「ここよ…………」
「ここですか?」
イルメラ大尉が示したのは、廊下最奥に位置するドアであり、そこをナタンは開いた。
彼より先に、部屋に入った、イルメラは目の前にある物に、視線を向けて微笑む。
「スワンツァ、E―スパイダー…………テロリスト達から入手した押収品よ」
「こんな物を…………」
そこには、青い四輪のATVが、一台駐車してあった。
かつて、フランシュ州の企業が開発・製造した物が、レジスタンス側に配備された。
それが、激しい戦闘の結果、帝国警察に滷獲されたわけである。
「これで帰るのね…………」
「何から何まで申し訳ない」
別れの時になり、名残惜しそうな表情を浮かべて呟く、イルメラ大尉。
怪我を治療しあり、移動手段まで提供してくれた彼女に、ナタンは感謝の言葉を述べる。
「いえ、私は貴方の味方よ、だから気にする必要はないわ…………でも、最後にまたキスをしてくれないかしら?」
「分かりました、私で良ければ…………」
最後の我が儘だと、イルメラ大尉はキスをせがんできたが、ナタンは快く引き受けた。
目を瞑り、短い間だけだが、キスをした二人。
その姿は朝から出勤する夫にキスをせがむ妻に見えなくもない。
「これで…………お別れね」
「はい、それではまた何時かお会いしましょう」
まだまだ一緒に居たいと言いたげな眼差しを向ける、イルメラ大尉。
彼女は柔和な笑みをナタンに向ける。
その笑みに、微笑みとともに、ナタンは言葉を返した。
彼は、スワンツァ、E―スパイダーに乗り込もうと車体に向って歩く。
「待ちなさいっ! もう一つ忘れ物をしているわよ…………」
「はっ! 何をっ!?」
たが、そこに急に真剣な顔付きとなった、イルメラ大尉。
彼女は、軍服のポケットから素早く拳銃を取り出した。
「何をって、コレは貴方の銃でしょ?」
「あっ! そうでしたね? と言うか、脅かさないで下さいよ…………」
イルメラ大尉の握った銃は、ナタンの愛用する銀色のMASー1935だった。
それを、彼女はそっと差し出す。
彼は、ビックリしたと抗議しながらも、愛銃であるMASー1935を受け取る。
「それじゃあ、今度こそ貴方とお別れだわ」
「心配しなくても、また直ぐに会えますよっ! それじゃあまたっ!」
イルメラ大尉による別れの言葉に、エンジンを始動させた、ナタン。
彼は、ゆっくりとスワンツァ、E―スパイダーを走らせ始める。
そして、彼女なズボンのポケットから車庫を開く、リモコンを取り出した。
彼女は、帰投する彼を送り出すべく車庫のシャッターを開く。
天井に向かって開かれて行く、シャッター。
そこから、ナタンが操縦するスワンツァ、E―スパイダーは外へと出発した。
「マイヒーロー…………♡」
その後ろ姿を、吐息を吐きながら見送った、イルメラ大尉であったが。
彼女の後ろにあるドアが開かれて、すぐに部下が三人も現れた。
一人はグールであり、黒い軍服に野戦帽を被っていた。
後の二人は黒い軍服と防弾ベスト、フリッツ・ヘルメットを被っている、警察隊員だ。
「大尉、宜しいので? 奴はレジスタンス側のスパイでは…………」
「いいえ? 彼は、こちら側のスパイよ…………だって、あの銀色の拳銃は私を守ってくれた時に見たんですもの…………」
副官グールは、ナタンの正体をレジスタンス員ではないかと怪しむ。
だが、イルメラ大尉は、それを否定する。
彼女は、レジスタンス達に襲撃された際に見たのだ。
光を反射した、銀色の拳銃MASー1935を。
これは珍しく、滅多に、お目にかかる事がない。
だから、イルメラ大尉は、ナタンを自分達の仲間だと確信していた。
「貰ったのは良いけど、何処に向かうかな?」
街中を爆走する、ナタンの載った、スワンツァ、E―スパイダー。
その車体は、路上に積もる雪を、踏み潰しながら進む。
轍を作り、走り去る車体・両脇には、大勢の帝国軍兵士たちが映る。
彼等は、ナタンとスワンツァ、E―スパイダーに目を向けていた。
『止まれっ!』
拡声器から聞こえてきた声に従う、ナタンは、スワンツァ、E―スパイダーを検問所の前で停めた。
そこには、灰色の二つある四角い柱みたいな建物が両脇に立つ。
それぞれ、小さな建物の中には、帝国軍兵士たちが立っていた。
その周辺にも、何人か帝国軍部隊が警戒に当たっている。
彼等の中には、特に目立つ兵士が、二名存在した。
「何処に行くんだ? 身分証を見せろ」
「身分証を…………」
近付いてきた、中世の魔法使いと言った格好をした、女性兵士。
丸木弓を構える、耳の尖った青い迷彩服を着ている女性兵士。
彼女たちを、ナタンは眺める。
「身分証ね? 参ったな? 何処に仕舞ったか…………」
真っ白な外はねショートヘアの女性兵士は、黒い尖り帽子を被っている。
銀縁眼鏡をかけた、グレーの深い瞳と、ブルーグレーな唇は落ち着いた印象を受ける。
また、服装は、黒い軍服の上に、青いローブを羽織っていた。
脚には、黒いロングスカートを履いている。
右手に黒い魔導杖を握る姿は、正に、ファンタジー・ゲームに登場する魔法使いだ。
丸木弓の女性兵士は、頭髪を、プラチナカラーのポニーテールにしており、非常に美しかった。
彼女は、ブルガリヤ軍の迷彩服を着ており、黒いマントを羽織った背中に、黒く丸い矢筒を背負う。
しかし、なんと言っても目を引く物は、彼女の棘みたいに尖った、三角形をした両耳だろう。
その容姿から察するに、彼女は異世界から連れて来られた、エルフだと思われる。
「どこにしまったかな…………」
ファンタジー世界の住人を前にして、身分証を持っていない、ナタンは焦る。
目の前に立つ、ファンタジー世界の住人達。
彼等も、帝国が占領した何処かの世界から連れて来られたんだろうか。
しかし、彼には、二人の容姿と格好に見とれている暇はない。
「あれれ…………おかしいな?」
「おかしいのは貴様だっ!」
「まさか、お前はっ!」
急ぎ、身分証のことを、ナタンは誤魔化せねばならないが。
それを持ってない彼は、必死で誤魔化そうと、頭をフル回転させる。
その努力も空しく、魔法使いとエルフ達は、彼を怪しむ。
そして、魔導杖と丸木弓が、ナタンの顔に向けられた。
「まっ待て、俺はスパイじゃ?」
「敵襲だぁーーーー!?」
自らに向けられた武器と、二人が放つ、疑惑と殺意のこもった視線。
それを、ナタンは何とか回避しようと言い訳をしなければ命が危ないと思った。
だが、いきなり正面にある検問所よりも、向こう側から、帝国軍兵士たちの大声が聞こえてきた。
「何事だっ!?」
「テロリスト達が、奇襲攻撃を仕掛けてきましたっ! しかも、連中は我々と同様に、ぐあっ!?」
魔法使いが、走ってきた部下に対して、すぐさま報告を命じた。
しかし、部下である、トーテン・シェーデル・ゾルダートは背後から頭部を撃ち抜かれてしまった。
彼は、前のめりに倒れる。
「テロリスト風情がっ! よくもやっ!?」
「危ないっ!!」
「うわあぁっ!」
魔法使いは遠くから放たれた機銃弾に撃たれそうになったが。
間一髪で、飛び出した、ナタンが体を押し倒したので彼女は助かった。
一方、機銃弾などを避けるべく、エルフの方も、素早く地面に伏せた。
そのお陰で、銃弾が肩を掠りはしたが、何とか軽傷で済んだようだ。
「危なかったな?」
「…………ちょっと、いつまでも何処を触っているのよ…………」
魔法使いを押し倒したまま、ナタンは遠く街中の彼方此方《あちらこちら》から放たれる銃弾の射手を探すが。
その下で、仰向けに倒れた、魔法使いは恥ずかしそうに視線を剃らしていた。
その理由だが。
ナタンが助けるために出した右手が、彼女の左胸を揉んでいたからだ。
また、左手はスカートの股部分を覆うように触れていたからでもあった。
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