二度目の大東亜戦争

―平成32年の開戦―
高宮零司
高宮零司

第69話 殺戮

公開日時: 2020年11月30日(月) 14:22
文字数:1,941

-15時45分 皇宮


緝熙楼の二階部分正面にあるバルコニーに、満州国軍の軍服を着た男が出てきたのに気づいた者は少なかった。

石畳の部分に土嚢を積んで応急陣地としている満州国軍近衛兵も、そこからいくらか離れたところに広がる西洋式回遊庭園をゲートルで踏み荒らしている関東軍兵士も、目前を警戒するので精一杯だった。

些細なきっかけで戦端が開かれかねない状況であるから無理もない。

奇妙な風切音が響いてきたのを感じて、近衛兵の一人が振り返る。

後ろから飛んできた物体は地面にバウンドして足元に転がる。

近衛兵はそれが何であるか一瞬分かりかね、間の抜けた顔で見つめることになった。

敵弾が飛んでくるとしたら前方からであり、味方しかいないはずの後方から攻撃があるとは思えなかったからだ。

よくよくその転がってきた物体を見ると、第一次世界大戦のドイツ軍で使われていた『M24型柄付手榴弾』と呼ばれるタイプの手榴弾だった。一般的には型番名よりも、|ポテトマッシャー《じゃがいも潰し》という愛称の方が有名だろう。木製の柄がついていることで、訓練を積んでいない兵士でも投げやすい利点がある。

日本軍、そして満州国軍ではこのようなタイプの手榴弾は使われていないから、彼らの判断が一瞬遅れたのも無理はない。

だが、その一瞬が彼らにとって命取りとなった。

約170グラムのTNT火薬が信管によって作動し、土嚢の内側で銃を構えていた数人の兵士の肉を引き裂いた。

突如として加えられた攻撃に半ば呆然としていた近衛兵たちの指揮官は、数秒の後にようやく大声で叫ぶことが出来た。

「敵襲!撃てっ、撃ちまくれっ!」

満州語でがなりたてる上官に、部下たちは浮足立つばかりだった。

実戦を想定した訓練より、儀仗兵としての訓練ばかり積んできた者ばかりであるから無理もない。

「撃てといっても、どこへ撃てばいいんですか。今の手榴弾は明らかに後方から…」

「五月蠅い、撃てといったら撃…」

その次の瞬間その指揮官の頭蓋を、どこからか飛んできた銃弾がヘルメットごと吹き飛ばした。

「狙撃されてるぞ!頭を下げろ!」

慌てて小銃を構えた近衛兵たちは、好き勝手な方へ小銃を撃ち始めた。

緝熙楼の窓ガラスが割れ、壁が穴だらけになる。

季節が季節なら美しい花が咲き乱れるはずの庭園が銃弾で穿り返される。


一方、関東軍の兵士たちも戸惑っていた。

庭園の植え込みに隠れつつ、匍匐姿勢で飛んでくる銃弾をとりあえずは凌いでいる。

だが、運の悪い兵士は銃弾の直撃を受けて斃れていく。

「敵が発砲を開始した。応戦するぞ」

「しかし、中尉殿。宮殿を我々が血で汚しては、後々まずいことになりませんかね。」

「もう汚れているさ、こちら側の血でな!こちらはろくに塹壕の一つもないんだぞ、全滅するよりはマシだ」

軍曹は匍匐姿勢のまま渋い顔で頷く。

「とにかく連中が白旗を挙げるまでは応戦しろ!匍匐姿勢のまま散開して前進。全滅を避けつつ、敵を殲滅する。銃弾は無駄にするな。こちらは補給をあてにできないんだからな」

圧倒的に不利な状況に、指揮官である中尉の顔も蒼白くなっていた。


「同志程、予定通りです。連中、こちらの目論見通り衝突を開始しましたよ」

狙撃に使っていたボルトアクションライフルを無造作に放り投げた男は、床に置いてあったMP28短機関銃を手に取り弾倉を装填する。

そして躊躇なく引き金を引き、ガラスの吹き飛んだ窓へ向けて試し撃ちをして見せる。

「思ったより反動がキツイな…。はは、奴ら我々に気づいてもいない」

狙撃兵の男は窓の外を指注しながら、下衆な笑い声をあげる。

「間抜けな連中で助かる。さて、ここは連中に任せて俺たちは宮殿内の掃除を始めるか。武器の手配も既に終わっている。予定通り、宮殿内各所へ散開して掃除を始めろ。一人残らず殺せ、どのみち満州人民共和国として生まれ変わるこの国には不要な連中だ」

「同志程。了解致しました。共産主義万歳!」

程は自分の意のままに動く党員たちを眺めながら、満足げに頷いた。

-なに、あのレーニンやスターリンも最初は徒手空拳から始めたのだ。俺にだって出来ないことはない。ソビィエトロシアから支援を得て、俺の王国を作るのだ。

秘めた野望を隠し切れぬ顔で程は言った。

「同志|毛《マオ》は言った。『革命は銃口から生まれる』と。我々も革命を生み出そう」

-そして忌々しい日本人や満州族どもを政権から駆逐し、我々漢民族が実権を握るのだ。

心の中で付け加えた本音を覆い隠そうとするかのように程は大げさに右手を挙げ、満面の笑みを浮かべる。

「革命万歳!」

「共産主義万歳!」

秘密党員たちの拍手に満足気に応じる。もう既に革命が成功したかのような熱気だった。

ソビィエトロシアの宣伝映画さながらの演出に、程は満足気に頷いて見せた。


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