二度目の大東亜戦争

―平成32年の開戦―
高宮零司
高宮零司

第36話 連合参謀本部非公式会合

公開日時: 2020年11月30日(月) 13:04
文字数:4,641

|連合参謀本部《CCS》はワシントンDCに設置された、連合国(実質的には英国との)軍事上の協力体制を円滑に進めるための組織であった。その中心は英国の三軍による|統合参謀派遣団《JSM》である。

そのCCSの会合が開かれているのはJSMがアメリカから借り受けているニューヨークのはずれにある古ぼけたオフィスビル最上階の会議室だった。

天井から吊り下げられた四枚羽根の扇風機がゆっくりと回転しているのと、実用性だけが取り柄の木製の大きな会議机以外に調度品らしいものが見当たらない殺風景な部屋だ。

正式な会議ともあればもう少しマシな部屋があてがわれるのだろうが、今回の会合はあくまで非公式のものだ。参加しているのもわずかな人間だけで、情報交換と親睦を目的に開かれているといった性格のものであった。

英国との利害調整という面倒な仕事を押し付けられているのは米国陸軍参謀総長のジョージ・C・マーシャル将軍であった。彼の性格を一言で言えば堅物と表現できるだろう。

愛想笑いの一つも浮かべようとはしなかった。

彼は第一次世界大戦時は将校としての素質に疑問を呈されて冷や飯を食わされていたが、対日戦争の作戦計画立案にかかわったことで出世の糸口をつかんだ男であった。ルーズベルト大統領にも重用されており、連合参謀本部においてはアメリカ側の中心メンバーに名を連ねている。

「先日のトライデント作戦の戦果は次の資料にまとめてあります。日本の言う絶対国防圏の一角を崩した精神的効果は非常に大きいものと推定されます」

「貴国の作戦の成功自体は確かに喜ばしい。だが、少々犠牲が大きすぎたのではないかね。特に空母を一隻失ったのは痛手ではないか。おまけに日本軍の艦艇はおろか、兵士の一人もいなかったというのは本当かね」、

英国海軍の提督はそう言い終えるとサミュエル・D・バーミンガム少将は葉巻吸い口を切ったばかりの葉巻を吹かした。

第一次世界大戦時に左手の手首から先と左目を喪ったおかげで予備役に編入されていたが、大戦勃発以降は現役に復帰。以降米国への留学歴を買われて連絡将校を務めている男だった。逆に言えば中央でこれ以上の出世は望めない。故に政治的な思惑とは無縁でいられる男でもあった。

アイパッチをはめている容姿は、どこか冒険小説に出てくるような海賊船の船長を思わせる。

「一部は事実です。喪失した艦艇は、潜水艦もしくは機雷による喪失と推定されています。喪失艦艇は触雷によって中破し、曳航を試みたが後に雷撃処分したワスプと、損害が大きすぎてその場で雷撃処分されたアトランタのみです」

ほかにも軽巡洋艦や輸送艦が被害を受けてはいたが、後方に曳航出来た艦艇は公表しなかった。同盟国とはいえ、すべての事実を開示するわけではない。

「しかし、これでこのあとはいよいよサイパンかイオージマか。どのみち、日本軍にとっては元々の領土に踏み込まれることになるわけだ」

「サイパンは信託統治領ですが。それに陸軍はフィリピン方面への作戦を強硬に提案してきておりまして、小官にはどうなるかまでは分かりかねます」

細かな間違いを指摘したマーシャル将軍に対し、英国の将軍たちは苦笑を浮かべる。

この米国人の融通の利かなさは筋金入りだと誰もが知っているのだった。であるから、マーシャルとの会話は妙に馬の合うらしいバーミンガム将軍に任せきりのようになっている。

「なるほど、失礼。立ち入ったことを聞きすぎましたかな」

―フィリピン方面に侵攻したがっているのは陸軍というよりも、マッカーサー将軍だろうがな。

バーミンガムは頭の中でそう考えながら、慇懃無礼に頭を下げる。

「失礼。だが、日本軍をここまで追い込んだ合衆国軍の血と汗による連合国への貢献には敬意を表したいのだよ。そこは勘違いしないでくれたまえ」

ひしゃげた金属製の灰皿に葉巻の灰を落としながら、気障な笑みを浮かべる。

どこまでも芝居がかった男だ、とマーシャルは表情一つ変えずに心の中でつぶやく。この男の洒脱なところは自分にない部分であり羨ましくもあり、また同時に疎ましいところでもあった。

「光栄であります、少将殿。作戦参加将兵に代わって御礼申し上げます。」

「それで、次の対日作戦はいつぐらいになりそうなのですかな?いや、機密に抵触するのであれば、無理にお聞きはしませんが」

「年内には、と申し上げておきます。」

マーシャルは眉一つ動かさずに答える。

―空母の喪失がそれほどに痛いのか、新造艦が戦列に加わるまで待ちたいのか。どちらか、それとも両方かな。少なくとも今月中の作戦開始は無さそうだな。

バーミンガムはそう予測しながらも、口元の温和な笑みを崩さない。

「さて、赫奕たる戦果をあげている同盟国の前ではお恥ずかしながら我が英連邦は問題だらけでしてな。問題の中心はオーストラリアです。彼の亜大陸はご存知とは思いますが地勢等の制約から食糧生産量が限られており、自給自足には程遠い状態。貴国からの食料輸入が頼りという状況です」

バーミンガム少将のもったいぶった言い方に、アメリカ側の将校の中には顔をひきつらせるものまで居る始末だった。その連中を一瞬視線で制し、マーシャル将軍は書類鞄の中から新しい資料を取り出す。

「その件については大変申し訳なく思っております。日本軍の機雷によって触雷する輸送船が大幅に増価しており、現在掃海船団を派遣して機雷除去を行なっております。しかし、日本軍の機雷は未知の新型である可能性もあり、掃海隊にも損害が出ています。今しばらくお待ちいただくほかありませんな」

マーシャル将軍はすまなさそうな顔でかぶりをふる。

「新型機雷ですか。それは厄介ですな。しかし、南太平洋は自由の女神の浴槽とでもいうべき状態のはず。日本軍は航空機や艦船による機雷敷設はできないはずだが…。いや、私も最近の新兵器にはまったくもって疎いので、何か開示してよい情報があればご教授願いたい」

バーミンガム少将は、これは驚いたとでもいうような顔でわざとらしく驚いて見せる。ほかの英国の将校は、少将に冷やかな視線を向けていた。

「これは未確定の情報なのですが。日本軍は潜水艦による機雷敷設を行っている可能性が高いと我が海軍の情報部は推定しております。まあ、潜水艦による機雷敷設自体は我が軍でも研究はされておるようですが…」

「何か問題でも?」

「問題は日本軍の新型潜水艦です。数そのものはさほど多くないというのが情報部の見解ですが、その新型は静粛性が格段に高い。これまでドラム缶を叩くような音を立てていたのが、わが軍の最新鋭のソナーでも探知できないレベルになりつつある。これは脅威というほかありません。」

「それで得心がいきました。ポートダーウィン近海などのオーストラリア本土に近い場所で機雷による被害が出ているのはそれが原因ですか」

「その通りです。我が軍でもより性能の高いソナーの配備を急いではおりますが…」

「これは緊急事態ですぞ。これ以上日本軍による通商破壊を許せば、わが連邦の一角であるオーストラリアとはいえ、国民世論がよろしくない方向へ傾きかねません。パンさえ確保できない頼りない連合国よりも、飢えた狼の懐へ飛び込んだほうが良い思いが出来るかもしれない、とね.

実際、かの国ではそのような動きが皆無とは言えません」

マーシャルにとってバーミンガムの持ち出した情報は、情勢から当然予想されていたことではあったが、改めて連邦の盟主たる連合王国の軍人から聞かされると衝撃的なものがあった。

日本軍が米豪間の通商破壊に出てくることは当然予想されており、そのための根拠地を奪うためにガダルカナル島をはじめとした南太平洋各島の占領を行ったのである。

しかし日本軍はそんな島々を無視して、潜水艦での機雷敷設という手に出てきた。まだ 通商路が完全に破壊されて、機雷によってオーストラリアが干上がってしまったら、よくて中立化、最悪連合国から離脱という未来が到来しかねない。

それは合衆国にとっても、連合王国にとっても悪夢でしかない。多国籍同盟というのはどんな国であっても離脱する国が一つでもあれば大きく動揺を呼び込むからだ。それが連合国の崩壊につながることはなんとしても避けねばならない。

「ともかく、この件は緊急を要する事態ではありますが、すぐに解決する問題でもありません。危機意識を共有しつつ、両軍で対潜艦艇や掃海艇を増派するように働きかけを行うほかありませんな。新型ソナーの配備など、そう簡単に進む訳もありませんし。」

マーシャルは頷くと、居並ぶ両国の将校に発言を求めた。

しかし、当然良案が出てくるわけもなく、バーミンガムの言うとりあえずの次善策がこの場の結論として両国に持ち帰られるされるにとどまった。

「時に妙なことを聞きますが。日本軍の飛ばした気球がこの米本土に届いているようですな。そんな噂を聞いたのですが、真実ですかな」

その言葉を聞いて、マーシャルの顔があからさまにひきつり、顔から血の気が失せた。

「事実です。しかし、それをどこでお知りになられたのですか?」

「いや、我が国にも友人はたくさんおりましてな」

バーミンガムは葉巻を吹かしながら曖昧な笑みを浮かべまま会議室の天井へ視線を向ける。

「コホン…いや、失礼。小官といたしましてはなんとも申し上げにくいことでしてな。イエスともノーとも言う権限がありません。申し訳ありません」

マーシャルは咳ばらいをして、ようやくなんとも歯切れの悪い返答をする。

「いや、これは失敬。同盟国といえど機密事項の扱いは慎重でなければいけませんな。さて、いささか長くなりました。今回の会合はこれくらいに致しましょう。よろしければこの後紅茶でも楽しんでいかれませんかな」

「お気遣い有難うございます。あいにく、我々はこの後も緊急の会議がありましてね。英国紳士の方々から直々に新大陸の田舎者が紅茶の作法を教わる機会は、またにいたしましょう」

アメリカ海軍の大佐はテーブルに置いていた制帽を被りながら気障ったらしくそう言った。

マーシャルが非礼を詫びる挨拶を終えると示し合わせたかのように、アメリカの将校団は慌ただしく部屋を後にした。


アメリカの将校たちが出ていってから十数分が過ぎたあと、従兵が運んできた紅茶を口にしながら、イギリス海軍の大佐はようやく口を開く。

「それで、あのマーシャル将軍はクロですかね。それともシロですか」

「仮にも同盟国の少将殿だぞ。滅多なことを言うものではないよ。それに少しあっただけで見抜けるものなら苦労はしない」

皮肉っぽい笑顔を浮かべながら、バーミンガムは紅茶のカップを机に置く。

「彼の経歴を見て気になるのは中国での三年間だ。これはウラがとれてはいないが、共産主義者と接触していたという情報もある。だが、彼自身はおそらく共産主義者ではないだろう。協力者である可能性はあるだろうがね」

「しかし、アメリカ国内へのソ連諜報網の浸透ぶりは予想以上です。まさに例のレッドマジック・ブックの情報通りですな、これは将来的に我が国にとって禍根となり得ます。」

「君は引き続きソ連大使館のクーリエたちの監視を続けたまえ。くれぐれもこの国のご同業には迷惑をかけてくれるなよ。深く静かに潜航せよ、だ」

「了解です。それでは、業務に戻ります」

「我らがパーストマン卿に乾杯だ。国家に永遠の友はなし、だよ」

中身の少なくなったティーカップを掲げながら、バーミンガム少将は嗤った。

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