二つの箱を積んだ、カートを押して、三番トイレを目指す、ナタン。
彼は、暖炉のように、暖かみがある薄明かりが漏れる部屋に注意を向ける。
「…………誰かが話をしているようだ? …………」
ナタンは、その部屋から聞こえてきた話し声に、耳を傾ける。
会話内容は、どうせ現在の情勢を、レジスタンス達が、仲間と話しているんだろう。
と思うが、誰が何を話しているのか、彼は少し気になり、聞き耳を立てることにした。
「なぁ? 近々大規模な反攻作戦が、アラビャ地域で開始されるらしいぜ?」
「本当なのか? 連合軍の奴等が、あの洗脳改造人間どもに勝てるのかよっ!」
「勝てるわけ無いわよ、どうせヴァース南部の国民の士気を高める為のデタラメでしょう?」
「いや? 彼の言っている話は本当だっ! 噂によると、ノルデンシュヴァイクの奴等の収容所から逃げてきた奴や生体技術を奪取するのに特殊部隊が成功したらしい」
ナタンが、聞き耳を立てる部屋からは待機している、レジスタンス達の声が聞こえてきた。
その会話内容は、希望が持てる内容だった。
それは、ようやく連合軍が大規模な反攻作戦を展開すると言うのだ。
だから、レジスタンスとして、帝国と戦い続けている彼が、大きな期待をするのも無理はなかった。
「その話しは本当かよ、じゃあ何だ? アレかっ! ゾンビ兵見たいな奴とか魔法使いとかが遂に此方の陣営にも出てきたっ事か?」
「どうやらその様だ? 詳しい話は分からないが、既にアフレアからアラビャ、東南アシュアでは帝国軍と帝国警察を蹴散らしたらしい?」
彼等、通路を並んで歩く、レジスタンス達は楽しそうに話す。
連合軍が、改造兵の作成技術を手にいれて、魔術兵や吸血鬼兵を、戦線に投入可能となった。
ヴァース諸地域で、連合軍が巻き返しを計り、その作戦が、概ね成功していると知った、ナタン。
彼は、それが本当のことか、誰かが勘違いした話かは分からない。
だが、もし本当だとしたら、とても嬉しい事だと思う。
「…………これでノルデンシュヴァイクを倒して…………」
「よぉ~? ノルデンのスパイさんよ、欲しい情報は盗み出せたか?」
ナタンが聞き出した、情報内容を喜んでいると、いきなり背後から野太い男性の掛け声が聞こえた。
直後、すばやく銃の安全装置を切り替える音が聞こえた。
「違っ!? 僕はスパイじゃ! って、何だよ? ウェストじゃないか…………」
「ははははっ! 驚いたか? ナタン、スパイに間違われる様な紛らわしい事は、するなよなっ?」
背後から声を掛けた、レジスタンス員の正体は、なんと大柄な黒人男性ウェストであった。
彼は、ナタンを驚かすために、悪戯をしてきたのだった。
「お前の後ろ姿を見つけたのが、俺だから良かったんだぞ? 他のレジスタンスの奴なら、今頃お前の体は銃で撃たれて、穴と血だらけになっていたぜ?」
「はぁ~~? だからって脅かさないでくれよ、ちゃんと名前を呼んでくれたら驚かなくて済んだんのに…………」
ウェストは、先程は悪戯が成功して、嬉しそうに笑っていた。
だが、今度は真剣な表情と眼差しで、ナタンを見つめて、説教を始める。
「そう言うなって、歳上の言う事はちゃんと聞くもんだぜ? 俺は常に命令と信念に忠実に従ったから今日まで生き残って来たんだっ! だから、あの時…………お前達を助ける事も出来たんだ」
「そうだね? ウェスト…………あんたが居なかったら僕等も今頃は、僕もメルヴェも天国に居るか、ノルデン帝国の兵隊になっていたかも知れないもんな?」
ウェストは、過去の開戦時期に起きた出来事などを思い出す。
彼は、この星に帝国が侵攻を開始した時に、休暇でハンザに旅行に来ていた。
そこで、難民と左翼からなる暴徒と、ノルデンシュヴァイク帝国軍との戦闘が、偶発的に発生した。
そんな中、必死で生き残るため、彼はベルギュー州軍部隊と共に行動していたのだ。
その際、偶然にも瓦礫の下に埋もれていた、少年少女を見つけて救助した。
その少年と少女たちこそ、ナタンとメルヴェ達である。
「ナタン…………信念を曲げるな、俺は祖国アルメアでも、お前達を助けるまでの道程でも嫌な物を見てきた、そいつは差別がどうとか、平和がどうとか言う連中だ…………」
ウェストは、強い意思が宿った視線を、ナタンへと向け、自らの胸中を語る。
それは、アルメア合衆国所属の保守派・黒人兵士として見てきた光景だ。
祖国では、かつて、マスメディアを牛耳って居た左翼が嘘を垂れ流す。
また、差別だ何だとばかり、騒いでいた、黒人やアラビ人に対する怒りと失望であった。
「奴等が確りして文句を言わずに働いていたなら? 女性や子供に暴力を振るわなければ…………そこを帝国に付け入られる事も無かっただろうに…………」
「…………」
自らの胸中をさらけ出した、ウェストは強い印象を与える、視線を下に向ける。
それから、何かを悟ったかの如く、哀しい表情となる。
彼の表情を見た、ナタンは何も言えずに沈黙してしまう。
「とっ! こんな暗い話をしたって仕方が無いよな…………俺はこれから明日の仕事の準備がある、ナタンお前も真面目に仕事をしろよ? じゃあな」
「あっ! ウェスト…………」
兵士として、人として、ウェストは説教を話したが、まだ仕事が残っていた事を思い出した。
それにより、離れていく彼の後ろ姿を見送った、ナタンは一人ぽつんと立ちながら呟く。
「何だよ、説教なんか言いやがって?」
ナタンは踵を返し、カートを押して、目的の場所である、三番トイレまで行こうとする。
そして、彼は歩きながら考える。
「…………ウェストの言うことも一理有るんだよな? だって、本当に難民達が暴れたり左の人達が生活保護を無駄に与えなければ帝国は? 来なかったんだ…………今更それを考えたってしょうがないけど…………」
ナタンも、ウェストの考えに賛同していおり、カートを押しつつ歩きながら色々と思ってしまう。
また、暗い通路を進む間中、さまざまな思いが胸の内を巡る。
「…………もし? アラビ・北アフレア・中央アシュア地域で紛争が無け…………いや? 少なくとも終わっていれば…………そして大人達が皆一丸と成って? あのエイリアン達と戦えばっ! 歴史は変わっていただろう? こんな事考えとも仕方無いか? でも何時も考えてしまうんだよな…………」
通路を進む暫くの間、長い考えごとをしていた、ナタン。
そして、彼は暗い通路の角を曲がると、ついに三番トイレにたどり着いた。
その場所だけは、蛍光灯が光輝いており、遠目でも、トイレだと分かる様に成っていた。
「そりゃあ? トイレが暗かったら、不気味だもんな」
そう呟きつつ、白く明るいトイレの中に入って行く、ナタン。
彼は歩いて奥に向かうが、やはり、そこには誰も居なかった。
試しに、四つ並んだ個室トイレのドアを拳で、コンコンと叩くが。
壁の向こう側からは返事は無く、ここにも誰も居なかった。
「女性トイレの方かな?」
誰も存在しない男性トイレで、このまま人を探しても仕方が無いと思った、ナタン。
彼は、一旦トイレを出ると、女性トイレの方へと声を掛けようとする。
「おっ! 今来たのか?」
「私達の道具は貴方が持って来たのね?」
声を出そうとした、ナタンの背後から男女二名が声をかけてきた。
声に反応した、ナタンは驚きつつ男女二人の方へと振り向く。
そこに居たのは、背丈が彼と同じくらい高く、また若い男性であった。
もう一人は、艶の有る黒髪を、ショートヘアーにした、女性だった。
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