ワイバーン・ホライズンズが上空高く舞い上がった アルバートは拳を強く握り締め、自分の愚かさに舌打ちをした。カルバートが世界を支配しょうとしている。そんなはずがないじゃないか、奴の狂気はとっくにピークを通り越して破綻している、ワイバーンだって何かの手違いで現れただけだ、カルバートが作ったわけじゃない。そもそも奴がゲームなんてものに関わっているかどうかさえ疑わしい カルバートがワイバーンの背に乗って空を飛んだ。まるで子供のように興奮して手を叩いている アルバートの思考は堂々巡りをしていた。カルバートに対する疑念を振り払おうとすればするほど、奴の言葉は真に迫ってくる。しかし、アルバートは信じると決めていた、カルバートの妄想だと言ってくれる仲間がいる。自分は信じてくれる人間に誠実でなければならない、そう思い定め、アルバートはカルバートの後を追った。
空の王者ワイバーンが地上を蹂躙する 全長8メートルはあろうかと言うドラゴンを人間が倒すことができるだろうか? アルバートはワイバーンに接近する事をためらった。カルバートに近づいてどうしようというんだ? あいつを信用する理由などどこにもないのに、奴は自分の作ったゲーム世界に閉じこもっているだけではないか?「何をぐずぐずしてるの!早く乗って」後ろから声を掛けられた カルバートだと思った。振り返るとバーグマンだった。
彼は無言でワイバーンを指差した「ワイバーンの口の中へ」アルバートは一瞬、バーグマンの言っている事がわからなかった。ドラゴンの体内に入り込め、という意味だろう。正気の沙汰とは思えない。
「どうなっても知らないぞ」
ワイバーンが降下した、風圧で砂塵が吹き荒れる ワイバーンが大地を踏みしめ、牙を鳴らして大空を旋回した ワイバーン・ホライズンズの背中でバーグマンは平然と腕組みをして、カルバートは興奮の極致に達しているようだ そして……。
『ようこそ。私達の仮想空間ヘ』
脳内に直接響く女性のアナウンス音声が聞こえてきた
『ワイバーン・ホライズンズは貴方を敵と見なしています、攻撃を開始しますか?』
YES/NOの表示が現れた アルバートはこの質問の意図するところを考えた ワイバーン・ホライズンズにダメージを与えたところで何の利益もない。逆にワイバーンの攻撃を受ければ一撃でやられてしまうかもしれない アルバートの視界が赤く染まった。カルバートだ、奴の意識に同調されたらしい。カルバートの声が耳の中で響いた「ワイバーンに喰われる快感をお前にも味合わせてやるぜ!」ワイバーン・ホライズンズはアルバート目掛けて急降下を始めた! アルバートの頭上をワイバーンが掠めた その刹那、アルバートは思った「こんな事してる場合か?」「カルバートが本当にこのゲームを作ったなら、もっと他にやることがあるんじゃないか」「俺は今やっていることに真剣に取り組もうとしてるじゃないか!」
ワイバーンの口腔が目の前に迫り、アルバートはワイバーン・ホライズンズに体ごと噛みつかれた。ワイバーンの歯がアルバートの腕や肩に食い込む。血が流れ出るのを感じる。アルバートの視界は真っ赤に染まっていた。「ワイバーン・ホライズンズは俺を食らってさらに成長する!」ワイバーンの体が巨大化していく。「どうだ、すげえだろ」アルバートの脳は沸騰寸前になっていた。
アルバートの中にカルバートがいた。ワイバーンに噛まれたままの状態で、彼はワイバーンの体を駆け登った。
そして、ワイバーンの首筋の肉を引き裂いて首から飛び出した アルバートはワイバーンから降り立った。
彼の背後で、ワイバーンの巨大な頭部が爆散した。
アルバートが勝利の雄叫びを上げた。
ワイバーンは光の粒子となって消滅していった「これで終わりなのか? まだ終わってねえよ」
その時。
雲を突き破る巨大な影が見えた
「ワイバーン・ホライズンズ!」
ワイバーン・ホライズンズの眼が光った。
「アルバート。逃げるんだ」
バーグマンがアルバートを庇ってワイバーン・ホライズンズの前に立ち塞がる
「馬鹿野郎、逃げられるかよ」アルバートがワイバーンの背に飛び移ろうとするが、ワイバーンが暴れるせいでうまくいかない そして、ワイバーンが二人に狙いを定めた時、突如、上空から現れた何かがワイバーン・ホライズンズの片翼を破壊した ワイバーン・ホライズンズがバランスを失って墜落する アルバートとバーグマンは必死で身をかわした
「あれは!」
「竜騎衆!」
そう、ドラゴンに騎乗するドラゴンライダーだ 彼らはドラゴンを駆って戦うプレイヤーだ。彼らの中には女性も少なくない。彼女たちが操るドラゴンの群れは壮観の一言だ。ワイバーン・ホライズンズと竜騎兵の戦いが始まった ワイバーンは空の王者だが、ドラゴンは陸の覇者だ 空中戦においてワイバーンは竜騎兵隊に太刀打ちできない。ワイバーンはブレス攻撃で応戦したが、竜騎兵はドラゴンの強固な鱗に守られているのである。ワイバーンの攻撃が通用しないのだ「諦めないの! あなたは私の誇りなんだから、私が絶対、守る!」「そうだ。我は最強を目指す身。貴様一人を道連れにして死ぬわけにはいかん」
アルバートはワイバーンの体によじ登ることに成功した。ワイバーンが苦し気に鳴いている しかしワイバーン・ホライズンズの巨体の所為で乗り越えられない。あと一手が届かない。
そこへ、新たな援軍が現れる「ワイバーン・ホライズンズ!」
竜騎兵隊の司令官だろうか
「私は第三部隊長エルドラド!」
「カルバートを返せ!」
「黙れ、カルバートはすでに死んだ」
「嘘をつくな!」
アルバートはワイバーンから飛び降りる。
カルバートを乗っ取ったカルバートは、自分の作ったワイバーンに負けて死んでしまったのか? カルバートの死は、本当に死なのか? カルバートは、本当に死んだのか? そんな事はどうでもいい。
今は、奴が残したワイバーンと闘うだけだ。奴に勝てるかどうかは分からない。
だが、奴に挑まねばならない理由が俺にはある! カルバートが残したゲームがワイバーン・ホライズンズを起動させる。そして、そのプログラムが暴走している、だとしたら奴を倒さなければ、俺たちは現実世界に帰れなくなるぞ! そして、俺は現実の世界で目を覚ました。夢から覚めた、と言った方がいいだろう。ここは仮想現実なんかじゃない、現実の世界だ! カルバートは夢を見ているのか? いや、違う、カルバートが意識を失ったのは事実だ。夢遊病ではない、誰かの手によって昏睡状態に追い込まれているに違いない。
しかし、誰が、どうやって、何のために? 奴を目覚めさせるために、この世界の敵を排除しなければならない! 俺は起き上がりベッドのそばに立てかけられたライフルを掴んだ。弾が入っていない事を確認して弾倉を抜き取りスライドストップをかけた 俺はライフルを手に病室を出る。
そして病院を出た後、駐車場に置いてあった車のトランクを開いた。中には大量の弾薬が入っている。俺はそれらを全て装備した
「まず、武器を手に入れよう」
病院前の路上でタクシーを捕まえると目的地を告げる「どこへ行けばいいんだ?」と聞かれたから「奴の研究所がある場所ならどこでも」と答えた。奴に奪われた物を取り戻すんだ 運転手に渡された端末から地図を表示させた。赤い点と青い点が重なっている。
これが、俺のターゲットの位置だ
「どうだい、見つかったかい」と聞く運転手の声は無視した。
今はまだ、奴の所在はわからない だが、見つけ出す。
この手で奴に引導を渡すまでは終わらない。絶対に終わらせるものか。
あいつを殺るのは俺だ 俺だ!!!! そして、俺はカルバートを追い詰めた
「見つけたぜ。覚悟しろよ」
奴の頭上に表示されている名前を見た。アルバートと同じID番号だ。
間違いない。こいつが奴だ。カルバートのアカウントを乗っ取っている奴だ。
カルバートはワイバーン・ホライズンズで急降下してくる そしてアルバートに向かって口を大きく開いた
「アルバート、危ねえ!」「アルバート!」「おっちゃん!」「逃げろ、逃げるんだ!!」
アルバートは迫り来る脅威を前にして動けなかった。ただ立ち尽くしていた。恐怖ではなく。何かを考える暇すらなかった。ただ、突然の事態に対処する事が出来なかっただけなのだ そして、アルバートを噛み砕く瞬間。それは唐突にやってきた。
空から黒い影が落ちてきた ワイバーン・ホライズンズが吹き飛んだ 黒い翼を広げたワイバーンが降り立つ。まるで天使のようだ カルバートがワイバーンを操っていたように。ワイバーンを操る何者かが居ても良い だが。カルバートを乗っ取りカルバートの体を自由に動かせる奴などいないはずだ いや、そう言えば、ひとり。心当たりがあった。アルバートはワイバーン・ホライズンズを操作していた人物を思い出す「おい、おまえは誰だ!?」
「オレは神。名はない」
「ふざけるな! おまえは何者だ!」
アルバートの怒声が闇をつんざかんばかり響き渡った
「我は破壊の権化、神。人よ。貴様らの創ったルールを書き換え、全てを壊す者。そして、全ての生命を破壊する者。我が望みは、ただ一つ。貴様に絶望を贈る事だ。さあ、踊れ、アルバート・フレイザー」
黒いドラゴンの口から禍々しい漆黒の炎が放たれた。アルバートは回避しようと身を捻るが、ドラゴンの放った攻撃の衝撃波によって吹っ飛ばされてしまう そして地面に倒れたアルバートが身を起こした時、そこにあったのは自分の愛車の姿だ
「おいっ!」「おいっ!」「嘘だ!」「アルバート・フレイザー」
身体を激しく打ち付けられた激痛よりも。自分の車が燃えている光景がショックを誘う 炎上する車は火柱を上げて崩れ落ちた そして煙が立ち込める中に佇む人影が見えた気がしたが次の瞬間には何も見えなくなった
「どうする?どうすれば……」「落ち着け!」「おいっ!」
3人は途方に暮れるしかなかったが 突如、黒い竜の首が宙を舞った そして血飛沫が上がると、今度はカルバートを包んでいた光が消えていく その傍らに一人の男が立った。
カルバートと似たような格好をした、カルバートと同じような年齢に見える男 彼はゆっくりと振り返り、カルバートを睨み付けた。
カルバートはその男の視線を受けて後ずさった「何故、俺を狙うんだ?!」
男はカルバートを見つめてこう言った「私はカルバートではない」
そして彼はワイバーンを操縦する。カルバートと同じような仕草だ。しかし、どこかぎこちない動きだ。カルバートのように自由にワイバーンを動かすことは出来ないのかもしれない。それでも男はカルバートと同じように戦って見せた そして最後にアルバートと目が合った。彼は一瞬だけ笑ったように見えた。そしてアルバートも理解した「彼はカルバートではない」しかし、彼の正体はすぐにわかった。彼がアルバートのよく知っている人物だということに 彼はかつてアルフと呼ばれていた。
ゲームの名前は『アルフ』
彼はこのゲームを作った張本人だ。
アルフの本名を知っているのはこの世界に彼しかいない 彼は現実世界には存在しないはずなのに。どうして??? そして、アルバートは目を覚ました そこは見慣れぬ部屋の天井だ。ここは一体どこなのか?自分はどうなったのか?記憶は混沌としている アルバートが横になっているベッドの横には女性が椅子に座って寝ていた 彼女は目を閉じたままアルバートに語りかける
「気分はどう?大丈夫?」
「あんたが助けてくれたのかい?あれ?ここはどこなんだ?
「私の家だよ」
女性に促されて体を起こそうとしたが全身が痺れて力が入らない「駄目。そのまま寝てて」
再び横になったアルバートはぼんやりとマーサの美しい顔を眺める。顔の作り、目の形、鼻の高さ、口の形。そして耳。全てが完璧に整った完璧な美人だ この世のものと思えない。まさに美の女神が人の形を借りて具現化したような美女。そんな女神の膝の上にいるアルバート アルバートは照れ隠しからか、つい軽口を叩いた
「いいね。こういうシチュエーション。まるで映画みたいだ」
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