「クゥ~~」
「スピーー」
微かな寝息が、暗く冷たい地下防空壕の階段で聞こえる。
「呑気な奴らだ、これから洗脳改造室に連行されると言うのに…………」
「ハハッ! だな、全くガキの癖に帝国に逆らうから罰が下るんだ」
帝国兵である、トーテン・シェーデル・ゾルダート達。
彼等は、自分たちの背中で安らかに眠り続ける兄妹の寝息を聞くと、二人して呟く。
「おい、もうすぐ外だ…………そいつ等を背負ったまま、トラックにまで行ってくれよ」
「了解です」
「分かりました」
黒髪ワーウルフは、帝国兵たちに、安眠している子供たちを運ぶように頼んだ。
「明るいな?」
黒髪ワーウルフの言った通り、ナタンが上を向くと、白い光が見えた。
「白い光? 外は真っ白な世界か…………」
「それも、白銀のねーー」
階段上方を見た、ナタンは若干の眩しさを感じて、目を細めて呟く。
その直ぐ後ろを歩く、イラクリも同様に目を瞑って、歩いていく。
地下防空壕への入り口は開いているらしく、外からは冷たい風が少しずつ入り込んでくる。
「白銀か?」
一言呟いた、ナタンは心の中で暖かい春景色を思い浮かべる。
『…………白銀よりも青い空と明るい太陽の方が嬉しい…………それに溢れんばかりの緑が恋しいよ…………』
春の暖かさを思いだし、ナタンは冬景色を見て、もう見飽きたと感じる。
「ようやく外か」
そう呟きながらも、さっきから春の季節を懐かしんでいる、ナタン。
『…………生温かい風が吹かないかな? …………』
だが、ナタンが地下防空壕内から出てみると緩やかな坂があった。
そこを上がると、忌々しく感じる冬景色が入口の外側には広がっていた。
それに、冬の寒さと白い風景だけではなく、帝国軍兵士たちと装甲車両も多数あった。
さらに、周りは巨人の如く、聳え立つ、コンクリート・ビルに囲まれている。
ここは、どうやら広い駐車場の端らしく、辺りは雪に覆われていた。
コの字型に、周りを高層ビルに囲まれた、ここは、地下より空気は寒い。
『…………駐車場の真ん中に入り口があったのか…………』
ナタンは背後を見たが、そこに存在する光景は周りと同じく、高い青色のビルだ。
ビルを見れば、正面真下にある玄関手前に、地下防空壕の入口へ通じる坂があった。
「やっと、外に出られたな」
入り口から出たばかりのナタンは、外に広がる世界を見ると、不意に小さな声で呟く。
「急げ、二番隊に負傷者が出たぞっ!」
「三番隊は、捕虜を捕まえたそうだ」
「衛生兵っ!! 衛生兵は何処だっ!!」
「ドローン指揮車が破壊された、修理不能」
辺りは、騒々しく走り回っている、帝国兵達で一杯だった。
ナタンは、周囲で忙しそうに動く、連中の中に混じってしまおうかと考える。
そうすれば、どさくさに紛れて密かに消え去る事ができるからだ。
音もなく、また、気取られずに自然と姿を消す。
ここは見ての通り、戦闘による攻撃で、兵士達が慌てふためくほど、ひどい混乱振りだ。
今のナタンに取っては、正に打ってつけと言った状況なわけだ。
「負傷者を連れて来たぞっ!」
「手当てしなくては」
「早く台に載せろっ!!」
右側にあった、黒い軍用救急車の側で、オーガーが、帝国兵達を二名も担いでいる姿が見えた。
その側では、衛生兵らしき格好をした、リッチ達が、負傷者たちに駆け寄る。
「捕虜を回収してきた」
『…………アイツ等は? 向こうに行ったか…………』
一方、ともに階段を上がって来た、黒髪ワーウルフを含む帝国兵たち。
連中は、ナタンから遠く離れた場所に行ってしまう。
連中が向かった、駐車場・右側には、多数の軍用車両が並ぶ。
BMPー3装甲車とウラルー4320トラックが、一台ずつ横に並んで停車している。
その後ろには、三台のBRDMー2装甲偵察車が乱雑に集まって停車していた。
「ここは、ビル街だからな」
BMPー3装甲車とBRDMー2装甲偵察車の砲塔や銃塔は、斜め上に向けられている。
そして、敵の襲撃を警戒しているのか、左右上下に砲身や銃身を動かしている。
こう言った、奇襲を予測している軍用車両を見て、ナタンは呟く。
「レジスタンスとの戦いで、こうなったのか」
よく見れば、複数の軍用トラックやBTRー80が炎上したり、破壊された姿が確認できた。
駐車場・周辺に散らばる、それ等の残骸を見て、ナタンは呟く。
「温かいな…………」
未だ消火されておらず、燃え盛る炎がパチパチと音を立てる何らかのトラックだった残骸。
駐車場の左側で、姿が見えぬほど、激しく炎上する装甲車らしき物体だが。
それを目にすると、ナタンは何気なく近づいていき、様子を確かめる。
「テロリスト共め、奇襲を仕掛けてくるとは」
「次も、いつ仕掛けて来るか分からんなっ!」
燃え続けるトラックの側で、消火剤入りタンクを背負う、オーガー。
その後ろで、三つも消火器を背中に背負う、シュバルツ・リッター。
『…………この混乱振りなら楽に逃げられるな…………』
ナタンは走りだし、左側の方から駐車場を出て道路に向かって行く。
その間にも、帝国兵達は走り回っていたが、誰も、ナタンを気にしない。
何故なら、連中は負傷者や捕虜の後送を行わねば成らないからだ。
『…………これなら行ける…………』
ナタンは、歩道左側を進みつつ、道路の真ん中に目を向ける。
そこには、横転したまま荷台のキャリバーM50重機関銃を、空に向ける茶色い軍用車両がある。
アルメア軍を中心に、世界中で使用される、ハンヴィーがある。
また、紛争地帯でよく見かけ、レジスタンス達も頻繁に使うピックアップ・トラック。
ジューポン製、白色のトヨタ・テクニカルがあった。
「うぅ…………た、助けてくれ?」
『パンッ!』
「お願いだ、殺し…………」
「連れていけ」
路上でも、帝国兵達は戦闘の後処理を行うために、大忙しだ。
何故ならば、赤い血だらけの森林迷彩服を着たレジスタンス員達が、二名も居たからだ。
そして、横転していた、テクニカルの下敷きに成っていた、黒人レジスタンス員が撃ち殺された。
銃殺を行った、野戦帽を被る帝国軍下士官はMP5の銃口を下げる。
もう一人の白人レジスタンス員は、名誉ある死を望んだが、無情にも連行されてゆく。
下士官は、彼の願いを聞いたにも関わらず、銃殺しなかった。
その理由は単純であり、帝国側は戦力を強化するために、常に白人捕虜を求めているからだ。
「頼むっ! 俺を死なせてくれぇ~~!!」
『…………このままでは、彼も洗脳されてしまう…………だが、今は…………』
二名の帝国兵達から手錠を施されてしまい、連れて行かれる、白人レジスタンス員。
そんな彼を、遠目に見ている事しか、今のナタンには出来ない。
何度も目にした光景だが、やはり何時までも見ていては気分が悪くなる。
だから早く、自らの仲間の元を目指して進むべく、彼は顔を剃らして歩き出す。
『…………急ごうっ! メルヴェ達が心配だ…………』
前を向いた、ナタンは横転したままになっている、テクニカルの橫を通り抜けようと歩道を歩く。
「待て…………貴様っ? 何処へ行くっ!」
「いつ? っと…………」
背後から聞こえる、ドスの効いた、女性が発する低い声に驚いた、ナタンは振り返った。
急ぎ振り向いた、彼の眉間は細い杖によって軽く小突かれた。
そこに居たのは、女性士官だ。
彼女は、ラベンダーグレイ色ウシャンカ帽を被り、襟元が白色の黒いロングコートを着ている。
足には、黒い乗馬用ズボンと、黒いロングブーツを履いていた。
ペール・ホワイト・リリーとミルク・ホワイト色が混ざった、マッシュボブヘアは、微かに揺れる。
クラウドブルー色のアイシャドウが塗られた、ゼニスブルー色の丸い瞳は、かなり眼力がある。
プルンと膨らんだ、アクア・マリン色の唇は、怒りに歪んでいた。
『…………不味いな? …………』
見た目は美女だが、同時に魔女だと、ナタンに思わせる帝国軍の女性士官。
「お前は見ない顔だな、その真っ赤な血は何だ? 変装した、テロリストか?」
「い、いえ? 自分は…………」
フォイルスニェーク大尉から演奏指揮者の指揮棒《タクト》を向けられた、ナタン。
彼は、思わぬ質問に焦り、ただ慌てて答えに困るしかなかった。
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