『…………うーーん? うーーん…………』
簡易ベッドの上で、かなり苦しそうに魘されているラハーラー。
今の彼は、幼い子供姿で、暗く寒い地下室で、苦し気に身体を横たえていた。
だが、意識は中々寝つけず、逆に寝ようとすればする程に、昼間の事を思いだして、眠れなくなる。
さらに、今夜は無かったが、夜になると彼を養子に迎え入れた、男から受けた虐待が頭に浮かぶ。
奴から受けた数々の暴力、それを、どうしても思いだしてしまう。
「このウスノロがあぁっ!! 水も満足に酌めないのかああぁっ!!」
ラハーラーを引き取った、男は地元の有力者であり、彼以外にも、男児を数多く引き取っていた。
そんな奴であるが、今は幼い彼の失敗に対して、体罰で頭を拳骨《ゲンコツ》で叩いた所だ。
「オラッ! オラッ!! どうだ参ったか?」
何度も、繰り返し、ラハーラーの腹を思いっきり蹴りあげる男
普通ならば、こんな者は警察に捕まるか、正当な裁きが与えられるべきで有ろう。
真っ当な社会を維持する国なら、当然そうなるのであるが。
内戦が何時終わるとも知れぬ、生き地獄である、アフガネスタンは別だ。
男は、地元の有力者と言う地位に加え、アフガネスタン警察にも、強力なコネがある。
さらに、対テロ作戦を行うために駐留する、アルメア軍にも顔が効く。
奴は、多数の民兵を、自分が保持する私兵として雇っている。
警察も、彼による賄賂と男児を使った接待を受けており、多少の犯罪行為は黙認されている。
アルメア軍も、過激派テロリストよりは、ましだと考えて、奴を使っている。
それは、対テロ作戦には奴みたいな男の権力と、地元民兵による道案内など。
そう言った、支援が必然だから、多少の事には目を瞑り、黙るしかないと言うわけだ。
「ああっ? 署長、ようこそ、今日は誰を可愛がりますかな」
真っ暗な地下室に閉じ込められて、半ば監禁状態のラハーラー達。
彼等は、日が沈み月が天に上ると、夜の接待を、無理矢理に勤めさせられていた。
『…………こんな所は嫌だっ! 絶対に逃げ出してやるっ! …………』
そう胸に誓った、ラハーラーであるが、それは直ぐに実行へと移すことが出来た。
「大変ですっ! タリバ…………」
木製ドアを開いた、パコル帽を被った民兵の身体を、AK47が発射した弾丸が貫いた。
「ひぃぃぃっ! だっ! 誰かぁーー!! 助けてくれーーーー!?」
男の配下である民兵達と過激派テロリスト集団が、戦闘する激しい銃撃音が、木霊する。
その恐ろしい音が、ボロボロに穴が開いた玄関から聞こえてきた。
「うぇーーん、怖いよ~~!!」
「えへっ! え~~~~んっ!」
ラハーラー以外の男児達は、一瞬だけ目を丸くすると、すぐに恐怖で混乱してしまう。
また、外から聞こえてきた恐ろしい戦闘の音を聞いて騒ぎだし、涙を流して、五月蝿く泣き叫ぶ。
「アソコだ、アソコが司令部だあ~~撃てぇっ!!」
何処からか知らないが、シュポンッパシュッと、妙な音が、連続で地下室にまで聞こえてきた。
これが、いったい何なのか分からない、男児達は泣きながら怖いと思うが。
「うわぁぁっ!?」
それは、少し離れた位置から放たれた、RPGー7弾頭の発射音だった。
さらに、軽迫撃砲から放たれた、砲弾が着弾する音である。
当選だが、それ等は住居を破壊してしまい、男も瓦礫の下敷きにしてしまった。
「うわぁぁーー! 痛いよーー! 痛いよー!?」
「…………」
「うぁ? ぁ…………」
空から降ってきた、迫撃砲が発射した砲弾は、容赦なく男の自宅を破壊してしまう。
だが、同時に地下室を塞いでいた、ドアも破壊してくれた。
その室内に監禁されていた、不幸な男児たちには、様々な者らが存在した。
余りの痛みに凄まじい悲鳴を上げて、ただ泣き叫び続ける者。
もう助からない程に、全身負傷してしまって、苦し気に呼吸する者。
すでに、頭の半分を爆風に吹き飛ばされて、静かに事切れた者。
一見無事に見えるが、不自然に黙りこくり、瞳に光の無い、胸を貫かれた者。
こう言った男児が多かったが、一番奥の方で寝ていた、ラハーラーだけは運良く無事であった。
「怪我は無い?」
幸運にも負傷し無かった、ラハーラーは、この場所から逃げ出そうと走り出した。
「待ってよーー! 置いてかないでぇっ!?」
「ぐすっ! お兄ちゃ~~んっ!!」
彼を後ろから呼び止める、かつて仲間だった男児たちが叫ぶ声。
それに、一瞬一人だけ、逃げる罪悪感を感じた、ラハーラー。
だが、彼は同時に彼等の声が恐ろしく感じた。
それは、罪悪感だけではなく、既に死んだ両親から聞かされていた、話に登場する怪物たち。
即《すなわ》ち、毎晩荒野に現れる、精霊《ジン》の声みたいに思えたからだ。
アラビ地域より、さらに東方に位置する、中央アシュアの国アフガネスタン。
ここでは、死者の魂は荒野をさ迷う内に、悪霊のようになる。
また、凄まじく悪い精霊になると信じられていたからだ。
特に、悪人や悪い事をした者はだ。
もちろん、男児達は悪人ではないが、彼には精霊たちが呼んでいるように感じられたのである。
精霊と言うか、死者が呼ぶように感じたのも無理はない。
彼等は、もうすぐ逃げ出せず、砲撃により、瓦礫の下敷きになって本当に死んでしまうからだ。
「ごめんね…………」
そう一言だけ呟くと、ラハーラーは他の男児達を無視して、一気に走り出した。
彼は、恐怖と罪悪感で、胸が張り裂けそうになるのを感じたが。
彼等は、既に死んだような者で、悪い精霊と化していたと、何度も自分に言い聞かせて階段を登る。
「おおい、可愛がってやった事も有るだろう? 助けてくれ…………」
ドアごと破壊された壁を越えた所で、男が声を掛けてきたので、ラハーラーは左に振り向く。
「まだ、死んでないのか?」
ラハーラーが目を向けた先には、瓦礫の下敷きになっても、まだ生きていた男が倒れていた。
身体を負傷した訳では無さそうだが、奴に覆い被さる瓦礫を退かす事はない。
奴に凄まじい恨みのある、彼は即座に無視して、裏口へと向かう。
「なに? 今まで育ててやったのに…………クソガキがっ! 今に覚えてろっ!?」
五月蝿く騒ぐ男の声に、耳を貸すことは無いと思う、ラハーラー。
彼は、裏口から飛び出ると、眼前に広がる崖を目にした。
「死ねっ! 欧米帝国主義に手を貸した背信行為の報いは受けて貰うっ!!」
「アーラァー! ハックバルーー!!」
「ま、待て、話せば分かっ!? があっ!! …………」
二名のテロリスト兵により、男は身体中をAK47から連続発射された、弾丸に貫かれて絶命した。
「フン」
男が撃ち殺された様子を確認した、ラハーラーは崖下へと、一気に身を投げた。
テロリストに捕まってしまえば、男と同じく殺されるのか。
奴がしたような悪い事を、今度は連中から無理矢理されるだろう。
そう思えたからだ。
そこで、崖下に落下した彼は、空中をフワリと舞った後、固い地面に衝突してしまった。
こうして、彼の意識途切れた。
「ぬ?」
連続で聞こえる妙な音が、銃撃音かと思った、ラハーラーは、急いで重たい眼を開く。
すると、そこには、国境無き医師団のヘリコプターが空を飛んでいた。
「大丈夫かい?」
「もう安心だぞ」
辺りは、日が昇って朝になっており、彼を囲むように、アラビ人や白人の医療救急隊員が居た。
こうして、彼は悪夢から救われたが、今度は困窮する、NGOキャンプに身を寄せる事になる。
そこで、ラハーラーは欠乏する物資や衛生環境の悪さに苦しめられる。
しかし、とあるNGO組織の一つである、人権団体によって、彼はハンザに送られた。
「ハンザに行きなさい、彼処は天国だよ」
「君の身分は保証されるよ、移民するんだ」
NGO人権団体の職員から聞かされた話しでは、向こうは安全な場所だと言う。
また、近年の内戦により悪化した、アラビ諸国から難民などを保護している。
そして、そう言った人間たちを、ハンザ連邦合衆国が受け入れているらしいのだ。
移民と言う魅力的な話を聞いた、彼は己の幸せを掴むため、意を決した。
こうして、遠く離れた異国の地である、ハンザ連邦合衆国に向かうことに決めた。
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