二度目の大東亜戦争

―平成32年の開戦―
高宮零司
高宮零司

第114話 ウィリス・A・リー

公開日時: 2020年12月1日(火) 13:51
文字数:2,624

「日本軍艦隊は三時方向、速度15ノット。単縦陣のまま、反航戦で突っ込んできます」

レーダーが復旧しないため、見張り員からの伝令が敵艦隊の動きを伝える。

戦闘艦橋に詰めている将兵らは、わずかにどよめきを見せる。

「連中、どうやらやる気ですな」

副官の言葉に急遽残存艦隊を率いるウィリス・A・リー少将は、わずかに頷くと生真面目そうな顔を崩すことなく、丸眼鏡をはずしてポケットから取り出した柔らかい布で汚れをふき取る。


額から流れ出る脂汗がやたらと気になる。

これだから湿度の高い南洋は嫌なんだ、と心中で愚痴を言いながらも顔には出さない。「泊地を全滅させたのだから、復讐戦を挑むのも当然だ。我々もここを死地と思うほかない。輸送船団をやらせはせんぞ」

リー少将は戦闘艦橋の面々の顔を眺めながら答える。

誰の顔も目の前の現実を受け止めきれない顔をしている。

無理もない、ついさっきまで護衛部隊の将兵は勝利を確信しつつも、自らの出番が来ないことに不満すら抱いていた。

それが今では新造艦揃いだった航空母艦たちはすでに、ただ浮いているだけの墓標になり果てた。加えて、敵もこちらを攻撃できる航空機が残っている気配もない。

敵も味方も航空戦力を使い果たし、戦艦だけが生き残っているというのは皮肉というほかない。

「レーダー射撃装置の復旧はどうなっている」

「鋭意復旧に努めておりますが、戦闘開始までには難し…」

その時、二人の耳を打ったのは明らかに砲弾が水面を叩く音だった。

日本軍特有の染料入り砲弾によって色付けされた水しぶきは真っ赤に染まっている。

「テクニカラー!この距離で発砲してきたか

「敵戦艦発砲!距離25000!ノースカロライナの手前800に着弾の模様」

リーの顔には珍しいことに興奮と驚愕の色があった。

この砲戦距離かつ初弾にしては良いところに落としてくるものだ。

「日本軍は光学照準のはず。奴らの練度の賜物か。ええい、面倒な」

リーは呻きながらも、指揮官としてやるべきことはわきまえていた。

「距離20000を切り次第、こちらも反撃する」

「了解!ただちに伝令を」

副官は敬礼を返す。

リーは砲戦の権威であり、数々の戦いでレーダー射撃を駆使して勝利に導いてきた実績がある。部下たちもその指揮に全幅の信頼を置いていた。

ただ、現在の状況は困難そのものだった。

数的優位はともかくとして、日本の戦艦との質的優位を保証するレーダー射撃装置が役に立たないと来ている。

反航戦であるため、敵艦隊との距離が詰まるのは早い。

あっという間に目視でも敵の砲塔の動きが確認できるまでになる。

先頭をゆくコンゴウクラス戦艦の砲弾が、サウスダコタの第一砲塔天蓋付近へ命中したのが見えた。装甲を貫通することなく砲弾は弾き飛ばされたため、衝撃自体はさほどでもない。

「ノースカロライナ、射撃を開始しました」

「まずは先頭のコンゴウクラスを片付ける。こちらのほうが数は多い。恐れるに足りん」 司令官の命令に頷いた艦長は、直ちにサウスダコタの主砲を敵艦隊先頭のコンゴウクラスの戦艦に向け、発砲する。

後方に続く重巡洋艦『ロサンゼルス』と軽巡洋艦『ブルックリン』は、射線の関係で発砲を控えていた。

サウスダコタの16インチ砲が咆哮し、艦橋の中にいてさえ耳を聾する音が響く。

リーは双眼鏡で初弾としては悪くない場所に砲弾が着弾したのを確認する。

「やはりレーダー射撃でないと、初弾必中とはいかんか」

リーは歯噛みする思いを感じながら、徐々に肉眼で確認できる距離へと近づきつつある敵艦隊をにらみつける。

「コンゴウクラスに命中弾2…行き足が止まりました」

「ノースカロライナ被弾!B砲塔付近に着弾したものと認む。現在火災発生中」

見張り員の伝令が報告してきたのは、先頭を進むノースカロライナの被弾報告だった。「さすがにこちらも無傷とはいかないようだな。このまま陣形を維持せよ。ノースカロライナが遅れるようなら、本艦が前に出る」

「了解です」

サウスダコタは命令が出ている間にも射撃を継続していた。歯噛みするほどに当たらないのは、やはりレーダー射撃ができないせいだろう。

「コンゴウクラスの戦艦、落伍します。未確認の大型艦が替わって前に出ました。

「ひょっとすると、あれが未確認の16インチ砲戦艦か」

詳細はつかめていないが、ナガトクラスの戦艦より大型の戦艦が存在しているという未確認情報はリーも把握していた。

もし、敵が16インチ砲を搭載した戦艦の場合、常識的に考えて16インチ砲弾を防御できる装甲が備えられていることになる。

こちらの戦艦2隻の最大口径が16インチであることを考えると、厄介な相手になるだろう。

未確認戦艦の発砲炎が煌めくと、砲口を飛び出した砲弾が音速を超える速度でこちらへと飛来する。

「至近弾!挟叉されました!」

砲弾の行方を双眼鏡で探していた艦長は、半ばうめくような声で報告してくる。

挟叉とは砲弾の散布界に艦が捕捉されたことを意味している。

ひらたく言えば、砲弾の落下した位置を把握して修正射を行って行けばいつかは必ず当たるということだ。

もちろん実際は両者ともに海上を移動し続けているうえに、砲身の摩耗に気温や湿度に風速、地球の自転速度など数多くの要素が介在しているから、そう簡単ではない。

砲弾の命中率というのはどんなに優れた兵員が操作しようと、野球のバッターにも劣る確率でしか当たらない。三割も当たれば奇跡的という確率でしかないのだ。

「あれは…16インチ砲弾などではない」

リーは焦燥感を気取られぬように苦労しながら、短くそう言った。

間近に上がった色付きの水飛沫をよく見れば、リーにはその違いが判る。

生粋の砲術屋であるリーにとって、訓練で見慣れている16インチ砲弾の水飛沫とは明らかに違うことは一目瞭然だった。

「…相手にとって不足はない」

リーは冷静に状況を考察する。

―虎の子の新型戦艦を出してきたということは、もはや無傷の予備戦力はないということだ。

敵の新型艦がいかに高性能であろうとも、この数の艦隊を相手にして無傷ではいられない。

「つまり、鈍足の輸送船団でも十分に逃げられるだけの時間は稼いだということだ」

リーはあえて口に出して言うと、不敵な笑みを浮かべる。

「どんな装甲でも、当たれば何かは壊れる。傷ついたコンゴウクラスには構うな。このまま敵新型戦艦を集中射撃だ」

リーは戦略的な勝利を確信しながら叫んだ。

戦術的にはどうだろうか、との疑問は胸中に仕舞い込んだまま。

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