崩壊した監視塔だった、コンクリートの山陰から、レギナは密かに戦闘している様子を伺う。
自動小銃が連射される音や、汎用機関銃が何度も弾丸を放ち、狙撃銃の引き金が何度も引かれる。
こうして、様々な射撃音と怒号や悲鳴が、巨大な刑務所内に木霊していた。
「ここなら安全ね…………」
一人つ呟くレギナだが、刑務所内での争乱が収まる気配はなく、気は抜けず体も脱力させられない。
彼女は、ミアとベーリット達の様子を密かに伺いつつ、身を潜めて戦闘状況を観察した。
「安全な訳ねぇだろうがっ!!」
「きゃっ!」
その時、レギナの背後から両手斧を手にした、囚人が襲いかかって来た。
突然の奇襲に、レギナは思わず、WIST《ヴィス》ー94Lを抜き取ると、直ぐさま発砲する。
「ぐあ…………て、帝国軍めっ! ぅ…………」
腹を撃ち抜かれた囚人は、そう言うと、力なく真後ろに倒れてしまった。
「て、てて? 帝国って、私はレジ…………!?」
そこで始めて、レギナは自分の服装が真っ黒い事に気がついた。
ここで彼女は、ようやく自分が帝国警察隊員の制服を着ている事に目を疑った。
「はぁーー? これも、きっと連中の悪い冗談ね?」
「あそこに居たぞーー!!」
「女一人だっ!!」
「ひひっ! やっちまえ~~~~!」
レギナが、一人で呟いている間に、彼女を発見した囚人たちが、刑務所の塀から飛び降りてくる。
「うらーーーー!」
「ウヒヒィ~~!!」
塀から飛び降りず、拳銃を撃ってくる者や、下卑た笑みを浮かべて走ってくる囚人二人。
囚人の内、片方は凶悪な顔つきをした黒人で、レンチを握っている。
もう片方は、アシュア系の囚人で、ニヤついた顔しながらロープに巻き付けた石を振り回す。
「う…………こっちに、くんなってのっ!」
「うっ! …………」
「があっ!?」
「うげーー!!」
レギナが、放った正確な射撃は、まず先に塀の上から撃ってきた囚人を撃ち落とした。
そして、一人目が雪の積もった地面に落ちた後、残る二人も体を撃ち抜かれる。
黒人の方は頭を撃たれ、アスア系は胸に穴を明けられてしまった。
「これは、悪夢ね…………!?」
今の戦いで疲れる間もなく、レギナが見ている前で、今度はコンクリート塀が吹き飛ぶ。
それと同時に、一台のトヨタ・テクニカルが刑務所内に侵入してきた。
「帝国兵を蹴散らせっ! 自由のために、囚人解放のためにっ!」
「突撃ぃーーーー!!」
「行け、行け~~~~~~!」
トヨタ・テクニカルは、レギナを見つけると、当然だが車載された、二連対空機銃を撃ってきた。
また、車両から飛び降りた兵士を含め、開いた塀の穴から続々と敵が刑務所内に入ってくる。
「ゲッ!? コイツら、囚人よりヤバいじゃないっ!!」
対空関銃である、二連結された水冷式PM1910マキシム。
この銃は、レギナが走る後を追うように銃弾を途切れなく放っていく。
「はぁ? はぁ? 何とか、こっちにくれば…………」
レギナを撃っているのは、対空機銃化されたPM1910だけではない。
囚人らとは違って、重武装で身を固めた連合軍の兵士たちも銃を撃つ。
レギナが、監視塔の残骸・反対側に隠れている間、自動小銃や分隊支援火器も、彼女を狙う。
そうして、カンカンッと鉄柱に弾丸が当たる金属音が辺りに響く。
「レギナ、こっちまで下がって来てっ!」
「もう、こっちは安全よっ!」
まるで、悪魔の誘惑や囁きみたいに感じる、ベーリットとミア達による声だが。
見ると、彼女たちが今まで戦っていた場所には、黒い輸送用トラック、イェルチ600がある。
それらは、隙間なく二台前後に並んでおり、バリケードの役割を果たしていた。
また、車両のタイヤはパンクしており、下から敵がくる心配はない。
塀の上も、炎上しており、そこからは敵が来られなくなっていた。
「行くワケないでしょっ! アンタらは敵よっ!」
「レギナ、早く来ないと死ぬわよっ!!」
「今は戦場に居るのよっ! それに貴女は私達の味方でしょっ!」
ここが、電脳空間内に作られた洗脳目的の箱庭であると、分かっているレギナは二人に叫ぶ。
そんな彼女を、心配するベーリットとミア達は、早く此方に来てほしいと言う。
「そっちに行くんだったら、自分で決着を着けるわあぁぁっ!!」
そう叫びながら、レギナはWIST《ヴィス》ー94Lを額に当てながら引き金を引いた。
「うぁっ!?」
しかし、引き金を引いた瞬間にちょうど良く、敵の砲撃が降り注いだ。
これにより、レギナの自決は失敗に終わってしまった上に、彼女は爆風で吹き飛ばされた。
「…………ったた? う?」
爆風により、ミアとベーリット達よりも、レギナは少し後方へと飛ばされていた。
また、砲撃で吹き飛んだ地面の穴に彼女は運よく落ちた事で、敵による銃撃を受けずに済んでいる。
「…………レギナッ! 今の貴女は、帝国警察の一員なのっ!」
「そうっ! だから、ボサッとしていると死ぬわよっ!」
「…………うるさいっ!! 私は自由に死にたいのっ!!」
ベーリットが真剣な顔をしながら叫び、ミアは敵に対して、二丁拳銃を撃ちながら怒鳴る。
だが、レギナ当人は再び額に拳銃を当てながら目を瞑って怒鳴る。
レジスタンスの一員として、まだ彼女は自決する気だ。
最も、自決したところで、このVR訓練用に作られた、ゲーム世界からは抜け出せない。
もし、死んでも何事もなかったかの如く、生き返らされるだけだ。
戦争ゲームのリスタート地点から、やり戻される事と同じようにだ。
「うげ…………さっきの?」
「うわっ! 連中が攻めて来たわっ!」
「このままじゃ負けちゃうわっ!」
先ほど、レギナを狙っていた、対空機銃を積んでいた、トヨタ・テクニカルが走ってきた。
それも、大量の7、62ミリ弾を、凄まじい勢いで、バラ撒きながらだ。
ベーリットとミア達は、ここで敵を食い止めんと必死で反撃する。
「何とか、足止めしないとっ!」
「そうよ、食い止めないとっ!」
ミアは両手のステアーGBとステアー・ハーン・ドッペルを撃って、敵を足止めする。
ベーリットも、敵を牽制すべく、AGー3を走って来る兵士に向けて狙い撃つ。
「アレは厄介だわ…………ここで、仕留めてやるわよっ!!」
「うっ! 殺ら…………」
大型タイヤの裏から、ベーリットはAGー3を撃ち、対空機銃PM1910の機関銃手を撃った。
「火力を途切れさせはしないっ!!」
「行けーー! 敵は三人だっ!」
「やってしまえっ! 数で押しきるんだっ!」
倒れた機関銃手に変わって、別の兵士が荷台に飛び乗り、対空関銃を撃ち始めた。
それに加え、まだまだ自動小銃を撃ちながら、他の兵士たちも突撃してくる。
さらに、囚人たちも、銃や鉄パイプを持ちながら、さながらゾンビのように向かってくる。
こうして、色んな武器を持った敵が、何処からでも無限に涌き出てくる。
「…………これは、悪夢よ? 私はレジスタンスだわっ! 最後まで諦めないし…………今度こそ終わらせるわっ!」
余りに敵が多く、また悪夢の洗脳用に作られた世界に耐えられなくなった、レギナ。
彼女の周囲では、数えきれないほどの敵が集まっていた。
その目つきは、まるで理性を失った獣みたいに凶悪だった。
ミアとベーリット達が、何とか現れる囚人や兵士たちを倒している姿が見える。
しかし、このVR世界は彼女にとって、地獄のような場所だった。
悪夢に支配された箱庭で、彼女は味方から警察隊員と見なされた事で、孤独と絶望に包まれていた。
しかし、彼女の心には、まだ微かな希望が残っており、卑劣な帝国に立ち向かう覚悟を決めた。
それは、またもや自決する事で、全てを終わらせようとする算段だった。
こうして、彼女は、自らの顎《あご》にWIST《ヴィス》ー94L拳銃を当てて、遂に引き金を引いた。
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