「ん…………ん? 朝ねっ!」
「交替の時間ーーは終わりだ、そろそろ出発したいところだが、朝飯を食わないと」
メルヴェが目を覚まし、アクビをしながら体を起こすと、ナタンが声をかけた。
「そうね、腹が減っては戦が…………?」
「な、なんだ、外がうるさ…………」
メルヴェが黒いコートを纏い、立ち上がろうとすると外の道路から激しい震動音が鳴り響いた。
ナタンも異変に気づき、急いで窓から通りへと目を向けてみるが。
そこには、帝国軍の大部隊が、黒いTー90戦車を中心に道路を進軍している姿があった。
しかも、走っているのは装甲強化型である、Tー90プロフィフだ。
車列の後半からは、灰色のBTRー80装甲車も走っている姿が見えた。
そして、後尾には、青灰色のウラルー4320トラックが走っていた。
路上の雪を踏みしめ、進んでゆく部隊を、二人は窓陰から睨む。
「見つかったら厄介だな、帝国側の姿をしているとは言え、身分証も無いしな…………」
「私たち、昨日の戦闘から逃げているし、脱走兵って、扱いになってたりして…………」
窓の外を眺め、ナタンは敵部隊による大移動を密かに観察し続ける。
脱走兵狩り、レジスタンス狩り、これ等を帝国部隊が行うのではないかと、メルヴェも心配する。
じっと敵を見続ける二人だったが、予想していた通り、何人かの敵兵士がアパート入口に近づく。
こうして、内部に入ってきた帝国軍兵士たちから身を隠すべく、二人は動く。
「軍服を着ているが、不味いな…………相手をしたくない」
「ベッドの下に隠れましょう」
急いで、ベッドの下に入り込んで身を潜めた、ナタンとメルヴェ達。
息を殺して全く動かなければ、自分たちは発見されないだろう。
そう思い、二人はベッドの下で帝国兵が来ないように願う。
けれども、そう簡単にいくはずもなく、室内に誰かが入ってきた。
「…………?」
「…………!」
入ってきたばかりの誰かたちだが、二人を探すどころか、彼等も身を隠し始めた。
一人は、クローゼットの中に急いで入り込み、扉を閉めてしまった。
もう一人も、部屋の隅に置いてあった段ボール箱に身を潜めた。
「…………なんだ、黒いブーツしか見えなかったが?」
「なんで、彼等も隠れるのかしら?」
いったい何故、敵を探しにきた帝国兵が身を隠す必要があるのだろう。
そう疑問に思った、二人だったが、その理由は直ぐに分かった。
「ここだ、毒ガスを充満させてやる」
「いや、私が探すから獲物を奪わないで…………」
野戦帽を被る、青髪青目のグールが室内に入って来ると、口を大きく開いた。
だが、茶髪カールボブの女性ワーウルフが匂いを嗅いで、連合側兵士を探し始めた。
「部屋中に毒ガスを蔓延させれば、倒すのは楽…………しかし、それだと捕虜を捕まえられないわ」
そう言いつつ室内を嗅ぎ回る、ワーウルフは腰から、ガッサー1870リボルバーを取り出す。
それから、バンッバンッと何発かの銃声がなると、クローゼットや段ボールから赤い血が流れる。
「やっぱり隠れてた…………心臓は~~うごいてないわね? 動いてたら仲間にして上げたのに」
「どうせ、殺すなら俺にガスでやらせろよ」
ガッサー・リボルバー拳銃で、レジスタンスを射殺した、女性ワーウルフは呑気に呟いた。
一方、よほど口から毒ガスを吐きたかったのか、グールは残念そうに話す。
「あ~~? それよりも貴方たちはだぁれ?」
「はっ! 下に誰か居るのか?」
女性ワーウルフは、ベッドに腰掛けながは、ガッサー・リボルバーをシーツに押し付ける。
それを聞いて、グールも急いで、MP5短機関銃の銃口を、ベッド下に向けて怒鳴る。
こうして、奴の嗅覚&聴覚により、ナタンとメルヴェ達は発見されてしまった。
「さぁて、何者かなぁ~~?」
ベッドに腰掛けた、女性ワーウルフの両脇から、ナタンとメルヴェ達は這い出てくる。
「撃たないでくれ、僕らも帝国側だよ」
「レジスタンスから逃げてたのよ?」
ナタンは、帝国側だと嘘を吐いて、この場を何とか誤魔化そうとする。
連合側から逃走していたと最中であったと、出てきたばかりと、メルヴェは言い訳した。
それを聞いて、女性ワーウルフが説明された話を信じるかは分からない。
「ふぅむ…………帝国、連合、双方の匂いがする? おそらく、潜入工作員かな?」
「本当か? コイツらを信じるのか…………」
女性ワーウルフは顔色を変えず、二人を眺めながら呟いた。
しかし、グールの方は未だ彼等を信用せず、睨みを効かす。
「ふぅ~~?」
女性ワーウルフも、じっと二人を見ていたが、やがて見飽きたようだ。
「う~~? まあ、帝国側の匂いもするし、嘘を言っているようには見えないねぇ~~? けれども、何か怪しい感じもするしぃ」
「どっちなんだよ…………」
「制圧完了、テロリスト狩りは終了だっ!」
女性ワーウルフは、未だ敵味方の判別がつかない、ナタンとメルヴェ達を眺め続ける。
その橫で、グールは半ば呆れつつも、二人から目を話さず警戒心は解かない。
彼等が話している間に、他の部隊が撤収する声が聞こえてきた。
「怪しい感じって、今までレジスタンス側に潜り込んでいたからね…………そりゃ、匂いは混じっているでしょうよ」
「怪しまれたら焦るだろ、まさか怪しいってだけで味方を撃たないよな?」
「そう言われちゃ、そうよねぇ~~」
「まあ、いいっ! お前たちも着いてこい」
メルヴェは、説明するのが面倒だと言うような表情で匂いについて語る。
ナタンも同じように何とか思い付いた言い訳をしながら惚《とぼ》ける。
気だるげな目のワーウルフは、寝言を喋るようにトロくさく話す。
その後ろでは、グールが踵を返して部屋から出ていこうとする。
「残念だけど、別任務で再び連合側に合流しなければ成らないの」
「また、面倒な潜入任務が上から、僕らに下されたのさ」
「そう言う事なら、仕方ないわ…………それじゃ名前と所属を教えてくれる」
「まさか言えないとは、言いださんよな?」
他に任務があると、平静さを保ち、メルヴェは再びデタラメな事を言う。
それに合わせて、ナタンも適当に思い付いた言葉を吐いた。
二人の話を聞いて、ワーウルフは味方だと納得したようだが、今度は所属などを質問してきた。
グールも、即座にMP5を構えて、険しい表情で睨んできた。
「もちろん…………私達は~~」
「サボり魔、二名…………早くこいっ!! 大隊が移動を開始するっ!!」
「あぁ、また呼ばれちゃったわぁ」
「仕方がない、先を急がせて貰う」
一呼吸おいて、メルヴェが偽の所属を言わんとした時、階下から指揮官による命令が聞こえた。
それを聞いた、ワーウルフとグール達は質問に答えなくてよいと言って、部屋から出ていった。
「…………ふっ! ふぅぅ? 何とか誤魔化せたか?」
「すぅ~~! 上手く騙せたわね…………で、どうする?」
緊張が解《ほぐ》れて、溜め息を吐きつつ脱力する、ナタン。
階下から足音がしなくなると、肩から力を抜いて深く息を吸う、メルヴェ。
レジスタンス狩りを終えた、帝国兵が居なくなり、危機を脱した二人は安堵する。
それも、束の間かも知れぬと、二人はすぐに動き出す。
早速だが、ナタンはクローゼットを漁り、メルヴェは段ボールを探った。
「やっぱり、死んでたか…………いや、こうしては居られない…………着替えよう」
「こっちもよ? ダメね…………まあ、仕方がないわ」
ナタンは、目を開いたまま死んだ黒人レジスタンス員の死体を見た。
メルヴェも、段ボールを両手で掴んで取ると、そこには白人女性レジスタンス員の死体があった。
その後、帝国兵の衣服を脱いだ、二人は部屋にあった衣服に着替える。
「これを着るか」
「私は、これを」
ナタンは、薄茶色いコートを着て、深緑色のズボンを履く。
メルヴェは、白に近い灰色のダウンジャケットを羽織り、鼠色をしたジーンズを履く。
また、二人とも帝国兵にいつでも化けられるように、リュックに黒い制服を仕舞った。
「行こう、メルヴェ」
「ええ、行きましょう」
二人が、物音を立てずに部屋から出ると、直ぐに左右を確認する。
ナタンは、通路右側にサッと素早くMASー1935を向ける。
メルヴェは、左側に目を向け、サルマスシズK10を両手で構えた。
「ん?」
ナタンの目に、何かが廊下を走る姿が一瞬だけ見えた。
しかし、廊下の一番奥に見えた、それは壁に隠れてしまい、すぐに姿が見えなくなった。
「今、なんか見えたよ」
「お化け~~じゃなくて、帝国かレジスタンスね? 静かに追いましょう」
ナタンが今見たばかりの何者かを、メルヴェに教えると、彼女は追跡しようと言いだした。
だが、いきなり味方だと言って出ていけば、誤射されたり、帝国兵だと警戒される恐れがある。
しかも、彼等は元居たレジスタンス組織では、帝国のスパイ疑惑は消えてない。
ゆえに、二人は慎重に後を追って、音を立てずに歩いていくのだった。
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