二度目の大東亜戦争

―平成32年の開戦―
高宮零司
高宮零司

第150話 憲兵の蹉跌

公開日時: 2021年1月16日(土) 12:00
更新日時: 2021年1月21日(木) 13:02
文字数:1,665

第150話


深夜の米軍住宅。

米軍将兵たちを監視する任務についているのは、国防空軍憲兵隊の監視要員だった。

「カラスに動きなし、か。まあ戦争も終わるからな。この任務も無事に終わることになりそうだな」

くたびれたトレンチコートを着ている男は、昼食のハンバーガーの袋をくしゃくしゃにすると後部座席へ放り投げる。

「あー三上さん、掃除するのオレなんですから。勘弁してくださいよ」

「うるせぇ。知るか。榊、お前オレに意見するのか」

「パワハラで訴えますよ」

そんないつも通りのやりとりをする二人に油断がなかったと言えば嘘になるだろう。

彼らは所属組織が「航空自衛隊」だったころ、「警務官」という名称で呼ばれていた。

自衛隊が国防軍という軍隊組織に改変され、旧軍時代の名称「憲兵隊」へと変更されたが、職務がそう変わる訳ではない。

主な任務は軍人の犯罪捜査だった。軍人といえど人間であるため、官給品の横流しなど犯罪に手を染める人間も皆無ではない。

そうした犯罪に対して捜査し、取り締まることが主な任務だった。

その点でいえば、彼らが今担当しているのはイレギュラーな仕事だった。

在日米軍将兵の監視任務、それに彼らはこの二年の間従事してきた。

武装解除された彼らは米軍将兵住宅と、その付帯施設に行動を制限されている。

「不憫だとは思うが、まあ余計なことをしてもらう訳にもいかないからな」

自分だったら、二年も耐えられないなと三上は思う。

ソロキャンプが趣味の三上にとって、行動範囲を制限される苦痛は耐えられないものだろう。

仕事をする必要がなく、生活費が支給され暮らすのに不自由はないとはいっても、そんな生活は願い下げだ。

「しっかし、このボロいバモスなんとかならないんすかねぇ。シートもボロボロだし」

カップラーメンをすすりながら、榊が文句を言う。

名称が憲兵隊に変わってからこの職場に入ってきた若者だ。文句ばかり言うのが玉に瑕だが、仕事の態度は真面目だった。

「官給品に文句を言うな。それに、貴様よりもこのバモス様の方が大先輩なんだからな」

ぞんざいに言い返しながら、三上は野鳥を見る際に用いるような双眼鏡で米軍住宅の監視を続けていた。

バモスが路上駐車しているのは米軍住宅の入り口にほど近い公園の前だった。

クルマを止めても通行の邪魔にならないだけの広さの道路があり、公園の樹木が上を遮っているため向こうからは見えにくい位置だが監視はしやすいというポイントだった。

もちろん一カ所に止めっぱなしでは不審に思われるため、監視ポイントはいくつかローテーションさせている。

「へいへい。明日で降伏文書調印式も終わって、この任務も終わりますかねぇ」

「さあな。その辺は上が考える事だ。だが、戦争が終わっても彼らの立場は変わらないと思うがね。なにしろ、歩く『未来技術』だからな。欲しい国はアメリカだけじゃない」

「いっそのこと、日本人になってくれれば解決しませんかねぇ」

榊の適当な物言いに苦笑する。

「そんな簡単に片付いたら苦労は…」

その時、コンコンと運転席のドアガラスを叩かれたのに気づいた三上は、つい反射的にパワーウィンドウのボタンを押し下げる。

次の瞬間、スプレー缶のような物体から、無色透明だがどこか甘ったるい匂いが吹き付けられる。

「しまっ…」

三上は憲兵らしからぬ油断をしていた自分を責めたが、既に意識が酩酊に似た状況になりつつあった。

拳銃に手を伸ばさなければと思うが、自分の腕ではないように思えるほどゆっくりとしか動かせない。

隣の榊に視線をやるが、彼は既に意識が混濁しかけているらしい。何のためのバックアップだよと叫びたくなる。

一番腹立たしいのはプロとしての心構えができていない自分だったが。

顔をサングラスとマスクで隠した男が、こちらへ拳銃のようなものを向ける。

確か電気銃-テイザーガンとかいう、高圧電流を流す物騒なしろもののはずだ。

半分ほど開いたガラス窓からは撃ちにくいのではとも思ったが、ほとんどゼロ距離に等しいから問題ないのか。

自分が電流で意識を失うまで、三上はそんなことをぼんやりと考えていた。


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