階段を上る、ナタンは黙々と、外を目指して、ひたすら進んでいく。
『…………帝国側は自分ですら潜伏工作員《スリーパー》だと分からないスパイを投入しているのか…………』
帝国が持つ恐ろしい程の高い洗脳技術に、ナタンは嫌悪感を感じる。
先ほど出会った、イラクリも、元はレジスタンス員だったのだろうか。
一度、帝国に捕まってから洗脳を施され、知らぬ間に、悪の手先として働いていた。
それは、まるで地中に潜む地雷みたいに、その日が来るまでは、本人にすら分からない。
「敵を排除」
「こっちは捕虜を得た…………」
「ぐぅ………………」
いざ、その時が来れば、いきなり本人にすら分からず、作動する狡猾な罠。
信じていた仲間が、ある日、突然に敵側へと寝返る卑劣な仕掛け。
帝国の洗脳技術を憎む、ナタンは連中が行う非人道的な活動を許さない。
そんな彼だったが、声や銃声が階段が、階段を上がった先から聞こえてくることに気づいた。
『…………またこれか? 済まない…………今の俺に君達は救えないんだ…………』
そこに出た、ナタンが見た光景は、衝撃的なものだった。
死体に紛れていた、レジスタンス員を帝国兵が見つけて、銃で撃ち殺す。
さらに、ワーウルフが、女性レジスタンス員の頭髪を掴んで、引き摺る後ろ姿などだった。
「こっちの奴は不意討ちを仕掛けようとしたから、撃ち殺してしまった」
「しょうがねぇさ、それよか俺は気絶しちまった、この女を連れてくぜ」
黒い服装に、フリッツ・ヘルメットに防弾ベストを着た、トーテン・シェーデル・ゾルダート。
奴は、服装と同じ黒色のAK200を抱えている。
黒色の長髪をした、ワーウルフは全身に黒いラバースーツを着込み、黒い胸当てを装備していた。
右手には、灰色のステッチキンを持ち、左手は金髪ショートの女性レジスタンス員の毛髪を掴む。
「俺は下に報告に向かう」
「じゃ、俺は地上に行くぜ」
『…………奴等は邪魔だが、通り抜けるしかないな…………』
やがて、トーテン・シェーデル・ゾルダート&ワーウルフ達は、別れ始めた。
ナタンは此方に歩いてくる、トーテン・シェーデル・ゾルダートの側まで走っていく。
その通り過ぎさまに、彼が左側に避けると、向こうも気を使って、右側に避けた。
「やっぱ、番《つがい》にでもして貰おうか」
捕らえた女性レジスタンス員を、ズルズルと引き摺る、ワーウルフは独り言を吐く。
ナタンは、奴よりも後ろを走っていたが、その一言に胸が痛くなる。
気を失った彼女は、眉をハの字にして昏睡状態で眠っている。
このまま放って置いたら、彼女は確実に帝国兵に洗脳されてしまうだろう。
「せっかくだから、同じワーウルフにしてやるか」
『…………済まない…………可哀想だが今は君に何もしてやれないんだ…………』
ワーウルフの右脇を通り過ぎた、ナタンは再び奴が吐いた、一言に反応した。
女性レジスタンス員を救う方法はなく、下手に関われば、自身が帝国兵に捕まる恐れがある。
また、仲間達の拠点を目指す、彼は先を急がなくては成らない。
「はぁ…………」
そう自分に言い聞かせつつ、ナタンは呑気に歩く、ワーウルフの前を走って行った。
その後。
走っていた、ナタンは廊下を抜けて、左側にある階段を駆け上がる。
やがて、幾つもの階を上がった、彼は広い空間へと辿り着いた。
そこは、何処かの地下室らしく、両ドアが一つだけあった。
「ここから、外に出られるかな?」
ナタンが両扉を開けると、そこは広いトンネル状の場所に出た。
この逆U字型をした、形状から察するに、ここは第二次大戦中に作られた、地下防空壕だろう。
彼は、暗闇と静寂に包まれた、長い通路を黙って歩いていく。
ここの両壁には、多四角い穴が、多数存在しており、中に何があるかは不明だ。
『…………何かが居そうだけど行くしかないな? と言うか凄く不気味だ…………』
多数の四角い穴だが、これらは倉庫や食糧庫として使われる小部屋だ。
そこから光る、ライトやランプ等の灯りは、一切なく、ただ静まり返っている。
「…………進むしかないか、はぁ」
ナタンは、溜め息を吐きながら、真ん中を進み、暗闇の先を目指す。
「うん? 死体か」
ナタンは歩きながら、道の脇に死体が頃がっているのを目にする。
勿論、それ等はレジスタンス員の遺体が殆どであり、帝国兵は少ない。
無惨にも、体を銃弾で撃ち抜かれた者、体中を切り裂かれた傷で死んだ者。
そう言った、酷い外傷で死んだ者達の亡骸を目に入れることは気が滅入る。
『…………酷いな…………抵抗空しく激しい攻撃を前に全滅したか…………』
暗闇の隅に転がる、緑や茶色と言った、服装をしている物言わぬ死体を眺める、ナタン。
両脇にある、それ等の亡骸が突然動き始めないかと彼は思う。
昔、彼はレオと共にプレイした、ゾンビ物のゲームを思い出す。
『…………確か死体に紛れた、ゾンビが襲ってくる事があったな…………』
ナタンは、ゲーム内で、いきなり起き上がって足を掴んだ、ゾンビの事が頭に浮かんだ。
もしかしたら、レジスタンス達の死体も起き上がって、自らを襲うかも知れない。
そう考える彼は、道の真ん中を、慎重に歩きながら進んでいくが。
「ぐらぁっ!」
「はっ!?」
急に、右足首を掴まれた、ナタンは後ろに倒れてしまう。
「くっ! 生き残りが居たのか、うぅっ!」
「死ねぇっ!!」
突然の出来ごとに驚いたまま、ナタンは必死で、後ずさった。
しかし、生き残っていた、レジスタンス員から右足を掴まれているので、上手く下がれない。
この好機を逃すまいと、奴は右足を掴んだ右手を離さない。
そして、左手に逆手持ちで握る、コンバット・ナイフを、彼の脇腹を目掛けて振るった。
「まっ! まっ! 待てっ!!」
「誰が待つか、この野郎」
ナタンは、コンバット・ナイフを力強く振るう、レジスタンス員の一撃を避ける。
「死ねぇっ!! 帝国の犬めっ!!」
「俺は帝国兵じゃっ!?」
直後、レジスタンス員による、ナタンの脇腹を狙った斬撃が再度迫る。
その瞬間、彼は右手を前に出し、ガッチリと奴が繰り出した左拳を握る。
これにより、奴のコンバット・ナイフを何とか、彼は受け止めた。
だが、そのまま彼等は、揉み合いを続けて、互いに体を揺らす。
「ぐぅぅ………………クソッ!!」
「へへ…………もう少しだせ」
しかし、その激しい攻防だが、それも遂に終わる時がきた。
ナタンの首筋にまで、レジスタンス員が鋭いナイフを突き刺さんと、手を伸ばしたからだ。
「くぅぅっ!」
段々と、ナタンに迫る、銀色に輝く、コンバット・ナイフの切っ先。
それを、彼は首筋から剃らそうと、両手で、レジスタンス員の左手を押さえる。
「ぐぅおおっ!」
「あっ!?」
ナタンは、必死の形相で反撃し、無防備なレジスタンス員を下から思いっきり蹴った。
その勢いに負けた、奴は倒れ混み、苦しそうに腹を押さえる。
彼は、動きを止めた奴の隙を見逃さす、拳銃を引き抜いた。
「済まん、これも生き残る為なんだ…………」
「くっ!! コイツを喰らえっ!?」
MASー1935を撃った、ナタンの方が、一瞬だけ、レジスタンス員より早かった。
奴の方も、スローイング・ナイフを投げようとしていた。
だが、それは奴が頭を撃たれた事により、彼の左頬を掠めて飛んでいった。
直後、金属音が静かな地下防空壕内に響き渡るのだった。
「終わったか、終わったんだよな…………」
不意に呟いた、ナタンは顔中から冷や汗を垂らして、辺りを見回す。
そこに見えるは、相変わらず、物言わぬレジスタンス員の死体だけだ。
もうここには、誰も居ない。
そう考えた、ナタンは再び前を向いて歩き出した。
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