昼下がりにルンドンベアへ戻って来ると、相変わらずの活気に懐かしさを覚える。早速王城へと足を運ぶ。
「これが王様の城かー。でけー」
サンが巨城を見上げながら感心する。ここへは初めて来るが、確かにでかくて立派な城だ。深い堀に跳ね橋を降ろし、八基の物見塔を角に持つ、石造りの堅牢な城壁。城壁から覗く宮殿には、豪奢なステンドグラスが使われているのが見える。
門に近づくと例によって門衛たちに足止めされるが、書状を見せるとあっさり謁見を許可してくれた。凄えな師匠。
天魔の杖と腰の物を預け、兵士の案内で城内の廊下を進む。
「しばし待て」
大扉の前で、兵士に待機を命ぜられる。まあ、すぐに会えるとは思ってなかったけどね。待たされること、体感三十分。大扉がやっと開くと、身なりのいい、すだれ頭の男が中から出ていき、会釈もなく目の前を通り過ぎていった。この国の重臣か何かだろうか。感じ悪いなあ。
「入れ」
少し間があって、開かれた扉の中から衛兵に声をかけられた。
縦列を組み赤い絨毯の上を、粛々と歩き、今度は横に並んで、皆で跪く。
「ラドネスブルグ王、イーゲン様であらせられる」
近衛兵が王の名を告げる。
「ロイ・ホーネットと申します。陛下に置かれましては、大変ご機嫌麗しゅう……」
「そういった口上はよい。わしは気にしない質だ。面を上げい」
命に従い、王に顔を向ける。玉座には、遠目でも仕立ての良さが分かる赤マントを纏い、王冠を被り立派なヒゲを蓄えた、絵に描いたような老王が鎮座している。王というだけあり、見ているだけでプレッシャーで汗が滲んでくる威厳だ。
脇には、重臣と思しき五十代ぐらいの男が、二人立っている。かたや精悍なオールバック、かたや小太りでシェブロン髭のスキンヘッド。
「書状を」
王の命で、家臣が俺から預かった書状を兵に手渡すと、彼はそれを王の許に運ぶ。
「ほう、ベラドンナ殿が……。ふむ、相わかった。天魔の杖は、我が国で責任を持って保管しよう。功績を上げた者を、手ぶらで帰らせるわけにも行かぬ。褒美を授けよう」
王が兵を呼び寄せると、耳打ちする。その兵は一礼して退出していく。
「大儀であった、下がるが良い」
再び王に一礼して、謁見の間を退出する。いやはや、緊張したあ~。
「こちらが報酬だ。受け取れ」
廊下に出ると、兵士から重い袋を渡される。おお、こりゃまた期待が膨らむじゃないの。
つつがなく報酬を手に王城を出て、青い三日月亭に向かう。もうすぐ夕方になりそうだ。ちょうど夕飯どきだな。やっと人心地付けそうだ。
◆ ◆ ◆
「今日は精神的に疲れたなあ。思いがけず報酬もたっぷり出たし、修行お疲れさま会も兼ねて、豪華に行こうぜ」
「そうですねー。女将さんの料理が恋しいです」
パティもうんうんと頷く。
とまあ、そのようなわけで店にやって来た。
「あら、ずいぶんお久しぶりですね! 遠出されてたんですか?」
「遠くはないんですが、少々修行をしてまして。またお世話になります」
女将さんの声を聞くのも、久しぶりだなあ。
「今日は豪勢にお願いします。メニューはお任せで」
「任せてください、腕によりをかけますよ!」
女将さんは快諾して、厨房へと引っ込んで行った。
◆ ◆ ◆
「お待たせしました。秋野菜のポトフです」
おお、秋の味覚を存分に楽しんでもらおうという趣向か。人参とブロッコリー、サツマイモにマッシュルームの入った、ブイヨンスープを一口。熱。うむ、いい出汁だ。さらに具も一口。おお、ほっこりしていて良い味わいだ。この一皿に、秋が詰まっている。熱々のスープを飲み干して、汗が止まらない。これはまだまだ序盤戦。この先、まだまだ兵が待ち受けているかと思うと、心が躍る。
「お待ちどう様です。鮭とマイタケの塩焼きです」
スープの完食に合わせるように、女将さんが料理を手に戻ってきた。おなじみのマスではなく、鮭。先ほどに続き、実に季節を感じる。早速頂くとしよう。
おお、切り身が大きい。元が結構でかい鮭だぞこれは。まずは一口。うむ、脂が乗っていて、良いぞ良いぞ。鮭の、この絶妙な脂感って何なんだろうな。そして、鮭といえばこの皮ですよ! こんなに皮が美味い魚って、他にいるかね? 思わず顔もほくほくだよ!
そこに、トドメのマイタケ。ううん、まさに滋味。鮭の旨味を吸って、その自力をさらに高めている。思わずダンスしたくなるねえ。まったく、お前は何でそんなに美味いんだ。
「フィレステーキをどうぞ」
じゅうじゅうと音を立てて、鉄板の上で大きな肉が、いい色に焼けている。たまらないな、これは。これぞ、ラスボスの風格! 早速ナイフを入れ、口に運ぶ。モニュモニュとした歯ごたえのあと、肉汁が口を満たす。YES! YES! YES! ああ、素晴らしきかな人生!
これに、赤ワインがまた合うんだなあ。女将さんは、立派な魔法使いだよ! だが、幸せな時間は長くは続かない。最後の一口とともに、魔法が解ける時間が来る。なんて悲しいんだ!
「最後にマロンのケーキをどうぞ」
ところが女将さんは、やはり偉大な魔法使いだった。ラスボスの次に隠しボス! 隙を生じぬ二段構えに、感謝感激感じ入る。これは異界でいうところの、モンブランってケーキだ。口に含むと、甘露な甘味が広がる広がる! 甘いなあ。美味いなあ。ああ、甘い美味い。何度でも言うぞ。
「ロイさんロイさん! 栗の花の臭いって、精」
下ネタを繰り出そうとするクコの側頭部に、チョップを叩き込む。頭を押さえ悶絶する彼女。言わせるものか!
最後に珍事があったが、実に素晴らしい食事だった。秋を満喫した! 秋って、本当に素晴らしい季節だな!
見事な料理を、いつも作ってくれる女将さん。しかし、女将さんがあんなことになるとは、このときは思っていなかったのであった。
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