「終わったぞ…………」
ナタンは、帝国警察の制服に着替えて、黒い制帽を被り、虹色に光る幻影から出てきた。
彼が、今まで着ていた衣類は、黒い箱に仕舞い、それを脇に抱える。
「私もよ」
メルヴェの方は、制服ではなく黒いコートを纏い、足元は青いラバータイツが見えた。
二人は着替え終えると、ボクサー装甲車に乗ろうと後部ハッチに入ってゆく。
「さあ、帝国兵の方々も早く乗車して下さい、工作員と残像部隊の回収が、我々の任務ですから」
「分かった」
「了解…………」
六人全員が、ボクサー装甲車に乗ると、シャッターが開いた。
そうして、ナタンとメルヴェ達は仕方なしに、帝国警察の車で、どこかに連れて行かれる。
「出すぞ」
「取り敢えず、帝国警察署まで行きますね」
「ああ、分かった…………メルヴェ、このままだと」
「ええ…………分かってるわ、前に爆破させた場所よ」
野戦帽を被る運転手は、短い言葉を呟くと、ボクサーを走らせた。
オルツィから声をかけられた、ナタンは短く答えると、メルヴェにヒソヒソ声で話し始めた。
帝国警察が駐在する警察署は、二人を含む破壊工作部隊が、つい最近テロ攻撃をしかけた場所だ。
ハッキリ言って、そんな場所にまで連れていかれるのは不味い。
しかも、フロストを始め、レオやミアなど顔を知っている連中も多数だからだ。
だが、今のところ、工作員だと勘違いされている二人に拒否権はない。
また、妙な言動をすれば正体がバレて逮捕されてしまい、警察署で洗脳されてしまう。
何とかならないか、彼等は装甲車の座席に隣同士で座りながら苦悩する。
「む? なんだ、こんな場所で検問所か?」
「はあ? 仕方ないですっ!」
「な、なんだってんだよっ!!」
ボクサーの運転手が検問所手前で、車両を止めた途端、四方からRPGー弾が飛んできた。
それは、直撃はしなかったっが、左タイヤを粉々に破壊してしまった。
オルツィとソムサック達は、慌てて後部ハッチから飛び出し、周囲を確認する。
「検問所がない? はっ? まさか…………敵ソーサラーの幻影っ!!」
「オルツィ、俺の後ろに隠れろっ! オラーーーー!!」
ボクサー装甲車の陰右側から正面を見た、オルツィは呟きつつ驚愕する。
ソムサックは驚きのあまり、固まって動けない彼女を守るように立ち、両手を前に出した。
そこから発射されるのは、腕着式・短機関銃による9ミリ銃弾だ。
これで、彼はビル屋上から、RPGー7の次弾を撃とうとする連合部隊を牽制する。
「死ねぇ~~~~!?」
「装填完了っ!!」
しかし、RPGー7を扱う連合側兵士は、容赦なく弾頭を発射する。
周囲が灰色の爆風に包まれる中、それでもソムサックは射撃を止めない。
「く…………ここは、私たちが援護するわっ! 早くビル内に行って下さいっ!」
「ぐわあっ!?」
「お前ら、護衛は頼んだぞ」
「早く行くんだっ!」
リカーブボウを、矢継ぎ早に射ちつつ、オルツィは二人に向かって叫ぶ。
放たれた一撃は、連合側兵士の眉間に当たり、力を失った死体はビルから下に落下していく。
さらに、他の兵士たちにも、肩や胸へと矢が当たって負傷させる。
両腕を屋上に向けて、9ミリ弾をバラ撒き続ける、ソムサックも帝国兵たちに対して叫ぶ。
運転手の兵士も、ボクサー後部左側からレベデフ・ピストルを撃ちながら行くように指示する。
「分かっ!! ぐわあ…………」
「りょ、ぎゃああああ」
その時、斜め上から飛来した、巨大な火球が帝国兵たちを包み込んでしまった。
「な、なんだ?」
「マジシャンよっ! ああーー帝国で言う、ウィザードの事よっ!」
混乱しながらも、ボクサーから出てきた、ナタンは丸焦げになった死体を見てつぶやく。
メルヴェは、彼の疑問に答えながらも、サルマスシズK10拳銃を片手で撃ちながら走る。
「詳しい説明は後でっ! ナタン、早く来てっ!」
「今行く、援護は任せたっ!!」
「任せないっ! 私の幻影でっ!」
メルヴェは走りながら、ナタンを呼び、彼も銃を撃ちまくりつつ駆け出していく。
ブルパップ式自動小銃FADは、ダダダダと一定速度で弾丸を連射する。
ゆえに、狙い撃ちには有利だが、乱戦で使用するには発射速度が遅いので不利だ。
しかし、それでも、彼は撃ちまくりながら走ってゆく。
それを援護するために、オルツィは幻影魔法で虹色モザイクの壁を作った。
また、偽の幻影兵士を続々とボクサー装甲車から出現させた。
こうして、彼女は二人を援護する。
「ナタン、こっち」
「今いく」
ビル内に入った、メルヴェとナタン達は、戦闘地域から離れるべく内部を駆ける。
外からは、未だにドォンと爆発音や銃声が鳴り渡る。
「なるべく遠くに離れなくちゃなっ!!」
「今じゃ、連合も帝国も敵よね…………」
帝国側から密かに離れた、ナタンとメルヴェ達は、ビルを走り抜け通りに出た。
「居たぞっ、撃ちまくれっ!!」
「帝国兵だっ! 死ねーー!!」
「なっ! しま…………」
「ヤバいっ!?」
連合軍兵士たちが、急にビルから飛び出て、ナタンとメルヴェ達に銃を向けた。
そして、無情にも射撃音が響き渡る。
「ぐわあーーーー!?」
「ぎゃあああああっ!」
しかし、撃たれたのは何と連合軍兵士たちだった。
「援軍だっ!!」
BTRー80装甲車の屋根に乗って現れた、帝国軍兵士たちが、連合軍兵士たちを撃ち殺した。
二人の連合軍兵士が倒れた事を確認すると、彼等はナタンとメルヴェ達に寄ってくる。
「無事か? 怪我はないか?」
「いえ、それより向こうで味方がっ!」
「ああ、あっちで戦っているんっ! うわっ!」
帝国兵が、声をかけてきたが、メルヴェとナタン達を狙って銃弾が飛んできた。
屋上から放たれた、弾丸は着弾する度に、二人の周囲に灰煙を上げまくる。
また、屋上だけではなく、ビル内からもAK47自動小銃やPK機関銃が撃たれる。
「散開しろっ! ビル内に突入するっ!」
帝国軍・下士官が叫ぶと、BTRー80から兵士たちは飛び降りて、ビル内へと入ってゆく。
ナタンとメルヴェ達も、慌てて右側のビル内に向かって走り、窓を割って転がり込んだ。
さらに、BTRー80は後退しつつ斜め上に向けて、KPVT14、5ミリ機関銃を撃ちまくる。
そして、後部ハッチから多数のドローンと小型ロボット戦車を出撃させた。
「仕方ない、このままでは連合側に殺されてしまう」
「必要とあらば、撃つしかないわね…………」
ナタンとメルヴェ達は、帝国軍兵士が階段を駆け上がる中、二人だけで密かに話す。
連合側の奇襲により、帝国側は血気盛んに反撃に移り、ビル内で激しい戦闘を繰り広げるだろう。
二人は、襲撃された装甲車と帝国軍部隊から再び逃げるように走り出した。
そのまま戦闘に参加せず、密かに逃げようとするが。
「こっちは制圧したっ! 次のビルに部屋に向かうっ!」
「援護するっ! 左側は俺が担当だっ!」
「了解、背後は任せろっ!」
いきなり、帝国軍の制服を着たリュファスが部下を引き連れて入ってきた。
背後に率いるは、ワーウルフとオーガー達だ。
「はっ! ナタン…………チッ!」
「あ…………この裏切り者めっ!」
「不味いわっ! きゃあっ!?」
咄嗟に舌打ちしつつ、オピネルナイフを投げる、リュファスと、頭を下げるナタン。
しかし、次なる一手たる軍用ポケットナイフを、奴は投げ、彼はFADで受け止める。
最後に、奴は三度目の投擲に、ウェイド&バッチャーナイフを投げた。
「不味いわっ! きゃあっ!?」
流石に、これは回避しきれず、ナタンの頭に刺さってしまい、メルヴェが悲鳴を上げる。
「大丈夫だっ! メルヴェ、これくらいっ!」
「ナタン、良かっ? …………って、援護するわっ!」
「させるかぁーーーー!!」
ナタンは、頭部に鋭いナイフが刺さったかに見えたが、帝国警察の制帽に当たっただけだった。
そして、彼は反撃のためにFADを撃とうとするが、リュファスが走り出す。
そうして、懐から取り出した、レギオールナイフで、彼のFADを叩きつけた。
そのせいで、銃撃は逸れてしまう。
奴は、さらにFADを構えた、メルヴェの腹を思いっきり蹴った。
「ぐふっ!? ぐぅ…………」
「メルヴェッ! よくも、メルヴェをっ!」
「知るか、死ねっ! スパイめっ!」
吹っ飛ばされた、メルヴェが近くの壁に当たってしまうと、ナタンは勢いよくリュファスを怒鳴る。
だが、奴はレギオールナイフで、FADを押さえつけつつ、また懐から何かを出そうとした。
「これを喰らいなっ!」
「しまったっ!?」
バンッと、一発銃声が鳴り響き、リュファスが、ナタンを撃ち殺したかと思われた。
しかし、倒れたのは何と、奴だった。
そこに、右から歩いてきた、メルヴェがFADの銃口で、奴を突っついた。
「貴様ら、動くなっ!!」
「どうなってるんだ?」
「黙れ…………コイツは二重スパイよ」
AK74Uを構えた、ワーウルフが叫び、PKP機関銃を抱える、オーガーは立ち尽くす。
メルヴェは、持ち前の演技力で、二人を騙しつつ、リュファスの死体を蹴った。
すると、その衝撃で、彼が懐に入れていた右手が胸元から出てきた。
そこには、MASー1935ーAが握られていた。
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