二度目の大東亜戦争

―平成32年の開戦―
高宮零司
高宮零司

第66話 情報分析

公開日時: 2020年11月30日(月) 14:19
文字数:2,835

同時刻 国防軍統合参謀本部立川司令部


ノックダウン作戦の推移を見守る国防軍統合参謀本部では、予想よりも作戦が順調に進んでいることで安堵の空気が流れ始めていた。。

萩原英司参謀総長の表情も作戦当初の厳めしい顔つきがいくらか和らいでいる。最近滅多にお目にかかれなくなった貴重品のコーヒーが、特別に司令部要員に提供されているせいでもあるだろうか。コーヒーの生産国は南米やアフリカが主だ。アジア方面でも栽培しているところはあるが、海上輸送は軍需物資が優先で嗜好品の輸入など贅沢は出来ないのが現状だ。

萩原のコーヒー好きは広く知れ渡っているから、気を利かせた者が補給隊にいたのだろう。

彼の本音を言えば、インスタントではなくドリップ式のコーヒーを自分の私物のサイフォンで淹れたいのだが。 無論、前線で戦う兵士たちのことを思えば、嗜好品に贅沢は言えなかった。

紫香楽参謀長はと言えば、空軍の幕僚たちと現地に展開している空軍部隊の状況をモニターしつつ、打ち合わせを行っている。現地に展開している空軍部隊としては|早期警戒管制機《AWACS》と、その護衛としてのF-15改飛行隊、さらに空中給油機KC767などの部隊が展開し、制空権を確保している。戦力としては十分すぎるほどだが、前線基地は政治的な問題から陸上に確保できず、補給に関する悩みはつきない。

朝鮮半島に基地を置くことも検討されたが、実現していない。

今のところ、旧軍を撤退させて戦略上必要な場所にのみ国防陸軍部隊を派遣する兵力転換計画は南方が中心であり、治安が安定している朝鮮半島の朝鮮軍(旧帝国陸軍朝鮮派遣軍)は時震前のままの配置となっていたからだ。 黄海に展開する「いせ」、「ひゅうが」を中心とするとする艦隊が、補給物資の供給などのバックアップとして展開してはいるが、陸上基地ほどの柔軟性はない。

「関東軍司令部の制圧作戦は順調に進行中です。今のところ、負傷者1名、死亡者はゼロ」

コーヒーのお替りを持ってきた副官の報告に、萩原は深く頷く。

「作戦終了まで気を抜くな。反乱軍のリーダーを捕縛し、皇帝溥儀の無事を確認するという作戦目標をすべて達成するまで我々の勝利ではない」

「了解です」

副官は頷くと、萩原の側へ控える。

「皇帝溥儀のいる皇宮に変化はないか」

萩原の質問に、今度は別のオペレーターが答える。新京市上空を周回飛行している無人偵察機、RQ-4Jグローバルホークからの中継映像を解析している班の者だった。

「以前、変化なし。関東軍反乱部隊と満州国軍近衛兵が睨み合っています」

「そうか。やはり、敵の兵力が展開する前に抑えたかったな。まあいい、監視を怠るな。作戦計画どおり、少しでも状況に変化があれば待機している予備兵力を投入する」

関東軍司令部と並ぶ重要作戦目標である皇帝溥儀のいる皇宮は、国防軍にとって真っ先に抑えたい目標であった。しかし、満州国軍近衛兵が展開している状況では、仮に満州兵に死傷者が出た場合将来に禍根を残しかねない。

そのため、当初の作戦計画は変更され、関東軍司令部を制圧したあとに反乱部隊に対し投降を呼びかけたうえで、抵抗するならば制圧という方針へ変更されていた。

外交が絡むだけに回りくどい手段を取らざるを得ないが、政府がそう決断した以上、萩原の立場ではどうしようも無かった。

次の瞬間、大型有機ELモニターを睨んでいたオペレーターの一人が、血相を変えて立ち上がる。

立ち上がったまま自分の座席の端末を操作し、詳細な情報を確認する。複数の無人偵察機からの映像を合成し、ここ数分の状況の変化を動画として再現してチェックする。

「新京市内で大規模な爆発を複数確認。爆発の規模と地点、周辺の部隊配置から考えて砲爆撃の類とは思えません。今の時点では推測になりますが時限式、もしくは無線式の起爆装置で爆発した爆弾と思われます。

「爆弾テロだと?いや、あまりにもタイミングが良すぎる。何が目的だ」

「現段階では判断に必要な情報が足りないかと。事前潜入班に調査させますか」

「いや、作戦に影響しない限り事前潜入班には突入部隊のバックアップに専念させる」

「了解しました」

副官は敬礼すると、オペレーターの元へ行って会話を始める。

先ほどまでの弛緩した空気は吹き飛び、一気に作戦司令部内に緊張した空気が満ちていく。

「失礼します、参謀長。先ほどの爆発の件で報告があります。宜しいでしょうか」

そう言ったのは戦略偵察局からの出向してきている降矢という珍しい名字の若い女性だった。凡庸な容姿に地味な化粧の目立たない女だったが、この司令部にあの猪口局長が派遣しているということはかなり有能なのだろう。

「許可する。聞かせてくれ」

戦略偵察局には日ごろから含むところの多い萩原だったが、今は少しでも情報が欲しいところだった。彼女は頷くと、持っていたノートパソコンを開いてテーブルの上に乗せた。

「これを見てください。先日、現地の諜報員から上げられた調査報告です。関東軍軍人によるテロの事前情報収集を思わせる行動に関する記述です。

この情報が上がってきてから、諜報員が仕掛けたカメラによく映る人物の情報を探っていましたが、つい先日その正体が判明しました」

プレゼンの時に用いるようなワイヤレスマウスでパソコンを操作すると、古い資料をスキャンしたらしい画像が表示される。

「名前は進藤伊輔、階級は大尉。通信隊の将校です。無線通信と暗号に精通するエキスパートです。公式の記録にはほとんど名前がなく、残っている写真も集合写真しかなくおまけに不鮮明。我々の史実では無名もいいところの人物です。なお、史実では1942年、昭和17年7月22日に死亡しています。酒に酔って帰宅中、何者かに刺殺されたと記録にはあります」

「7月22日だと?時震の起こった日じゃないか。この世界では時震の影響でこの男が生き残り、何かを画策している…か。因果なものだ」

「現在、彼の出身地域や士官学校関係の資料や関係者にあたっていますが、まだ動機まではつかめていません。ただ、この爆弾テロが起きている場所は彼が事前に情報収集を行っている場所と一致します。具体的な場所は国務院、治安部などの政府庁舎、首都警察庁、憲兵隊司令部などの治安機関に、満州鉄道新京駅、満洲電信電話株式会社などの民間施設など。我々は、この爆発が起きるまでクーデター実行のための情報収集と思っていましたが…」

「情報に予断は禁物ということかな」

そうは言ってみたが、萩原に戦略偵察局を責める気はなかった。

いくら技術が発達しようとも、常に死角は存在する。その死角を読み取るのは人間の洞察力では限界がある。

「はい。ですが、この爆弾テロはおそらく目的ではなく、手段です。我々の敵の本命はおそらく別のところにあるのでしょう。その割り出しに全力を挙げます」

「頼む。貴官らの情報にすべてがかかっている。」

「了解しました」

不慣れな敬礼をして見せる降矢女史の目には強い光が宿っていた。


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