「また、外を目指さなければな」
地下防空壕内から抜けようと、次の区画を目指す、ナタン。
ガタガタッと、そんな彼の耳に、不穏な物音が聞こえてきた。
『…………またレジスタンス員の生き残りか? すぐ近くからだな? この距離で不意を突かれたら不味い…………かと言って倒す訳には? …………』
ナタンが音が聞こえた右側の部屋を睨むと、そこから、ガサガサと言う妙な物音がした。
自身を狙った罠か、それとも誰かが隠れて居るやも知れない。
そう考えた、ナタンは直ぐに部屋へと近寄ると、MASー1935の銃口を向けた。
照準に目を合わせた、彼が目にしたは、三名の死体だった。
床に倒れた、無数の風穴が開いて、血だまりに頃がっている死体。
コンクリート壁に凭れかかるように、座るような体勢で死んだ、爆傷を負った死体。
体中、鋭利な刃物により、切り傷が刻まれた、かなり痛ましい死体。
他には、部屋の右片隅にドラム缶が、二つ置いてあるだけだ。
「チュッ! チュチュッ!」
「は? ネズミ達だったのかよ、脅かすなっての」
いきなり聞こえた、鳴き声に、ナタンは驚いてしまったが。
だが、直ぐに声の主が、そこら中を走り回るネズミだったと分かると安堵した。
そうして、彼は銃口を下げて部屋から出ようとする。
「あっ! ひっ!」
「ダメッ!」
ナタンは、後ろで聞こえた物音に反応して、一気に振り替える。
その奥に見えた者は、凭れていた死体を隠れ蓑にしていた、少女だった。
さらに、ドラム缶の陰から飛び出してきた、少年であった。
「あ、あう、ん?」
「妹には手を出さないでっ!!」
『…………容姿が似ている? この子たちは双子か? …………』
薄茶髪の兄と、同じ髪色をした、ロングヘアを揺らす妹。
茶色い瞳の双子は、ナタンを前に体を振るわせる。
そして、兄は妹を庇うようにして、彼の前に立ちはだかる。
「動くな? チッ! 来たか…………絶対に喋るなよ」
ナタンは、二人を落ち着かせようとしたが、彼は遠くから何かが来るのを感じた。
それは彼を含めた、三人に近づく、無数の軍靴《ぐんか》が立てる足音が響いてきたからだ。
「こっちから、ネズミどもが走って来たが?」
「だからって、誰か居るわけ無いだろが」
野戦帽を被った、グールとバクテリエラー・ゾルダート達が調査しにきた。
この二人組が喋りながら、ナタン達が隠れている部屋に近づいてくる。
「むぐっ! ング、むぐ」
「ふぐぅ~~」
「静かにしろ、俺はレジスタンスの一員だ」
暴れようとする、少年と少女を即座に捕まえた、ナタンは、急ぎドラム缶の陰に隠れた。
身を潜ませた、彼は二人の口を塞いで抱き寄せる。
そうこうしている内に、帝国軍兵士たちは通り過ぎて行った。
「ふぅーーもう大じょっ!? また来たな?」
ナタンの耳に、何か重たい物を引き摺るような物音が届いた。
それは、段々と近づいて来ており、彼は再び身を潜めて耳を済ませた。
「あ、ああーー匂う、匂うぜ?」
『…………しまったっ! コイツはっ! …………』
部屋の手前で、立ち止まった何者かが呟く声を聞いた、ナタンは焦る。
「よっと、やっぱり居やがったか」
「…………見つけられたか」
ドラム缶を蹴り倒して現れた者は、さっき、すれ違ったばかりの黒髪ワーウルフだった。
見つかってしまった、ナタンは二人を置いて立ち上がった。
「テロリストを捕まえたんだな?」
「あ? ああ、そうだ」
『…………まだ味方だと思っているのか? これはチャンスだっ! …………』
まだ、ワーウルフは目の前に居る、ナタンの正体には気がついていない。
今なら、コイツを倒すべく隙を突いて、攻撃が出きると、彼は思った。
「おいっ! 今の音はなんだっ!!」
「こっちから聞こえたわよっ!」
『…………チッ! 一人だけなら何とか出来たが? これだけの数を相手にするのは…………済まんっ! 二人ともっ! 君達を助けてはやれん…………』
しかし、ナタンの耳に、廊下・左右両側から帝国兵たちが、慌てて走ってくる声と音が轟いた。
それと同時に、連中が段々と走って近づいてくるのが足音で分かる。
流石の彼も、囲まれては多勢に無勢だ。
ここは、残念だが、二人の身柄を大人しく手渡してしまう他ないと、彼も考えた。
「済まない、コイツ等を捕まえるのに手間取ってな」
ナタンは、捕まえたと言って、二人をワーウルフ達に差し出す。
この状況では、彼と彼女たちを救う手だては無いからだ。
『…………ぐぅっ! 本当に済まない…………』
「やあ~~」
「離せ、離ぁせっ!」
ナタンは、仕方なしに、二人を生け贄にして、この場を誤魔化す他なかった。
「黙ってないと、私のカーマ・ダガーが首を搔っ斬る事になるよ?」
ニタァ~~と嗤う女性帝国兵を、ナタンは見覚えがある彼女を見て、さっきの奴だと思う。
「ひっぐ?」
「止めろっ! 妹に手を出すなっ!」
「あん? あんたも斬るよってか、また会ったわね?」
「ああ、そうだな」
ワーウルフの方へと、ナタンから突き放された兄妹たちだが。
二人は、帝国兵達に拘束されてしまい、後ろ手に手錠を嵌められた。
それで、泣きそうになる妹と、抵抗するのを諦めず体を揺らして、暴れまくる兄。
うるさく騒ぎ立てる彼の顎には、両刃ダガーの切っ先が、下から突き当てられる。
彼に、面白そうだと言った表情を向ける帝国軍女性兵はイラクリだ。
ナタンは、再び出会った彼女に平静を装い、目を向ける。
「はぁん? 大したものね~~? 捕虜を、それも子供を捕まえる何てさーー? んじゃ、コイツ等も上に連れてくから一緒に行きましょ」
「ぐっ?」
イラクリは、右手で少年の頭を押さえながら、ナタンを地上へと誘う。
「あんたは黙ってな? って、さっき言ったわよね…………今度、あと一回でも喋ったら私の短剣《カーマ》で本当に首を搔き斬るん?」
「黙れ、面倒だっ!」
「う…………?」
イラクリが、男の子に対して、再びダガーを使って、脅しをかけた。
だが、その幼く細い首筋に、右から黒髪ワーウルフが、注射器を打ち込む。
「お兄ちっ!? うぐっ!」
「お前も眠れ」
騒ごうとする少女にも、即座に黒髪ワーウルフは首筋に注射器を打ち込む。
「いや~~? せっかく、ギャン泣きするガキどもの悲鳴を楽しもうと思ったのぃーー」
「この…………お前も打ち込まれたいのか、あんっ?」
子供のように駄々を捏ねた、イラクリを前にして、黒髪ワーウルフは顔を凄ませる。
「アハハッ! 冗談っ! 冗談だってばさっ?」
「はあ、まぁ良い…………遊んでないで行くぞ」
ふざけた態度のイラクリに、面倒だと思い呆れる黒髪ワーウルフ。
彼は、眠ったまま昏睡状態にある、金髪ショートヘアの女性レジスタンス員を背負って歩き出した。
そうして、ナタンを含む帝国軍部隊の兵士達は、廊下を歩いていく。
「お前は、見ない顔だな? ここに潜入でもしていたのか?」
「あ、まあ…………その」
「そうみたいだね、さっき地下で、私とラハーラが助けたんだよ」
黒髪ワーウルフは、右側を歩く、ナタンに声をかけてきた。
彼が答えようとすると、イラクリが代わりに答えてくれた。
「ふん? そうだろうな、その赤い血は返り血には見えないしな」
「これは、もちろん潜入のために入れ換えたんだよ」
黒髪ワーウルフは、ナタンの左横に並んで前を見ながら歩く。
『…………ヤバイ? 正体が、バレちまう…………』
ナタンは、黒髪ワーウルフが自らを怪しんでいるのだろうと察した。
なので、できるだけ口からボロが出ないように気を付ける。
これは、奴が仕掛けた心理戦だ。
何か、一言でも余計な事を言ってしまえば、彼の命は無いであろう。
もしくは、捕まって今度は本物の帝国兵にされてしまう恐れもある。
「フンフン…………匂いも完璧に、テロリスト側の匂いが染み付いている」
「それだけ、潜入捜査が長かったって事は理解できるだろ?」
真っ黒い犬鼻を、ヒクヒクと動かして、黒髪ワーウルフは、ナタンの香りを嗅いだ。
その体や衣類から滲み出る匂いは、レジスタンスが発する物だ。
帝国側の制服を着ているとは言え、体臭は完全に敵対勢力である。
この違和感を感じている、奴は左隣を歩く、彼に対して気を張る。
名前も知らず、他部隊、それも所属組織すら違う彼の正体が、敵か味方か分からないからだ。
「大変だったよ、連中のレベルに合わせるのは…………」
「そう…………か」
ナタンが疲れた顔を、黒髪ワーウルフに向け、ニヤリと嗤うと、奴の方は短く答えた。
「ふぅ?」
『…………まだ、気にしているようだ…………』
黒髪ワーウルフは、まだ正体不明のナタンを怪しんでいたが。
取り敢えず、今は上階を目指して、ともに歩いていく事にしたようだ。
その後、彼等は地下防空壕を抜けて、次の部屋に来た。
そこには、赤錆た鉄製の階段があり、全員が上階を目指して、上がって行く。
「上がるのは、面倒だな」
鉄製の階段は、ナタンが一歩ずつ登る度に金属音を鳴らした。
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