶妙に数が少ない。難しいだろうな」


「むう……ならば突撃です!」


 やむなく、駒を進めるクッコロさん。


「今です! 三方向から挟撃! さらに、特殊部隊で、後方の補給部隊を襲撃します!」


「ふむ。そこまでだな。赤軍、ロイ君の勝ちだ」


「くっ……!」


 悔しさを隠さない、クッコロさん。


「ロイ君、兵法素人というが、筋がいいな」


「いえ。目的が王都破壊だからこそ、毒からの流れはできたことですよ。それより、これはあくまでも前座でございましょう?」


「うむ。クッコロには、このあと、実際の模擬戦をしてもらう。合否はそれ次第だ」


 「クッコロさん、頑張れ」と、心の中でエールを送る。


「では、訓練場に向かおう」


 かくして、我々は王城に隣接する訓練場へと向かうこととなった。



 ◆ ◆ ◆



 おうおう。広~い場で、騎士や兵士たちが、鍛錬に勤しんでいるな。


「注目! 兵士はこちらへ! 騎士たちは、そのまま訓練を!」


 副騎士団長の号令で、兵士たちが駆けてくる。


「整列! ……これより諸君らには、二手に分かれて模擬戦をやってもらう! 私より左の者は、ダディーノ様、右の者は、クッコロ様の指揮下で戦ってもらう。作戦時間は、太陽が真上に来るときまで! 以上!」


 兵士たちから、ざわめきが起こる。特に、右軍。クッコロさん、一般兵士の間でも、腕前の評判は悪いようだ。


 それぞれ円陣を組んでいるところに、左軍には赤、右軍には青の布が回されていき、各自それを身につける。


「副団長殿。自分も、青軍に加わってもよろしいですか?」


「……いいだろう。ただし、魔法はなしだ」


「わかりました」


 青軍の円陣に走り寄る。


「助太刀に来ました」


「や。これは意外だな」


「まあ、気まぐれというやつです」


 魔法を禁じられているので、軽装の必要はない。パティほどごつくないが、プレートメイメイルに身を包む。


「ハイプライド卿、手強いでしょうね」


「無論だ。私の尊敬する、最高の騎士だぞ」


 兜で見えないが、きっと自慢げな表情だろう。


「作戦は?」


「臨機応変!」


 やれやれ。ノープランか。


 天を見上げる。もうすぐ、陽が頂上に登る。木刀を構え、試合開始を待つ。


「はじめ!」


 副団長殿の掛け声で、両軍が雄叫びとともに突撃する。


 しかし、はいプライド卿、ここで左右に軍を展開してきた! 包囲する気か!


「包囲されます!」


「わかっている! 中央突破! やられる前にやれだ!」


 青軍は、そのまま中央突破を目指す。


 しかし、中央が固い。パティのような、重装戦士ヘビー・アームで固めている!


 騎士団長だものな。自軍兵の特徴は把握しているか!


 そして、まずいことに包囲されつつある。


「うおおお!」


 何を思ったか、単身突撃する総大将クッコロさん


 あっというまに、叩きのめされるが、それでも立ち上がる。副団長から試合終了の宣言はない。続行だ!


「諸君! 愛するものはいるか! 守りたいものはあるか! いま、君らのそれが、危機にさらされている! 立ち向かえ! 敵は一点、ダディーノ・ハイプライド! 殺到せよ! 諦めるな! 大将首を取れば、すべてが終わる!」


 混乱していた青軍が、立ち直った! ハイプライド卿めがけて、雲霞のように突撃する! あと少し! あと少しでに穴が開く!!


 しかし、赤軍は優秀であった。鬼気迫る青軍の復活に一度怯んだものの、ハイプライド卿の叱責で、包囲と殲滅を再開した。


「そこまで! そこまでー!!」


 副団長からの制止。


 青軍の多くは地面に打ち倒され、明らかに赤軍有利であった。


「赤軍の勝利!」


 項垂れるクッコロさん。心中、察するまでもないだろう。彼女の挑戦は、終わった。


「父上、完全敗北です」


 兜を脱ぎ、父に頭を垂れる。


「クッコロ」


「はい」


「たしかに、お前自身に、戦才も軍才もない」


 悔しさを飲み込むように、「……はい」と応える彼女。


「だが、唯一つ。士気高揚には、輝ける物があった。優秀なヒーラーを後方につければ、しぶとく戦う指揮官になるだろう」


 ハッとして、卿を見上げるクッコロさん。


「騎士に推薦しよう。国のため、存分に働いてくれ」


「ありがたきお言葉……!」


 涙する彼女の肩を、優しく叩く父。


 父娘のわだかまりは、ここに氷解した。



 ◆ ◆ ◆



「依頼未達成ゆえ、約束の報酬は払えないが」


「はい。自分たちで選んだことですから」


「代わりといっては何だが、私たち父娘のわだかまりを取り払ってくれたこと、感謝に堪えない。よって、宝物庫から、好きなものを一品ずつ持っていってくれたまえ」


 意外な言葉に、一同顔を見合わせる。


「……よろしいので?」


 静かにうなずく卿。その隣には、微笑むクッコロさんが佇んでいる。


「ありがたく、頂戴いたします」


 では、案内しよう。


 宝物庫には、武器から装飾品、美術品まで、様々な宝があった。……モロオ卿の絵も。


「では、自分はこれを」


 魔力を感じる、一振りの剣を選ぶ。


「いい目をしているな。それは、魔剣だ。良い切れ味をしているぞ」


「ありがたく、いただきます」


 刃を確かめ終わると鞘にしまい、下男に預ける。


 ほかの皆も、各々気に入った品を手に入れたようだ。


 こうして、モロオ卿の茶話から始まった、奇妙な依頼は、幕を閉じた。


 ハイプライド父娘に、いつまでも幸せのあらんことを。

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