ナタンとイルメラ達は、邸宅内のベッドで、白いシーツにくるまっていた。
彼女は、憂いを帯びた雰囲気を出しながら、何処か遠くを見つめていた。
「私は? いえ、私達は復讐を果たしたわ…………それからも私は休まずに帝国の警察官として働いたわ…………」
ナタンの前から退いた、イルメラは悲し気な表情をしたまま、右側に寝そべり、過去を語り続ける。
「そして、出世を重ね、この地位にまで来たわ? けど結局は帝国も同じだわ…………権力者が下の者を踏みつける、それでも腐ったハンザに比べれば多少はマシかしら?」
「それよりも、どうして、僕を助けたのですか?」
天井の幻想的な青光を、眩しくない程度に放つ、シャンデリア。
それを、悲し気な瞳で、ボンヤリと眺めながら呟く、イルメラ。
彼女の美しい横顔を見つめながら、ナタンは自分を助けた理由を問い質した。
「それは…………貴方はスパイね?」
「はっ!?」
イルメラは、ナタンへと、その悲し気な眼差しを向けながら、一言呟いたが。
その言葉に、ナタンは正体を見破られてしまったかと身構える。
「こっち側のよ? その身に流れる赤い血液は紛い物よね、分かっているわよ…………だって前に貴方は私の事を助けてくれたんですもの…………」
イルメラは、大分前に起きた、レジスタンスによる襲撃時に起きたことを回想する。
「我々は退散する、警察署に帰るぞ」
レジスタンス側との激しい戦闘が行われた、公営住宅街は、帝国警察が制圧した。
そこから、部下を引き連れて退散しようと、建物の入り口から出てきた、イルメラ大尉。
「今だっ!! 仲間の仇だっ!」
「くたばりやがれっ!?」
いきなり、近くにあった、マンホールの鉄蓋を開いて顔を出した、白人レジスタンス員。
同じく、ゴミバケツの蓋を退かして現れた、黒人レジスタンス員。
彼等は、イルメラ大尉の体を貫かんと銃を向けたが。
「うわっ!」
「があっ?」
突如、奇襲攻撃を仕掛け、イルメラ大尉・暗殺を狙った、レジスタンス達の残党だったが。
しかし、連中の意図は駆けつけた、レジスタンス員によって防がれてしまう。
彼が、銀色の拳銃を撃ったからだ。
「帝国警察の潜入工作員です、レジスタンス側は貴方の暗殺を企てておりました、では私はこれにて…………」
「あぁ? 有り難う…………」
潜入工作員を名乗る男は、顔をアラビ人のように巻いた、白い布で隠していた。
彼は、イルメラが返事を返す前に風のように、颯爽と何処かへと走って行ったのだ。
「あの時から貴方の事が気になっていたのよっ!」
『…………僕にそんな記憶はない…………誰かと勘違いしているのか? しかし彼女の勘違いは都合が良い…………』
顔を真っ赤に染めた、イルメラは恥ずかしげに視線を剃らす。
その様子を見て、ナタンは勘違いだろうが、好都合だと考えた。
このまま演技を続け、彼は帝国側が用意した、潜入工作員に成り済ます。
そして、隙を見て彼女から逃れようと思い付いたのだ。
「そんな事より、やっぱり初めてを獣《けだもの》に奪われた傷物は嫌なのかしら?」
「そんな事はっ!?」
再び、憂いを帯びた、悲し気な表情を浮かべる、イルメラ。
そんな彼女の顔を見て、どうしたら良いかと、困惑するナタンだったが。
いきなり、彼の唇に、彼女は口を重ねた。
「はぁ~~♡ 貴方が嫌でも私は嫌じゃないわ?」
「どの道、貴女からは逃れられはしないでしょうね…………」
うっとりした表情を浮かべて、目をトロんとさせる、イルメラ。
彼女は、驚いたまま固まる、ナタンの紅く染まった頬を両手で撫でる。
そして、退路がない事を悟った彼は、潔《いさぎよ》く自ら彼女の体を抱き寄せる。
すると、ゆっくりと唇を重ね合うのであった。
「はぁ~~? 楽しかったわ♡」
「そりゃどうも」
ベッドの上で、ぐったりと、うつ伏せに寝そべる、イルメラ。
彼女は、ナタンに顔を向けていたが、その顔は満足そうであり、瞳は閉じられていた。
ベッドに座る彼は、長く続いた行為の後、直ぐにシャワールームで体を洗う。
「ふぅ…………」
それから後、シャワールームから、ナタンは出てくると、近くにあった電話台の引き出しに向かう。
そこに、入れてあった、自らが変装用に着用していた、制服のズボンを履いていた。
「さあて、私も体を洗い流した後は着替えるから待っててね?」
「分かっていますよ、イルメラ」
イルメラが、ベッドから起き上がり、シャワールームに向かう。
すると、ナタンは彼女の方を向かず、ドアを見ながら答える。
「ふんふん、ふふ~~♪」
イルメラが、熱々のシャワーを浴びる音と鼻歌を唄《うた》うが聞こえた。
きっと、彼女は上機嫌で、肌に貼り付いた、汗を洗い流しているのであろう。
「ふぅ~~サッパリしたなぁ」
その後、脱衣徐から出てきた、イルメラは体にバスタオルを巻いていた。
彼女は、部屋の隅に置いてあった、小さな白い冷蔵庫を開く。
その中から、ワインを一本、そして皿に載せられた、チーズを取り出してきた。
また、彼女はベッドの脇に立てかけてある物を取り出す。
折り畳み式キャスター付きの白い細長机だ。
さらに彼女は、電話台に手を伸ばして、二段目の引き出しから、ワイングラスを二卓出した。
「我が故郷ドイツェルが生んだ、名産ワイン、ベッカー・シュペートブルグンダー…………それからフランシュの名産チーズ、エポワスよ?」
「頂きます…………」
ベッドに腰掛けた、イルメラは細長い机の上にワインボトル置く。
そして、ワイングラスを二卓、チーズの載せられた皿を二つ並べた。
次いで、彼女は電話台の引き出しからスプーンを二つ取り出して、ナタンに一本渡す。
そして、彼女は、ベッカー・シュペートブルグンダーの瓶を握る。
その中身を、そっと、ワイングラスに注いで、ナタンに渡す。
それを、彼は一口飲んでみる。
喉を潤す酸味を、彼は味わい、疲れた体と精神を癒す。
少量だけ飲んだ、ワインだが、酔いよりも目が覚めるような美味だと、彼は感じた。
「エポワスは表面の匂いは少しアレだけど、味は美味しいわ」
「香りはキツいですが、確かに味は良いですね?」
そう語る、イルメラから眩しいほどの笑顔で見つめられた、ナタン。
彼は、スプーンで切ってから掬った、エポワスを口へと運んだ。
『…………うぅん? 匂いは我慢すれば、味は本当に美味いな? ワインも上等な物だし? …………』
ナタンが最初に感じたのは、イルメラが話した通り、キツい臭みであった。
だが、直ぐに、エポワスの内側に凝縮された美味しさが、口内に広がり始める。
「ウフフ♡ でしょう?」
「そうですね…………」
イルメラと朝の軽食を楽しむ、ナタンであったが、しかし彼には任務がある。
直ぐに食べ終えた、彼は制服姿に着替える。
「あの、そろそろ任務に戻らなければ成りませんので?」
「分かっているわっ! 私も出勤時間だしね…………だから一緒に行こう? それに、渡したい物があるからさ」
早く仲間達が待つ、アジトへと戻りたいと願う、ナタンの言葉を聞いて、イルメラは急ぐ。
彼女は、急いで制服姿に着替え始めたので、彼も遅れまいと衣類を身に付けていく。
「あの? 渡したい物とは」
「プレゼント、見てのお楽しみよ…………」
ナタンとイルメラ達は、会話しながら素早く着替え終える。
こうして、制帽を被った彼等は、二人一緒にドアの方へと急ぐ。
「見てのお楽しみ…………ですか?」
「そう、そうよ♡」
ナタンはドアを先に開き、イルメラ大尉を、エスコートする。
そうして、二人は並びながら廊下を歩いて行ったのだった。
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