ルルイエが近づくにつれ空気が変わった。重苦しく生臭い海臭さと腐乱した肉のような腐敗した臭い。それに潮の香りも混ざっている。まるで地獄の釜が開いたような有様だ。「いよいよ、ご対面かな」「だろうな。行くぞ、ヴィノグラート」
「了解だ」
一行はドラゴンの巣を急襲し、ルルティエ・ド・ゲヌビの首魁を叩こうとしていた。
巣に踏み込むと同時に視界は闇に包まれた。何も見えない完全な暗黒。ただ息遣いと金属音、足音の響く洞窟の深淵だ。松明に灯した光さえ吸い込まれる漆黒の空間は異次元の入口か何かのように見える「どうする。アルバート」「決まってるだろ」
「進むしかないよな」と剣を握り直す「ああ、そのとおりだ」
闇の中に一筋の閃光が走る。
続いて鼓膜を引き裂く高周波が響いた「うわあ!」耳をつんざく音がアルバートの平衡感覚を奪い去る「落ち着け。敵だ」
「わかってるよ」と言いながら目と耳に意識を向ける。しかし、「クソッ、駄目だ」目が霞み音が聞こえない「毒霧を使われたのか」と歯噛みする「えーっと、何がいるんだ?」
「おそらくドラゴンだ」
そして再び閃光が走り、アルバートの頭上で破裂音が轟いた「危ねえなあ」思わず舌打ちする「下がってくれ、私が倒す」というが早いか、次の攻撃が来る「またかよ」アルバートは飛びずさってかわすと、反撃に転じる アルバートの斬撃を受けた相手が苦痛の雄叫びを上げる。ドラゴン特有の金切り声で耳がおかしくなる。ドラゴンは身をひるがえし逃げようとしたが「逃がしゃしない」アルバートの追撃を受けて、致命傷を受ける。そして力尽き倒れこんだところを切り刻まれた「これで全部か」
「ふう、なんとか勝てたか」
アルバートは額の汗を拭った 。そして「いや、違う」慌てて振り向いて、後ろで見ていた仲間を呼んだ。
「大丈夫ですか!」「今助けます!」「待って、まだ息がある」三人は傷だらけの戦士に駆け寄った。
彼は最後の一撃が命中する瞬間、アルバートを蹴り飛ばし、身代わりになって攻撃を受けていたのだ。そして今も必死に声を絞り出そうとしていた「うぅ・・う・あ、アルバート」
「無理に喋らないで下さい」
彼の体は見るからに重症だった。肩口に深い切創が走っているし、腹には大きな刺傷がある。
さらに背中と脇に火傷を負っている「ポーションならあります。使ってください」
「ううっ・・・すまん」
回復薬を飲んでからしばらくして、彼は少しだけ口を開いた「どうしてここに? はは、私も老けたものだ。すっかり錆び付いてしまってる」
「何言ってんだバーグマン。冗談言うのもいい加減にしろよ」
しかし、いつもと違って反応がない。顔色がどんどん悪くなっていく アルバートは嫌な予感に襲われた。まさかと思った。だが考えれば考えるほど不安は的中しているように思えた「どうしたんだよ? 具合悪いのか」と額に手を伸ばした すると彼は弱々しく笑った そしてそのまま動かなくなった「・・・嘘だろ? そんな馬鹿な」
「残念だけど、どうやら手遅れみたいね」
そう呟いて彼は懐から一本のガラス瓶を取り出した。中身はよく分からない緑色の液体が入っている。彼はそれを一気に飲み干した「うう・・・まずい」彼は咳込みながらも立ち上がった。そして、もう一度アルバートの手を取る「もう心配はない」
彼は静かに微笑んだ そして、その笑顔を見たまま、アルバートの世界から一切の色が失われた **「ちょっといいかしら? どう思う」「そうだなあ。あの男は死んで当然のクズだ」男の一人、スキンヘッドで髭面の男が吐き捨てるように言った「まあまあ、あなた達の意見ももっともですけど。でも、これからどうします? あんな死に損ない放っておいて殺しません?」女の一人が、物騒な提案をした。
そして彼女は小ぶりなナイフを指先でクルリクルりと弄んでいる「どうでも良いよ。どうせ死んだし。なにかあるのかい?」もうひとりの男はやや冷淡に告げた。彼は短髪に黒縁眼鏡で、一見して優等生といった風貌をしている「それならさあ。あたしにいいアイデアがあるんだけど、乗ってみなぁ~い?」赤毛の女は甘ったるい猫撫で声で話しかける「ふうん」「ほう」二人が興味を持ったようだ「あいつ、どう見ても童貞よね? つまり、未経験者だわ」二人の男の目つきが変わった。彼らは揃って下卑た笑いを浮かべる。
「だからなんだっていうんだい」男は不機嫌な口調で応じる「男って処女に弱いじゃない。そこで相談なんだけど、あそこに居る坊やはどうなのかしら」女の視線を追うとアルバートの姿があった「なるほどな。それは一理ある」二人は納得したような態度を取った「だしょ。それにさ、もし上手くいったら。報酬に二百万クレジット出すって言われたんだけぇどぉ」
女の瞳は金貨の様に爛々と光っている
「おい。おまえら、こんな時にふざけてる場合か!」アルバートは思わず怒鳴りつけた「まあ落ち着けよアルバート。俺達は仕事に真剣に取り組むべきだぜ」
男はアルバートの腕を掴むと、そのまま路地裏へと引きずり込んだ「ちょ、やめろよ! 俺は関係ない」
抵抗むなしく男の仲間に引き込まれた「ほーら、やっぱり、ここだ。この膨らみだ。間違いねえ!」
男が乱暴にスカートを捲ると同時に、アルバートは下着ごと股間を握り潰される激痛に悲鳴をあげた「ギャアァァ!」あまりの苦痛に涙が溢れる「ははは。なにビビッてんだ。まだ何もやってねえだろ」もう一人の仲間が笑う「い、命だけは・・・」
その時、男の後頭部に鈍器のような硬い物が激突した「ぐえっ!?」男が崩れ落ちると同時に何かの影が視界に入った。「こっちだ!」アルバートは慌てて建物の陰に飛び込むと走り出した。背後で争う声が聞こえたが、なんとか振り切った「危なかったなアルバート」そこには見慣れぬ格好をした見知らぬ女性が居た。
女性は丈の長いコートを羽織っていた。袖は無く肩が出ている。さらに胸元が大きく開きヘソが見えていた。また、下半身も露出気味で、足元は編み上げ靴を履いている「あ、ありがとう。助けてくれて」息を整えながら感謝を述べる。女性からは微かに花の香りがした「礼には及ばない。しかし、ここはドラゴンの勢力圏だ。一人で行動するのは危険だ」
彼女は、そう言って歩き始める。アルバートもすぐに後を追った「バーグマンを見なかったか? 彼はドラゴンと戦うと言っていた」アルバートは先を行く彼女に問いかける「私達が駆けつけた時、既にドラゴンは立ち去ったあとだった。残念だが間に合わなかったのかもしれない」「そんな!」絶望に心が折れそうになる。しかし、ここで諦めるわけにはいかない「・・・私はカルバート・ライル・ドイルと言う。カルバートと呼んでくれ」「カルバートか。私はアルバート・フレイ・ロックウェルだ」
彼女は振り返ると、手を差し伸べてきた。どうも欧米人の行動はよくわからないが、握手は文化の基本だと本で読んだ事がある。彼女の手を握る「カルバート、あなたは何故ここに? まさかとは思うが、この先の魔龍の巣に行くつもりじゃ無いだろうな? 奴らは危険な相手だ。今の君では殺されるのがオチだぞ」
アルバートは首を横に振った「実は、彼と行動を共にしていたんだが・・・彼を探すためだ。カルバートはドラゴンを倒すって出て行ったっきり戻って来ない。きっとドラゴンに襲われたんだ。探し出さなきゃいけないんだ。だから頼む。邪魔しないでくれないか」アルバートは頭を地面にすりつけて頼みこんだ。
「アルバート・・・わかった。一緒に行こう。私達の目的は同じのはずだ。共に戦おうじゃないか」カルバートは優しく語りかける「カルバート。すまない助かるよ。恩に着る」アルバートの頬を一筋の滴が流れた「カルバート。君は良い人だな」
カルバートは照れくさそうに鼻の下を擦った
「へへん。見直したか?」その仕草が可笑しくなって二人とも吹き出す「さあ、出発しようぜ! こうしている時間さえ勿体ない」
そして二人は歩き始めた カルバートが先行し、アルバートが後ろからついていくというフォーメーションになった。
「奴らに見つかってる気配はないようだが、念のため慎重にいこう」アルバートは黙ってカルバートについて歩く「カルバートはいつも独りなのか? パーティを組んだ方が安全だし効率もいいと思うんだが」アルバートの問いに、彼女は少し考えるとこう答えた「今はね。以前はもっと大勢の冒険者とパーティーを組んでいた」
「どうして今は独りなんだ? 他のメンバーは何処に居るんだ」
「死んだよ」カルバートの足取りが重く沈んだ。
「そうか、それはすまないことを聞いた」それ以上深く追求するのは止めにした「まあ、昔の事だ。それにソロでやるにも理由がある」
「理由って?」
「私のスタイルに合わなかっただけだ。他人に強制するつもりはない」
「ふうん。俺には理解できないが」
そして目的地に到着した 巨大な洞窟の入り口が月明かりに浮かび上がる。入り口は狭いが中は横に広く奥は闇に包まれている。
アルバートは腰を落とし剣に手をかけた「待ってくれ」カルバートの制止が入る。
彼女が左手を突き出してストップのジェスチャーを示した「どうやらドラゴン達は引き上げたみたいだ。静まり返っている。今なら中に忍び込めるはずだ」
カルバートは入口の手前にある大きな岩の上を飛び跳ねるようにして登っていく。
続いてアルバートがカルバートの真似をして岩を登り始めた。「おいおい。こんなところでつまずくのかよ」情けない声が響く「大丈夫。この程度の段差は平気だ」と、自分に言い聞かせる。「カルバート。ちょっといいか」
下から呼びかけられた「ん?なにかな」返事をしながら飛び降りる「こっちに来て欲しいんだ」カルバートは、何やら怪しげな雰囲気を察して、警戒しながらゆっくりと近づいていく「・・・これを見て欲しい」
カルバートの目の色が一変する!「そっ! そんな!・・・これは・・・これは間違いない! アルバート・フレイ・ロックウェルの魂に違いない!」
カルバートが魂を手に取ると輝きが増していく「やはりそうか。私達の宿敵である魔王の手に渡ったんだな」「魔王? それがあいつの名前か?」「ああ、そうだ。奴の事をすっかり失念していた。私が迂闊だったよ」
アルバートが怒りを露わにして叫ぶ「許せん。奴だけは! 奴だけは生かしておけん!」
その時、背後の暗闇から物音が響いた!「しぃ!静かに」息を潜めてやり過ごす「ふう。なんとか誤魔化せたようだな」
「奴も気付いてないだろうな」カルバートとアルバートは互いに見つめ合うと思わず噴き出した「とにかく奴から逃げ延びよう。奴は必ずこの世界で生き続けるだろう。奴の存在はこの世界の秩序を乱し、混沌を呼び起こす。私はそれを許さない。奴を殺すことが私の使命なのだから」そしてカルバートは、手に取った魂の残骸を握り締めて天を見上げた「絶対に殺す!」
カルバートが呟く「魔王はどこに居るんだ? 手探りでは見つけられない」アルバートは腕組みするとしばらく考え込んだ。
それから顔を上げてカルバートを見る「奴を見つける方法はあるぞ」自信に満ちた目つきに不敵な笑みを浮かべている「ほう。本当か? どうやってだ」アルバートが尋ねる
「簡単な事だ。奴に殺された者達に話を聞いて回ればいい」カルバートの目が血走った「確かに奴は死人を操っていた。アルバート、お前を洗脳したようにだ」そして二人は意気投合した
「アルバート。これからどうする? 私は君を全面的に信頼しているが、まずはこの世界の住人に聞き込みをするのが妥当だと思う」アルバートの脳裏にいくつかの記憶が浮かんでくる。「まずは、酒場に行って情報収集をするんだ」そして、二人は連れ立って歩き始める「わかった。その案を採用する」そして酒場に到着、「よし、入ろう」そしてアルバートの視界に飛び込んできたのは・・・カルバートの裸踊りだった
『え?!』
アルバートの表情が強張る
読み終わったら、ポイントを付けましょう!