フォイルスニェーク大尉から指揮棒《タクト》を向けられた、ナタン。
彼は、彼女に答えようにも、すごく焦ってしまい、上手く言葉がでなかった。
「どうした、答えられないようなら…………分かっているな?」
「いえ、自分は帝国警察の所属でしてっ!」
フォイルスニェーク大尉と対峙した、ナタンだったが、二人の間には、一気に緊張感が走る。
「本当にか? どうも、そうは見えないな? その血はテロリスト達を殺した返り血か、それとも己から流れ出た血液か…………何れにしても怪し過ぎるぞ」
フォイルスニェーク大尉は、ナタンの正体を怪しんで、睨み付ける。
勘の鋭い彼女は、一人悠々と歩く帝国警察に所属する隊員を見逃さなかった。
「その制服はわ確かに帝国警察の物だ、我々、帝国軍とは違う? だが、本当に貴様は帝国警察の者なのか? どう見ても怪しいぞ」
「怪しいと言われましても…………自分は長い間、潜入してましたからーー?」
未だ、フォイルスニェーク大尉は、ナタンの額に指揮棒《タクト》を押し付け尋問する。
ナタンは、彼女の気迫と殺意に気圧されてしまい、額から頬に冷や汗が流れ出そうになる。
「大体な? それなら真っ先に指揮官である私の所へ報告に来るはずだ、それが貴様の場合は何気なく離れて行こうとした…………これは、どういう事だ?」
「そ、それは~~その指揮官を探してまして」
さらなる、フォイルスニェーク大尉による問いに、ナタンは苦し紛れの言い訳をする。
だが、目の前に居る彼女が、下手な理屈を並べても信じるはずが無い。
フッと笑みを浮かべた、彼女は指揮棒を下ろす。
「そうか、それならばっ!!」
「隊長、ここに居たんですか? 探しましたよ~~」
「捕虜を、二名も捕らえました、しかもガキですぜ」
不意を突いて、ナタンの腹に魔法を、一発喰らわせようとした、フォイルスニェーク大尉だが。
しかし、彼女の不意討ちは、後ろから聞こえる者達の声によって、止められてしまった。
「捕虜だと? イラクリ、速狼《スーラーン》…………じゃあ丁度良い、今ここに居るテロリストも、三人目に加えようか」
フォイルスニェーク大尉は、やはりナタンが帝国側の人間に変装していた事を見破っていた。
後ろから聞こえた、部下たちの声に振り向きもせず、彼女はニヤリと不気味に笑う。
「ぐ…………」
「下手に動いたら、どうなるか分かるな? イラクリ、スーラーン、この馬鹿を拘束しろっ!」
「ソイツ、やっぱ敵でしたか…………何かすると思ってたんですよねーー」
「妙な奴だと思ってたが、正体はテロリスト側のスパイか」
ナタンの腹に指揮棒《タクト》を突き付けながら、フォイルスニェーク大尉は脅す。
そして、彼の左右に素早く回り込んだ、イラクリとスーラーン達。
『…………不味いな? この二人も強そうだ…………』
ナタンは、二人を見て、スーラーンとは黒髪のワーウルフかと思う。
彼をよく見ると、何処と無くだが、ロシャ人とチィーナ人のハーフに見える。
「んで、あんたは大人しくしててよ~~」
「動いたら、頸動脈を斬ってやるからな」
イラクリは、左側からカーマ・ダガーを何度も振るい、刃身でナタンの首筋をペタペタと叩く。
一方、スーラーンも右側から飛刀《フェイトウ》の切っ先を頬に向ける。
「待て、俺は味方だ、信じてくれっ!」
ナタンは、この場を必死で誤魔化そうとする。
『…………見つかったか? しかも周りは敵だらけ? もう終わりか…………いっその事わざと動いて撃ち殺されるとするかな…………』
絶対的に、不利な状況の中、ナタンは策を練るより、一気に行動に移ろうかと考えた。
彼の行く手を遮る者達は、一人の帝国軍指揮官と帝国軍兵士が、それぞれ二名だけだ。
左右から、自身に向けられる短剣の切っ先と、真正面にある魔法杖。
今、わざと動けば致命傷を負って、戦死する事ができる。
そうなれば、帝国兵に改造されるよりはマシだと、彼は考えた。
「今、楽にしてやるからな」
『…………ああーー楽に成るさっ! 死んでなっ!! …………』
右から聞こえる、スーラーンの言葉に、ナタンは冷や汗を滴しながらも、行動に移ろうとする。
「分かってるさっ! て、え?」
いざ抵抗しようと身を低くした、ナタンの耳に妙な物音が遠くから響いてきた。
それは車輪の回る音と、重機関銃を搭載した大型トラックだ。
離れた位置から、自分達が立っている場所に向かってきた、大型トラックの姿が段々と見えてくる。
「な、何だ、あのトラックは? こっちに来やがるぜっ!」
「やばっ! 早く、トラックから逃げましょーー!?」
焦って、トラックが来る方に目を向けてしまう、スーラーン。
脱兎の如く、路上から今すぐ逃げ出そうとする、イラクリ。
ナタンも、走って来るトラックに目を向けたが、それが只の貨物車じゃない事に彼も気付く。
「狼狽《うろた》えるな…………敵のガントラックだ、さっさと破壊しろ」
ナタンや部下達が、突如現れた、レジスタンス達の奇襲攻撃に動揺する。
そんな中、フォイルスニェーク大尉だけは、顔色一つ変えず、冷静に大勢の兵士達に命令を下した。
「装甲トラック?」
ナタンが目にする、トラックは暗緑色に塗装された、いすゞ製エルフだ。
後ろにある、コンテナ型・荷台上部には、二連装のPK機関銃を備え付けられている。
そこに座る、機関銃手のレジスタンス員が銃弾を途切れなく連射していた。
さらに、コンテナ型・荷台には、十字型の銃眼が左右両方に、四つずつ開けられている。
そこからも、短機関銃や自動小銃が両脇に立つビルの窓に向けて、連射されて銃火を吹く。
「アレは不味いぞっ!」
装甲車化された、ガントラックは周囲に弾丸を撒き散らしながら突撃してくる。
その勢いは衰えず、ナタン達に向かって速度を上げつつ真っ直ぐに突っ込んでくる。
「急げっ! RPGは、まだかっ!!」
「クソ、このままでは…………」
「グレネード・ランチャーを使うっ!」
帝国兵達は、彼方此方《あちらこちら》からガントラック化された、エルフを止めるべく攻撃を加える。
様々な、対戦車武器や携帯式ロケット砲を使って応戦するも、敵の進撃は止まらない。
グレネード・ランチャーから放たれた擲弾も爆発したが外れてしまう。
他には、RPGー9から放たれた弾頭も、てきには当たらなかった。
それ等は、道路に穴を開けただけで、肝心の目標である、車両は止められない。
「ぐああああ」
「がっ?」
『…………アレのお陰で混乱している? 今がチャンスだっ! …………』
左右から、放たれる銃弾は、歩道で反撃している帝国軍兵士たちを薙ぎ倒してゆく。
ナタンは、混乱の最中と化した現状を打破するべく身構えて、三人が隙を見せる瞬間を伺う。
「隊長、こっちに来ますよっ! やっぱ、早く逃げましょーーよっ!」
「どうします? コイツを処刑して退避しましょう?」
「喧しい、子供みたいに騒ぐな…………今、手を打つ」
イラクリ&スーラーン達は、迫る脅威を前に今すぐにでも逃げ出したかった。
しかし、上司であるフォイルスニェーク大尉から退避命令が出ないのだ。
なので、二人は何もできない。
「これで…………」
もし、このまま二人が勝手に退避すれば、フォイルスニェーク大尉は敵前逃亡と見なしただろう。
そうなれば、死刑は免れず、今この場で即刻彼女に射殺されるだろう。
「フゥ~~? 終わったぞ?」
表情を変えず、溜め息を吐きながら呟く、フォイルスニェーク大尉。
先ほど、彼女は指揮棒《タクト》から氷結魔法を放って、エルフの窓ガラスを凍結させた。
これにより、ガントラックは転倒してしまい、右側のビルに突っ込んでしまった。
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