ある日の底冷えする早朝、今日も今日とて糧を稼ぐために、依頼票の吟味中。さて、今日はどんな依頼が来てますかね。
ドラゴン退治。おいおい、まだ残ってたのかよこれ。最初に見かけてからもう半年ぐらい経ってるぞ。まあ、さすがに相手が相手だししゃーないか。
次、ゴブリン退治。定番だが、実入りが悪いのが難。とりあえず新人に譲ろう。俺たちも別に、熟練でもないけどね。
えーと次は……? 北の国「エーデルガルド」で、悪魔崇拝の教団退治。報酬がかなり高い。脳内でエーデルガルドへの旅程を試算するが、雪で閉ざされる前には帰ってこれそうだ。
「フラン、フラン。お前、こういうの興味あるだろう?」
後ろで様子を見守っていた神官サマに依頼票を見せると、それはもう、食い入るようにガン見。「やりましょう! そうしましょう!」と、鼻息も荒く急かしてくる。他のメンバーも不服はないようなので、これに決定!
◆ ◆ ◆
ルンドンベアから、北に馬車で行くこと五日と少々、ついに、エーデルガルドにたどり着いた。建物の造りが、それほどルンドンベアと違うわけでもないので異国情緒は薄いが、吐く息が白く、かなり厚着をしないと厳しいため、やはりここは北国なのだと、強く意識させられる。
もう数刻で日が沈みそうなこともあり、依頼者に会うのと、悪魔教団を退治するのは明日に回し、今日はゆっくり休もうという話になった。
さて、とりあえず宿探しだ。話し合いの結果、例によって俺のカンに任せるという話になったので、さっそく大通りを歩きながら、宿を物色する。
すると、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐるじゃないか。匂いの元をたどっていくと、一見の宿屋が。
「ここでどうかな?」
一同に同意を求めると、ここでいいという。じゃあ中に入ろうか。
「いらっしゃいませー」
入口をくぐると、小太りで頭頂部の心もとない、なんとも気さくそうな初老の男性が出迎えてくれた。他には談笑している客が、そこそこいる。
「六人、泊まれますか? 少なくとも二部屋はシングルで」
「大丈夫ですよー。サウナもご用意しますねー。アニタ、サウナの用意してあげてー」
独特の間延びした口調で、お孫さんと思われる若い女性に、指示する主人。
「すいません、サウナってなんですか?」
「この地方では一般的な、蒸気にあたるお風呂ですねー。あったまりますよー」
へえ、そんなものがあるのか。ちょっと面白そうだな。
「サウナが温まるまで時間かかりますので、あったかいミルク、いかがですかー?」
そうだなあ。確かにちょっと温まって、一息つきたい気分だ。
「じゃあ、六人前ください」
「かしこまりましたー」
ともかくも、これで人心地つけるな。
◆ ◆ ◆
「おまたせしましたー」
テーブルについて、これまでのことやこれからのことを仲間と話していると、店主がカップの乗った盆を手に、こちらへやってきた。
「エーデルガルド人は、みんな牛乳大好きなんですー。おいしいですよー」
さっそく頂いてみようか。……ん! こりゃあコクがあって美味い! ほんのりと甘みもあって、辛い仕事から帰ってきて、やっと家にたどり着いたときのような、ほっとする味というのかな。今まで飲んだミルクで、一番美味いかもしれん。いやあ、冷えた体にこれは効く!
「ロイさん! 濃厚なミルクですねえ! まるで精」
「それ以上喋るな。続けたら。外に逆さ吊りにするぞ」
笑顔で下ネタを繰り出そうとするクコに対し、さらにいい笑顔で釘を刺す。どうしてお前はそうなんだ。一度脳みそを取り出して、川で洗った方がいいんじゃないか。
「兄貴ー、もう一杯飲みてえ!」
「そうだな、もう一杯いきたい旨さだ。他のみんなはどうだ?」
おかわりについて尋ねると、みんなもう一杯いきたいようだ。
「店主、みんなにもう一杯お願いします」
「かしこまりましたー」
店主がおかわりを持ってくる間、他の客の会話に耳を傾けていると、どうも、店主の間延びした語尾はエーデルガルドの訛りではなくて、彼個人の癖のようだ。
何にせよ、いい店を引けたようで、よかったなあ。
◆ ◆ ◆
視点はロイから移る。
「美味しいミルクでしたねー。濃厚で、思わずごっくんしちゃいましたよー」
「なぜか、あなたが言うと卑猥に聞こえますわね……」
熱気の中で、クコの発言に突っ込むフラン。当の本人は「えー」などと一見不満そうにしているが、ちょっと口の端がにやけている。
サウナは男女別であり、皆、腰にタオルを巻いただけという開放的な姿。
「店主さんの説明によれば、まずは手前の部屋でかけ湯をするのがマナーらしいですよ。熱! 結構熱いですよ。気をつけてくださいね」
パティを皮切りに、バーブルの温泉のような要領で、かけ湯していく。
「んで、体の汚れを落としたらサウナ室に入って、石に打ち水をするんだったっスね」
皆がサウナ室に入った後、サンがぴしゃりと焼け石に水をかけると、むわっと湯気が立ち上る。
しばらく座って待っていると、サウナ特有の熱気に包まれる。
「暑いですわね……汗が止まりませんわ。ですけど何かこう、効いてる感じがしますわね」
「後はなんかこの、よくわからない枝で、ぴしゃぴしゃと体を叩くんだそうですよ。あぁんっ……胸を叩いてると、新たな扉を開きそう……」
「変な声を上げないでくださいまし」
変態エルフの喘ぎ声に、眉をひそめるフラン。ロイがいないときは、彼女が突っ込み役である。
「えっと、頃合いを見て水風呂に入って、またサウナ……って繰り返すんでしたよね、説明では」
手順を思い出し、復唱・実践するナンシア。皆も、それに倣う。
「くぅ~! エールが恋しいぜぇ!」
「その歳で、飲んだくれにならないでくださいましね」
親父臭いサンの発言に、突っ込みが入る。ロイさんは、いつもこんな気分で忙しく突っ込みを入れているのだろうかと、自分を棚に上げて、心の中でぼやくフランであった。
五人の、平坦な胸部を伝う汗。それは至高の美であった。
「のぼせそうです~。そろそろ上がりましょう」
クコの提案で、最後は石鹸とお湯で汗と汚れを流して、フィニッシュする一同。
めいめい、初サウナ体験を面白そうに語りながら、脱衣所へ向かうのであった。
◆ ◆ ◆
視点はロイに戻る。
はー、興味深い体験だったな、クールウンも終わり、食堂で一人水を飲んでいると、女性陣が戻ってきた。店主から、エールは後回しにして、まず水を飲むことを勧められたので、そのようにしている次第だ。
「よお、どんな感じだった?」
水差しとコップを渡しながら、例によって、すでに鎧姿のパティに尋ねる。ほんと、蒸れないのそれ?
「面白い体験でしたー。もう、喉がカラカラですよ~」
皆、一斉に水を呷る。
「じゃあ、食事を頼むとするか」
先ほどアニタと呼ばれた女性が傍を通りかかったので、シェフのおすすめとエールを注文する。
さて、どんな物が出てくるか。
◆ ◆ ◆
「お待ちどうさまですー。ロールキャベツですー。うちの自慢なんですよー」
ややあって、店主が料理を手にこちらへやってきた。
料理は、湯気立つコンソメスープに浸かったロールキャベツ四巻きと、黒パンにチーズ、そしてお待ちかねのエール!
さあ、まずはエールだ! 乾杯し、一気に呷る!
爽やかなのどごし、豊かなコク。ああ、染み渡る。砂漠に水が注がれ、そこから緑が広がっていくような感覚だ。
続いて、ロールキャベツをいただくとしよう。
ぎゅっとキャベツを噛みしめると、ほどよく柔らかい歯ごたえに続く、キャベツのほどよい甘味。さらに、ひき肉のほろほろした感触とともに、豊かな肉汁がじゅわりと広がる。ああ、実にほっとする味。暖炉のぬくもりを体現したような温かさだ。
そして、ここでパンと洒落込もうじゃないか。ふかっとしたほどよい食感に、ライ麦の素朴な味わいがマッチしている。北の大地ここにあり。
トドメにチーズ。何しろあれだけ旨い牛乳から作られるチーズなのだから、当然こいつも抜群に美味い。牛乳のときからさらに進化したコクとクリーミィさが、実に豊かだ。
いやあ、堪能した。これで明日もまた頑張れそうだ。
◆ ◆ ◆
翌朝、依頼者である市の庁舎に赴いた。受付で依頼票を見せると、市長室へと通される。市長のお出ましとは、結構でかい話のようだな。
ノックして、依頼を受けに来た冒険者であることを告げると、入室許可が降りた。
中に入ると、シックで品のいい調度で飾られた室内の向かいで、眼鏡で中肉中背の中年男性が、書類にサインをしているところだった。彼が市長だろう。
「かけてくれたまえ」
勧められるままソファに着席すると、彼も対面に座る。
「依頼について説明しよう。もう一ヶ月ほどになるが、若い女性や子供が行方不明となり、無惨な変死体として発見される事件が相次いでいる。これらの行いを、かねてより暗躍している、悪魔崇拝教団の仕業と判断し、討伐を依頼した次第だ」
市長が、ざっとかいつまんで説明をしてくれる。ふむ。だが、いくつか疑問点があるぞ。
「いくつか、質問をよろしいでしょうか? 一に官憲を動かさない理由と、二に地元ではなく、わざわざルンドンベアで依頼を出した理由を、お聞かせ願えますか?」
彼は少し思い悩んようだが、重々しく口を開いた。
「前者については証拠がないのだ。教団はなかなか影響力があり、正面衝突は避けたい」
ふうむ、キナ臭い話だな。
「後者については、この街一番の冒険者が教団討伐に向かったが、返り討ちにあった。そのようなわけで、他の冒険者も怖気づいてしまって、手を付けてくれんのだ」
要するに推定有罪なので、街のみんなの代わりに倒してくれってことか。割と無茶言うな。報酬の高さに得心がいった。
実際に話を聞くと、どうにも気乗りしなくなってきたが、神官サマのスイッチが入ってしまったことと、ここで引き返したら、何のために遠路はるばる北へ来たのかわからないという問題がある。
横に座っている、皆の様子を伺ってみるか。
フランは言うまでもないわな。サンとパティも依頼を受けることに同意の模様。クコとナンシアは何とも言えないといった表情だ。一応賛成多数だな。
「わかりました、お引き受けしましょう。教団について頂ける情報があれば、ご提供願えますか?」
「おお、引き受けてくれるか。では、これを持って行ってくれたまえ」
市長は、立ち上がるとデスクから書類を取り出し、それをこちらに渡してきた。
書類には、教団主要メンバーの人相書きと、プロフィールが載っている。
教団名は「明星の使徒」。教団の首魁は「ダイアー・クニン」。構成メンバー、およそ百五十名。拠点は、北の山の中腹。
こりゃあ、ちょっと骨が折れそうだな。やれやれ。
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