クッコロさんと舌戦その他諸々、あの手この手で諦めさせようとすること、数刻。
「諦めが悪いな、君も」
「いえいえ、クッコロさんには敵いませんよ」
互いに疲れ果てていた。気づけば、もう日が沈みかかっている。
「ふう。埒が明かないな。今夜は、うちで食事していくといい」
「いえいえ! そんな! 依頼未達成で、そのような厚かましい!」
「その未達成の原因が、夕食を付き合ってくれと言っているのだ。何の問題もなかろう?」
え? いや、そうなのか? うーむ、丸め込まれているような。
「懐柔しようとしても、無駄ですよ?」
「あっはっは! 私がそんなに小賢しい人物に見えるか?」
「あ、いえ! これは失礼を」
慌てて、頭を下げる。
「それだ」
「は?」
「どうも君は、鯱張ってていかん。もっと、砕けてくれたまえよ」
背中を、ばしーんと叩かれる。
「はあ……」
「なんだろうな。君の諦めの悪さに、強い親近感を感じる。仲良くしてくれ」
いやはや、好漢というか、女性だから傑女か? 懐の深さは、確かに器を感じさせるものがある。惜しむらくは、つくづく戦いの才がないこと。
「私は湯浴みをする。君たちは、茶でも愉しんでてくれたまえ。どうせ、父上の圧と奇妙な依頼のせいで、茶菓子が喉を通らなかったのだろう?」
参ったな、お見通しか。そしてこの流れは、断れるものではないな。
「わかりました。ごちそうになります。しかし、テーブルマナーを嗜まぬ者もおりますが……」
「構わん。私からその件、言っておく。我が家のシェフは、大したものだぞ! 楽しみにしていてくれ! 茶も一級品だ!」
そう言い残し、からから笑いながら、向こうへ行ってしまった。
「ご案内いたします」
うお! まだいたのか、アンタ!
「では、お願いします」
こうして、俺らは客間に通されることになった。
◆ ◆ ◆
ふう、暖かい。
暖炉の火の、なんと暖かなことか。
そして、茶が旨い。香ばしさ、コク、のどごし、どれをとっても一級品で、実にふくよかな香りが鼻腔をくすぐる。砂糖の甘味が、また上品だ。
冷え切った体に、これはありがたい。俺らもクッコロさんも、よくもあの寒空の下、堂々巡りの舌戦をしていたものだ。
しかし……。
壁に飾られている「萌え絵」、あれ、クッコロさんだよな? 間違いなく、モロオ卿の画風だ。いやはや、彼が言っていた、「自分の絵を気に入ってくれた貴族」というのは、ハイプライド卿であったか。他にも、上客がいるのだろうな。
「あの、ロイさん」
「何かな?」
フランが不意に話しかけてきたので、応える。
「クッコロさんに、騎士への道を諦めさせるのが、本当に正解なのでしょうか?」
実は、俺も気持ちが揺らいでいたところだ。何か。何か一つ、戦いの場で役に立つ才があれば、諦めなくても良いのではないかと。
「フラン姉~。でもよー、それじゃ報酬がフイだぜー?」
サンの言うことも正論……というか、それが本筋だ。
「……少し、考える時間がほしい。とりあえず、食事を愉しもう」
この件、どうするのが一番皆が幸せになれるのか。
ため息を、深く一つ吐く。外だったら、息が白いだろうな。
◆ ◆ ◆
「うおー! いかにも、お貴族様のリョーリって感じだな!」
「こら。申し訳ありません。義妹が、さっそくご無礼を」
サンが、コース料理の前菜を見て素っ頓狂な声を上げるので、たしなめ、謝罪する。
「構わない。私から、父上にも伝えてある」
「うむ。食事とは、気楽に愉しむものだ。自由にしてくれ」
「さっすが~、ハイプライドサマは話がわかるッ!」
やれやれ。一度、テーブルどころか、対人マナーを教えたほうがいいな、これは。今回は、ハイプライド父娘の懐の広さに救われたが。
そういえば……。
「失礼な質問でしたら、申し訳ありません。奥方様の姿が、見えないようですが」
「妻は、娘が幼いとき、身罷った。もう、十年以上になるのか」
遠い目をなさる卿。そして、クッコロさん。
「デリケートな話題に踏み込んでしまったようで、大変申し訳ありません」
「気にしないでくれ。私には、妻の遺してくれた、かけがえのない宝がある。それで、十分すぎる」
なるほど。本当に、ただ一人遺された、忘れ形見なのだな。戦いの世界から、強く遠ざけたい気持ちが、よく理解できた。
「奥方様のご冥福を、主に祈らせてくださいませ」
フランが、祈りを捧げる。
「ありがとう。さあ、これ以上、辛気臭いのはなしだ。前菜が冷める前に、いただこうではないか」
卿の仕切りで、食事が開始される。
まずは、葉物野菜に、ソースがかかったものだ。はて、キャベツはまだ時期ではないし……。何だろうか。
とりあえず、試してみよう。これは……どこかで? そうだ、バーブルに滞在していたとき食べた、白菜だ! これに、ラドネスブルグ風のソースがかかっている。意外なことに、相性が良い。
「白菜ですね。これは、意外なものをいただきました」
「ほう、さすが冒険者。白菜を知っているか。バーブルでは旬らしくてな。メインシェフが、面白い組み合わせを思いついたというので期待していたが、こう来たかと私も驚いている」
サンも、「うめーうめー」と大絶賛。卿らのお許しをいただいているので、マナーの悪さは、今は咎めないでおこう。だが、帰ったらお説教だ。
続いて、白ワインをいただく。甘め、ライトボディの発泡酒。美味いとしか言いようのない酒だ。
続いて運ばれてきたのは、パンとスープ。はて、何の変哲もないコンソメだが……?
や! これは!?
「この味、『青い三日月亭』のものですね」
それも、お忍びで重臣が来たとき、バーシがお出ししたものだ。
「君らの拠点だったな。マルティアン様……兄上のほうだが、彼が、いたく感心したスープがあると仰っていてな。シェフに、食べに行かせたのだ。まったく、彼のお忍び癖は、愉快なものをもたらしてくれる」
愉快そうに、肩を揺らす卿。ラドネスブルグの重鎮中の重鎮、マルティアン兄弟。「グリーン・ラクーン」の異名を取る、兄である宰相テッツァーと、「レッド・フォックス」の異名を取る、弟の大将軍ハマド。その兄が、あの日の客だ。
かような場で、あの日のスープを飲むとは、奇妙な巡り合わせだ。
しかし、実に完璧なコピーぶり。いや、それ以上か。このシェフ、只者ではない。
これには、関わった皆も、息を呑んでいる。
続いて、魚料理。マリネ……というか、異界の言葉を使わせてもらうならば、南蛮漬けだ。
「これは……オイカワですね」
冬が旬の魚だ。
「ほう、詳しいな」
「師匠のために獲物を獲り、料理するのが長年の習慣でありましたから」
三人で過ごした日々が、脳裏に去来する。
「ベラドンナ殿か。お会いしたのは一度だけだが、達者であろうな」
「はい。大変達者に過ごされております」
続いて、リンゴのシャーベットが運ばれてきた。
「おお、一番の楽しみが来た。私は、氷菓に目がなくてな」
やはり、クッコロさんも、年頃の女の子なのだなあ。
冷たくて、美味い。冬に、暖かい部屋で氷菓というのも、オツなものだ。口の中が、さっぱりするな。
そして、メインディッシュ。重量感のあるステーキだ。
ナイフを入れると、力を入れずとも、スゥッと切れる。なんて柔らかい肉だ。
もともと良い肉に、シャリアピンソースを使っているから、かくも柔らかい。
そして、焼き加減は、見事なレア。噛むと、豊かな肉汁が、ぎゅっと溢れてくる。
義妹など、「うめー、うめー」から、「すげー、すげー」に褒め言葉が変わっている。
ここで、赤ワインを愉しむ。先ほどの白と異なり、辛口のフルボディ。これは効く。
ラストは、ザッハトルテ。
いやはや、美味い。依頼時も出されたが、遠慮して手を付けなかったのが悔やまれるな。
「やはり、運動の後は甘味だな! 氷菓も良いが、チョコレートも良いものだ!」
顔をほころばすクッコロさん。その姿は、やはり年相応の女の子だ。
以上をもって、すべての料理が出され終わった。
「大変、美味しゅうございました」
「ふふ。娘に懐柔されないでくれたまえよ」
「は。気をつけます」
と言いながらも、俺の心は揺れていた。
どうするのが、ベストなのだろうか。
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