二度目の大東亜戦争

―平成32年の開戦―
高宮零司
高宮零司

第112話 少将閣下の憂鬱

公開日時: 2020年12月1日(火) 13:49
文字数:2,647

何もかもが酷い有様だった。

この状態で艦橋だけは無事であるというのは、皮肉が効きすぎているとバークは思った。

「いや、違うか…あのロケット弾は、空母の戦闘能力を奪うために必要な場所を狙ったのだ」

有視界外から放たれたロケット弾を命中させる技術があるのならば、船体のどこへ命中させるか選択できる技術があってもおかしくはない。

飛行甲板は無事な場所を探すのも難しいほどに破壊しつくされており、破口部から垣間見える格納庫から盛大な炎が上がっている。

誰が判定しようが大破と判定せざるを得ないほどの惨状にも、驚く気にもなれない。

―艦橋を狙わなかったのはどうしてだろうか。

わざわざ艦橋まで破壊する価値もないと思われたのか。

バークは考えても仕方ないと思いながらも、そう思わざるを得なかった。

洋上に目を移すと南洋特有の圧力を感じるような日差しを乱反射するブルーの海面に、いくつもの艦載機が木の葉のように漂っていた。

なんとか誘導弾や対空射撃を潜り抜けて艦隊の元へ帰りついたものの、既に戻れる母艦はなくなっており、、燃料切れで海面へ不時着せざるを得なかった機体の群れだった。

駆逐艦が牧羊犬のように走り回って|短艇《カッター》を出し、翼や風防の上で救助を待つパイロットの救助を行っているのが見える。

あまり愉快ではない光景だが、損耗率が考えたくないレベルにまで悪化している現状では生還したこと自体が奇跡的と言えるのかもしれない。

「閣下、損害を報告いたします」

憔悴しきった顔の艦長は、それでも自らの義務を果たさんとしていた。

「空母『ハンコック』、『ベニントン』、『ボクサー』ともに大破。重巡洋艦『アラスカ』、『ノーザンプトン』、軽巡洋艦『ホノルル』も大破。

無傷あるいは損害軽微な艦艇は戦艦『サウスダコタ』、『ノースカロライナ』、重巡洋艦『ロサンゼルス』、軽巡洋艦『ブルックリン』ほか駆逐艦八隻です」

「すでに空母機動部隊としての能力は喪失したということか」

これだけ手ひどくやられていながら、まだ沈んだフネがいないというのもバークには妙な話に思えた。

「は、残念ながら」

「まだ帰投していない母艦航空隊各機のパイロット救出に全力を注げ」

「了解です。すぐに電文を打電します」

艦長は通信兵に電文の打電を命じる。

バークが淡々と命じた時、消火作業に当たっているはずの兵士達がどよめく。

彼らが指さす先を見たバークは、衝撃のあまり無意識に手をやっていた制帽を取り落とす。

「なんなのだ、あれは」

おそらく数百キロは離れているであろう水平線の向こうにきのこ雲があがっているのが、肉眼でも視認できた。

「あの方向は、トラックですね」

「何が起きている。泊地攻撃の別働隊など、いるはずがない」

バークは足元が崩れていくような感覚を味わいながらも、目の前の現実を解釈すべく無駄な努力を重ねていた。

あれが合衆国による攻撃ならば、我々に秘匿されていた作戦が存在したことになる。

バークの常識では、機動部隊のほかに味方にも存在を秘匿した別働隊を送り込むことなどありえない。

いや、それどころかこの任務部隊こそが陽動、おとりということになる。

虎の子の新型空母四隻をおとりにしての陽動作戦など、いくら物量を誇る合衆国といえど許されるものではない…はずだ。

だが、どこかであのような大威力の爆発を引き起こす戦略級兵器ならば…と同時に思う自分がいた。

そんな想像をして愉快な気持ちになる指揮官など、どこの国の軍隊にもいないだろう。

島そのものが視認出来ない距離から爆煙が視認出来るということは、都市そのものが消滅するくらいの規模だろう。

バークが承知している兵器であそこまでの規模の破壊をもたらすものは存在しない。

「新型爆弾…反応弾か」

思わず口からこぼれた言葉に、艦長は訝し気な顔をする。

バークとて、科学雑誌を流し読みした程度の知識しかない。

その雑誌では原子力エネルギーを使った大威力の爆弾として、その存在を朧げに予言していた。

現実の兵器としてこの世にあらわれるのは「次の戦争」ではないかというのがバークの見たてだった。

だが、目の前に現れた現実は合衆国がそれを世界で最初に使用したらしいという現実だった。

あの爆発の下では、何もかもが酷いことになっているだろう。

もちろん、あの泊地と環礁の中にある島々には日本人だけではなく、現地住民-非戦闘員も数多く居住しているはずだ。

明白な戦時国際法違反、そう非難されても申し開きなどできまい。

戦時国際法、俗にはジュネーブ条約と称されるハーグ陸戦協定では軍人以外の民間人の殺傷は禁止事項の筆頭である。

戦争は殺し合いだが、文明国同士の戦争には守るべき最低限の|法規範《ルール》がある。

少なくともこれまでのバークはそう考えていた。

-国そのものに永遠に残る|傷痕《スティグマ》だぞ、これは。なんという国になってしまったのだ、我が国は!

バークの思考を遮ったのは、通信電文のメモを持った通信兵だった。

「大将閣下、|太平洋艦隊司令部《ハワイ》からの電文です。『プロメテウス作戦』は作戦目的を達成した。速やかにハワイへ帰投せよ。以上です」

「作戦目的は達成された、だと?」

バークの鬼気迫る表情に、通信兵は思わず気圧されて数歩後ろへ下がってしまう。

-艦が辛うじて通信機能を維持しているのがこれほどまでに忌々しいとは!

内心で絶叫しながらも、指揮官としての矜持を揺るがすわけにもいかないバークは唇を噛みしめる。

「…了解した。任務部隊全艦艇に通信を。平文でかまわん。『艦隊の任務は終了した。自走できる艦艇は集合せよ」

「は、すぐに打電します」

艦長は複雑な表情で敬礼すると、通信兵に声をかけに行こうとする。

「『サウスダコタ』より入電!電探で接近する水上艦艇を発見。日本海軍と思われる。なお、詳細は電探の調子が悪いため不明とのことです」

「確かなのだろうな。電子機器の故障がまた頻発しているらしいが」

「偵察機を出しましょう。『サウスダコタ』と『ノースカロライナ』のカタパルトは無事のはずです」

「よかろう。偵察機を出したまえ…ただでは日本軍も逃してくれそうにもないな」

バークは大将としての仮面をかぶり直しながら嘆息した。

俺の名前はどういうかたちで歴史書に載るのだろうな。

機動部隊を磨り潰した間抜けな指揮官としてか、あるいは自己犠牲の精神を発揮し不遇な役回りをこなした献身的な指揮官としてか。

「どちらもロクなものじゃない」

思わず口を突いて出た小声の呟きは、幸いなことに艦橋の喧噪に紛れて消えた。

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