六時の鐘を受けて、待ち合わせ場所に向かうと、朝霧の中に馬車十数台からなる、大規模な隊商が待ち受けていた。俺たちのような、いかにも「冒険者です」という出で立ちの連中もたむろしており、なかなか壮観。
「おはようございます」
まずは、皆で依頼人に挨拶。彼が挨拶を返そうとしたとき、横からドサドサドサと、何かが落ちる音が。
そちらを見れば、深くお辞儀したナンシアの背嚢の蓋がベロンとめくれ、冒険用具が大量に地面に落ちている。
「はうぁ! すみません! すみません! 今しまいます!」
慌てて道具を拾い集める彼女。俺たちも回収を手伝う。モロオ卿も手伝ってくださった。すると、いきなり横っ腹にナンシアの頭突きを食らってしまう。
「おぐぅ!?」
「あああ! すいませんロイさん、大丈夫ですか!?」
「うぅ……いや、大丈夫だ。でも、気を付けてくれ」
腹部をさすりつつ、ペコペコとお辞儀しながら荷物を集める彼女に、荷物を渡す。やれやれだな。
「これで全部かな? 改めておはよう。じゃあ、みんなはあの馬車に乗ってもらえる?」
モロオ卿の指差す先には、大きな幌馬車が一台。ただこの馬車、幌の部分にメイドの萌え絵が描かれた、「痛馬車」であった。
ええ……まじっすか? あれに乗らなきゃダメっすか!?
ちらりと依頼人を見ると、それはもう上機嫌。とても嫌ですとか、幌を張り替えてくださいとか言い出せない空気。
(まあ、中はきっと普通の馬車と同じだし……)
と自分に言い聞かせ馬車に乗り込むと、荷台の床に描かれたメイドさんとご対面。マジ勘弁してください。
ため息を吐きながら馬車に乗り込もうとすると、「これをどうぞ」と、例の際どい格好のメイドさんからバスケットを渡された。
蓋を開けてみると、中にはトマトとレタス、きゅうりにチーズが挟まったサンドイッチが詰まっている。おお、こりゃありがたい。朝食というわけか。
みんなが乗り込んだので、バスケットを回していく。サンドイッチを食みながら会話をしていると、「出発」と声が上がり、馬車が動き出す。
さあ、旅の始まりだ。
◆ ◆ ◆
馬車は街道を行き、野宿を挟みつつ進む。初日の昼以降は保存性が重視され、堅いパンと燻製肉が食料となった。取り立てて美味いものではないが、致し方ない。
二日目の夕刻、突如「敵襲」の声が響き、馬車が急停止する。敵襲だと!? 情報が正しければ遭遇は三日目から四日目のはずだ。情報が間違っていたのか? 何にせよ、お仕事開始だ!
馬車を飛び降り、地面に降り立つと、矢が足元に一本突き刺さる。あっぶね! 視線を高くすると、丘の上から弓を持った馬賊が、多数走ってくるではないか。馬上射撃は相当訓練を積んでないとできない芸当で、ただの山賊にしては異様に練度が高い。これは予想に反して強敵だぞ。
たちまち始まる射撃戦。山賊との戦いに備えて、事前に買っておいた弓矢を連射する。モロオ卿は、先頭車両にいたはずだ。あっちに近い冒険者の手で、守られていることを祈ろう。
あっという間に、針鼠のようになる痛馬車。やれやれ、かわいそうに。ともかくも、我が弓で賊を一人仕留めた。パティは文字通り、みんなの盾となって、低い姿勢で盾を抱えて下半身への射撃を防いでくれている。
連中と矢の応酬をしていると、馬賊サイドから奇怪な出で立ちの男が、人ならざるスピードでこちらに向かってくるのが目に映った。その姿は、異界でいう「ニンジャ」。この世界にも、あんな出で立ちの戦士がいる国があると聞いたが、そいつが矢を叩き落としながら、一直線にこちらに向かってくるではないか。
そして、やつが不意に跳躍した。高い、でたらめに高い! これまた人間離れした跳躍力で、バッタもびっくりの跳ねっぷりを見せる。
「我が名はフーマ! お屋形様の命により、『黒魔の宝玉』を頂戴致す! 忍!」
上空から名乗りを上げ、フーマが十字型の刃物をいくつも投擲してきた。しかしこちらも、それらを次々に叩き落とす! あまり威力がないのと、一度に多く撃ったせいか精度が甘いので助かった。
やつは背負った刀を振り下ろし、俺に切りかかりながら着地。その刃を長剣で受けたが、思ったより威力が弱い。あれだけの跳躍をした割に、まるで体重が乗っていない感じだ。
しかし何より驚いたのは、覆面から覗く眼が暗黒の中に光る「点」であったこと。こいつ、ひょっとして霊的存在か!?
「フラン! 死霊浄化術だ!」
「うひょおおおおッ!! 死霊浄化術ォ!!」
神官サマの奇声と共に、掲げた盾から聖なる光が溢れる。やったか!?
しかし、フーマは平気な顔 (?)をして、再び斬りかかってくる。
「拙者は死霊ではないわァッ!! 誇り高き幽魔族のニンジャよ!!」
相手の二撃目を躱すが、袖をパックリと斬られてしまった。こいつの攻撃は威力がないのではない、重さはまるでないが、切れ味が異様に鋭いのだ。それはそうと、ニンジャという呼称で合ってたんだな。
「くきーっ! 何でアンデッドじゃないんですの!? 許せませんわ! オラオラオラオラァッ!!」
逆切れフランが金切り声を上げつつ、鎚鉾から買い替えた鎖付き棘鉄球でフーマを殴打しようとするが、これがいずれも軽く躱されてしまう。彼女の大雑把な攻撃と、モーニングスターの扱いづらさ、そして何より、やつの身の軽さの悪条件が、三つ重なってしまっている。
そこにナンシア、パティ、サンが攻撃を重ねていくが、それもすべて綺麗に躱されてしまう。こいつどんだけ素早いんだよ。こういう相手は魔法で焼けと、タクラム戦で学習した。さっそく、学習成果を試させてもらおう。
「雷衝撃滅波!」
腰のバインダーから取り出した魔導書がばらばらとめくれ、電撃が迸り、フーマに一撃食らわせる!
「おのれ小癪な真似を! ならばこれを喰らえ! 忍!」
やつは懐から巻物を取り出すと、投げつけてきた。そいつが解けて電撃が迸り、我々に命中する! 痛ってえ! ビリッときたぁ! いやはや、電撃返しをされるとは思わなんだ。自分で食らうと、こんなに痛いんだな。
「命活癒術草!」
前衛に、治癒魔法がかけられる。シャキッと回復! そういえば、こいつで一つ気になったことがある。ひょっとして、目が閉じられないんじゃないか? 一つ試してみよう。
「みんな目を閉じろ! 瞬閃輝眩光!!」
魔法名を叫ぶと、眩い光が、一瞬場を激しく照らす。瞼の上からでも、かなり強いと感じる光だ。
「目が! 目があああああ!!」
瞼を上げると、目を押さえて悶絶しているフーマの姿が目に入る。
「貰った!」
もんどり打つやつを、長剣でぶった切る! 悲鳴とともに、服の切り口から黒い霞のようなものが、ぶわっと巻き上がった。
そのとき、「ポーゥ」という奇妙な音が幾重も戦場に鳴り響く。記憶が確かなら、あれは鏑矢という特殊な音信用の矢の音だ。
「くう、撤退か! この勝負、お預けだ!」
フーマがベタなセリフを吐きながら、懐から取り出した玉を地面に投げつけると、小さな爆発と共に、煙が激しくたちこめる。視界が戻る頃には、やつはすでにおらず、馬賊たちも遠くに逃げ去っていた。
「げほっげほっ、なんつうコテコテな……」
汚いな、さすがニンジャきたない。まあ、目潰し攻撃を叩き込んだ俺が、とやかく言えた義理ではないか。ともかくも、我々は勝利したようだ。依頼人が気になる。先頭車両に行こう。
◆ ◆ ◆
針鼠のようになっている車両や、負傷して唸っている者など、どこもかしこも激しい戦闘のあとが見て取れた。治癒術師のいない、あるいは倒れたパーティーの負傷者は、クコや他パーティーの治癒術師が、順次手当をしている。
「モロオ卿、ご無事ですか!?」
先頭にたどり着くと、すでに数人の冒険者が、メイドの萌え絵が描かれた箱型馬車を囲んでいるので、搭乗部に声を掛け、依頼人の安否を確かめる。
「無事だよ~」
卿がひょっこり窓から顔を出し、依頼人の無事に、思わず安堵の溜息を漏らす。
「メイたんも御者氏も、無事で良かったよ。他のみんなも無事かな? 被害の確認をしないと」
彼と同乗者のメイドが下車する。初日にサンドイッチを渡してくれた人だ。彼女がメイだろうか。
報告をまとめると、積み荷は無事なものの馬が一頭負傷、冒険者が十一名負傷と死者こそ出なかったが、結構な被害規模のようだ。
「ところでモロオ卿、賊のひとりが『黒魔の宝玉』という名を口にしていたのですが、お心当たりは?」
状況が一段落したので、疑問点を尋ねる。
「ああ、それ積み荷だよ。何でも、魔王の魂が封印されているとかいうやつだねえ」
「はァ!? 何で、そんな物騒なもん運んでるんですか!?」
思わず手をわきわきさせて、驚愕する。
「へーきへーき。その手の話って、だいたいガセだから」
「いやいやいや! 卿の地元ではそうなのかも知れないですが、この世界では、そういうのはだいたい大マジです!」
彼はどうにも実感が湧かないのか、「へー」などと他人事のように感心している。ううむ、こんなに俺たちと異界人で、意識の差があるとは思わなかった……! 悪い人ではないのだがなあ。
「こういうのは慎重に扱ってください。お願いします」
やれやれだな。
ともかくも旅は再開され、我々はバーブル王国へと辿り着いた。三日目に予測通り、山賊とゴブリンから襲われたが、あの馬賊たちに比べたら、どうということのない敵であった。
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