二度目の大東亜戦争

―平成32年の開戦―
高宮零司
高宮零司

第42話 硫黄島航空撃滅戦

公開日時: 2020年11月30日(月) 13:09
文字数:6,679

硫黄島防衛計画が立案されたとき、問題となったのは航空支援をどうするかという問題であった。国防空軍と海軍の航空部隊を統合運用する統合航空団が進出して、制空戦闘や早期警戒などの任務にあたることは早期に決まった。

しかし、燃料の問題は空中給油機を飛ばせばなんとかなるとしても、万が一戦闘が長期化した場合に対応できない可能性があるということが指摘されていた。事前のコンピュータシミュレーションや机上演習では、戦闘は半日もせずに決着すると予測されていたが、あらゆる事態に備えることは必要な措置であった。

さらに、戦闘で損傷を負った機体が出た時に不時着できる航空基地があれば理想的である。

戦闘に巻き込まれる硫黄島内の旧軍が建設した飛行場を利用する案は、戦場に近すぎることを理由に却下されたが、かといって飛行場を建設できる適当な島が硫黄島近海には存在しなかった。

そこで白羽の矢が立ったのが、日本の優れた造船技術を応用した|超大型浮体式構造物《メガフロート》であった。これは、直方体の浮力を持つブロックを大量に作ってそれを連結させてつくる建造物である。

台風や津波などの災害にも強く、また十分に確立した技術であるために安価かつ短期間での製造が可能であった。さらに、各パーツごとに自走させて父島付近へ移動させて現地で組み立てることが可能である。

こうして国防海軍メガフロート航空基地『天橋立』は建造された。3000メートル級の滑走路に、各種レーダー、広大な居住区など、航空基地としてのすべてを備えた『巨艦』は、十分に基地としての役割を果たしていた。

「この『天橋立』があれば、今建造中の『あまぎ』なんて要らないんじゃないですかね」

「バーカ、この天橋立はそうあちこちへ動けないだろうが。まあ、海軍の空母が物になるのは最低でも数年はかかるし、戦争がその前に終わっちまうだろうがな」

僚機のパイロットである水野少尉の軽口に答えながら、国防海軍航空隊所属の森脇雄二少尉は、視線を窓の外の空へと向けていた。

航空自衛隊に所属していた森脇は海自改め国防海軍の立ち上げと空母航空団設立発表にともない、国防海軍へと移籍していた。「勇猛果敢、支離滅裂」という四文字熟語で示されるように空自という組織は良くも悪くも風通しの良い組織だったが、海自は海軍と形を変えても「伝統墨守、唯我独尊」といった組織であり、空自移籍組と相応の軋轢もあった。

森脇たちは今は『天橋立』統合航空団に所属しているが、将来的には『あまぎ』航空団所属となることが内定している。

―まあ、空に上がってしまえばそんな些末なことは関係ないのだがな。

この|搭乗員控え室《ガンルーム》の窓からは、滑走路の様子がよく見える。

視界の端に海が見えなければ、ここが海の上の仮設基地だとは信じられない。

だが、確かにこの基地は鋼鉄製の船体を組み合わせて作られた洋上基地なのだった。

「戦争終わりますかね。本来の歴史ならあと二年以上続くんでしょう」

「終わるさ。勝とうと負けようと、戦時経済を二年も続けるような経済的体力は我が国にはない。そもそも『欲しがりません、勝つまでは』なんて我慢強くないだろう、我ら平成生まれは」

「確かに。出撃前に寄ったコンビニじゃあ菓子パンやサンドイッチも買えなかったのは参りました。代わりにおにぎりコーナーはやたらと充実してましたけどね」

「小麦粉は大半が輸入だったからな。このコーヒーだって、インスタントとはいえ今や貴重品だ。俺はコーヒーの在庫が無くなったら叛乱を起こすね」

そう言って森脇は紙コップに僅かに残ったコーヒーをあおると、温いうえに安っぽい苦味が舌を刺激する。

「…そりゃ大変だ。一刻も早く戦争を終えないと」

水野がそんな軽口を叩いた途端、スピーカーがブザー音とともに出撃命令を告げる。

「第1戦闘飛行隊が艦隊の防空戦闘に入った。第二戦闘飛行隊はただちに出撃、制空戦闘を支援して航空優勢を確保せよ。繰り返すただちに第二…」

その放送を聞いた搭乗員控室に詰めていた男たちは、安っぽいパイプ椅子を蹴倒すように立ち上がる。

「各員、乗機に搭乗!遅れたヤツは25ミリでケツを蹴り飛ばしてやるから覚悟しろっ!」

真新しい中尉の階級章も鮮やかな杉本中尉が、もはや定番となった文句で後ろからあおる。

そんなことを言われずとも、森脇少尉は壁にかけられているヘルメットを取ると、高校時代はスプリンターとして鳴らした走力で、自分の乗機であるF-35戦闘機へと駆け寄り、ヘルメットをかぶるとコクピットへ駆け上がる。

操縦席に乗り込んだと同時に|ヘルメットマウントディスプレイ《HMD》が起動し、ヘルメットのバイザー部分に透過表示で機体各部の操縦系統や電気系統などが正常に動作していることを確かめる。

ちなみに、このヘルメットはHMDシステムのため、一つあたり七千万円を超える世界一高価なヘルメットでもある。

「スクランブルのためチェック手順をD1まで省略。機体各部オールグリーン。」

目まぐるしく変わる透過表示を視線で追いながら、各種スイッチをオンにする。

レーダーは正常に作動を開始。25ミリ機関砲は弾薬庫に機関砲弾を満載、空対空ミサイルのAAM―4改が制空任務であるために最大数の四発搭載されている。

すべて問題なし。

整備兵に感謝をこめた敬礼をして見せつつ、スイッチを押して風防を閉じる。

エンジン音や風の音がやみ、一瞬の静寂が訪れる。

ここから先はパイロット一人の世界。

一人で生き、一人で死ぬ。

もちろん現代戦はチームワークであり単機の戦闘などあり得ないが、飛ぶのも墜ちるのも最後には一人だ。

「第二戦闘飛行隊、規定順序で滑走路へ侵入せよ」

ヘルメット内のスピーカーから、管制塔からの通達が告げられる。

背後に続く僚機へハンドサインを送る。

さあ、ここから先は無慈悲な空の世界だ。


空母エンタープライズの空母航空団に所属するジョナサン・ワイリー少尉は、乗機であるドーントレス艦上爆撃機の機上で閃光を見たのは発艦してから数分が過ぎたあたりだった。

上空で編隊を組み終わり、あとは空中進撃を開始するのみといったタイミングだった。

「少尉、閃光と爆炎を確認しました。7時の方向、艦隊が存在する海域です」

そう声をかけてきたのは後方機銃手のマーフィ・ウィルコックス上等兵曹だった。脂っこい料理がなによりの好物で、飛行機乗りとしてはギリギリの体重を揶揄される体型の持ち主だ。しかし、射撃手としての腕は確かで、視力も抜群に良いことに関してはジョナサンも信頼する男だった。

「なんだと?確かか。敵の艦隊と交戦するにしても、レーダーが探知した距離からは遠すぎるはずだが」

「確かに見えました。今、肉眼でも煙が確認出来ています。食堂からくすねてきた、とっておきのワインをかけてもいい。」

「よし、貴様は確か単眼鏡を持ってきていたな。許可するからのぞいてみろ」

「バレてましたか。了解です」

このマーフィという男は観測員でもないのに、地上や空を私物の単眼鏡やカメラを持ち込んで眺めるという趣味を持っていた。アメリカ軍では偵察に特化した飛行機は保有しないから、爆撃機も時には偵察機役を務めることもあるから有益な趣味とは言えなくもない。

敵戦闘機の出没が予測される時でも、無事に母艦に帰ることが出来るお守りと称して、こっそり持ち込んでいる。

「貴様の奇矯な趣味もたまには役に立つという訳だ。まだ敵の戦闘機と遭遇する距離でもないが、空中見張りは任せろ」

マーフィはパイロットスーツのポケットから革製の袋を取り出し、その中から銀色に輝く胴体の単眼鏡を取り出す。倍率はさほど高くないが、コンパクトなのがマーフィのお気に入りだった。

単眼鏡でその光景を見つけるのに、さほどの時間はかからなかった。洋上に漂う爆炎と黒煙は瞬く間に数を増していったからだ。

「畜生、戦艦がやられてます。多分、空母も。細かい艦影までは見えませんが、どの艦も大破させられているようです」

「バカな。敵艦隊とは数十マイルは離れているんだぞ。戦艦の主砲も、航空魚雷も届く距離じゃない。ジャップが東洋の魔術でも使ってるというのか」

「少尉殿、すべては現実です。そもそも、連中がハワイを安々と奇襲して見せたときも、我々は似たような反応を示したはずですよ」

マーフィの言葉にジョナサンは複雑な表情で黙り込む。

奇襲されたハワイに入港した時の信じられない気持ちが蘇ってきたからだった。

確かにあの時は東洋の小癪な小国が、これほどまでの攻撃力を示すとは信じられなかった。

これからは航空機の時代だと信じてはいた。しかし、敵国の母港へ空襲を敢行し、あの浅い海で航空魚雷を放って戦艦を沈めるという大胆不敵な作戦をやってのける国があるとは、あの日まで信じられなかった。

「確かにその通りだ、マーフィ。あの時、この世界の東の片隅には我々には思いもよらない連中がいるということを思い知ったな」

「それで、どうしますか少尉殿」

「どうもこうもない。我らが空母航空団の指揮官殿は命令の変更を伝えていない。とすれば第二爆撃隊もそのまま敵艦隊へ向かうだけだ。」

「了解。再び後方見張りに戻ります。ケツはおまかせください」

マーフィーは再び単眼鏡を|聖画像《イコン》でも扱うかのように大事そうにしまうと、後上方を守る7.62ミリ連装機銃の銃把を握る。

それから十数分は沈黙が続いた。

爆撃機という機種に乗る者として何が一番嫌かと言えば、ジョナサンは発艦してから敵艦に爆弾をお見舞いするまでの時間だろう。戦闘機に追われでもすれば、1200ポンド爆弾を抱えた鈍重な爆撃機などひとたまりもない。|ドーントレス《恐れ知らず》はその名前に恥じない優秀な運動性能を誇るが、それでも戦闘機は鬼門だった。

F4F戦闘機の編隊が展開して護衛に当たっているのは頼もしかったが、日本軍の戦闘機、ゼロファイターの性能は侮れない。

緊張と味方の損害を倍返ししてやるという復讐心、そしていくばくかの功名心が混ざった感情を呑み込みながら、ジョナサンは油断なく空中を目視で見張っていた。

噂では航空機に載せられるサイズの対空見張りレーダーが開発されているそうだが、今この場においては目視がただ一つの探知手段だった。

不意に前方のF4F戦闘機が機銃を発射しているのが見えた。周囲に敵戦闘機の姿を探すが、見当たらない。

「マーフィ、敵戦闘機は見えるか」

「いえ、少なくともこちら側にはいません」

―なんだ、何が起きている。

ジョナサンは敵影を探しながら、どこまでも青い海と筋状の雲の間に潜むはずの敵機を、眼球を激しく動かして探す。

何かがきらめいたと思った瞬間、F4Fの編隊の中で爆発が連続して発生する。

いくつものエンジンカウルやプロペラ、主翼が吹き飛び、風防ガラスが砕け散った破片が陽光を反射してきらめく。その光景はどこか非現実的で、ジョナサンはどこかその光景を美しいものとして認識している自分に恐怖した。

「敵の戦闘機はどこだ!どこから狙われている」

ジョナサンの心臓は血流量の増大に悲鳴をあげていた。

胃が締め上げられるような感覚を覚えながら、無線通信機のスイッチを入れる。

空母航空団の空中指揮を行う指揮官へと通じる周波数へとチャンネルを合わせ、同時に怒鳴り立てるようにマイクへ向かう。

「フェンサー01、こちらシーガル02。敵戦闘機はどこだ」

しかし、それに答えるのは酷いノイズの嵐だけだった。試しに同じ爆撃機隊の僚機へのチャンネルへ合わせるが、こちらもノイズが酷すぎて通信不能なのは変わらない。

「クソッ、また日本軍の|通信妨害《ジャミング》か」

殴りつけたくなる衝動をなんとか堪えながら、ジョナサンは恨めしそうにノイズを発するだけの通信機を眺めた。

―どうしてこんなことに…いつからこの戦争はこんな奇妙な戦争になったんだ。

「通信が回復する見込みはないだろうな。仕方ない、ハンドサインで通信するしかないな。マーフィ、両隣の機にハンドサインで『爆弾を投棄し、散開して退避せよ』と伝えてくれ」

マーフィは短く了解、と答えると機銃から手を放して、両隣の機へ命令を伝える。

隣の機が翼を|振って《バンク》了解の意を伝えてくる。

そして、各機が散開して退避をはじめたその瞬間にマーフィが、その視力を発揮して何かを見つけた。

「少尉殿、悪いニュースです。敵戦闘機が5時の方向、仰角40度付近から接近中。しかも恐ろしく早い…見たことのないタイプの戦闘機です。」

マーフィに言われて、慌てて首を後方に傾ける。

そこには数機の敵戦闘機らしき機影が、見えていた。

見る見るうちにゴマ粒程度だったものがフットボールの大きさまで拡大し、さらに細部が確認出来るようになっていく。

見たことのない、鋭角的な機影にはプロペラやレシプロエンジンらしきものが見当たらなかった。

ジョナサンが見たことのある日本軍の|零式艦上戦闘機《ゼロファイタ》ーやオスカーとの共通点は、三角形の主翼に小さめな国籍標識、|日の丸《ミートボール》が描かれていることくらいだろう。

尖った機首の左右には空気取り入れ口らしい大きな開口部があり、機体後部に二つある吹き出し口からは青白い炎が見える。

「魔女の大釜、という奴だな。ろくでもないことになってきた」

舌がカラカラに乾いているのを自覚しながら、ジョナサンは爆弾投下レバーを押し込む。重たい1200ポンド爆弾が空中へ放り投げられ、反動で機体が浮き上がる。

身軽にはなったが、目の前の魔女の箒は依然として接近を続けている

もう間もなく、鈍重な爆撃機の群れを機銃で掃討出来る距離に入るだろう。

「さっきの妙な魔法は、使用回数が限られているのかも。仕留め損ねた残りを機銃で片付けようという腹なのかも」

「マーフィ、貴様の観察眼には恐れ入る。だが、貴様はここまでだ。落下傘で脱出しろ。遁走するためには少しでも重量を減らしたいんでな。」

「少尉、何故ですか。俺だけパーティーから仲間はずれにするつもりですか」

「ああ、上等兵曹。貴様のお願いは聞けないね。太っちょマーフィ、残念ながらこのパーティーには厳しい体重制限とドレスコードがあるんだ。貴様は門前払いさ」

「…少尉」

マーフィの童顔は今にも泣きだしそうだった。

「そんな顔をするな。正直な感想を言えばこいつはすでに戦争じゃない。人間同士の戦いならともかく、機械と戦うようなものだ。だから脱出しろ。脱出して、このくそったれな戦いのことを上の連中に報告し、ろくでもない現実を理解させろ。これは俺からの命令だ。俺にはこの機体を持ち帰る義務がある」

短く敬礼するとマーフィは落下傘ベルトの身体への固定を確認し、機銃手席へ身体を固定しているベルトを外す。元々機銃手席は風防に覆われていないために、風防をのける手間はない。

「少尉殿、それではお先に。グアムで会いましょう」

マーフィはそう言って敬礼のまま空中へ身を躍らせる。

落下傘の開傘を確認することもなく、ジョナサンは無線のスイッチを入れる。

「シーガル02より各機へ。各個に散開して、接近中の敵戦闘機の追撃を振り切り、少しでも南へ逃げろ。燃料は持たないだろうが、うまくすればグアム基地の哨戒機に拾ってもらえるだろう」

―とは言ったものの。誰か一人でも逃げきれたら奇跡だな。

ジョナサンがマーフィを落下傘で脱出させたのは、安っぽいヒューマニズムからではない。敵戦闘機の目標を分散させて時間を稼ぐことも意図していた。とはいっても、効果の程は怪しいが。

既に同じエンタープライズ所属の戦闘機隊は壊滅。

直接確認できた訳ではないが、他の空母所属の飛行隊も似たようなことになっている可能性は高いとジョナサンは推測していた。

ジョナサンはそれまでの水平飛行から、操縦桿を倒して機体をマーフィの反対側へ傾ける。

「どんな機体だろうと、操るのは同じ人間。ならば、少しは逃げられる目もあるだろうさ」

自分自身に言い聞かせるように、最大速度まで増速しながら、不規則なジグザグ飛行で遁走を開始する。

視界の隅で、怪鳥じみた敵戦闘機が予測よりもはるかに遠い距離で射撃を開始する。

運の悪い同じドーントレスが喰われたらしく、爆発の閃光が弾けた。

大人になってからはろくに教会にも行かず、従軍牧師を煙たがっていたことを棚上げにしつつ、ジョナサンは神に祈った。

―どうか、腕の二本や三本を失う程度で済みますように。そして、どうせ飛ぶのなら戦争のない空をただ高く遠くへ速く飛ぶことだけ考えて飛ぶことが出来ますように。

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