兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第ニ十ニ話 星焔の共鳴②

公開日時: 2020年11月12日(木) 16:30
文字数:1,346

「失いたくない」


上手く身動きの取れない望の頬を、涙が一筋だけ伝い落ちる。


「みんなを守りたい……!」


息も絶え絶えの望は、地べたに這いつくばった。


みんなを守る力がほしいーー。


それは願っても届かない。

望のスキルは、一度きりしか使えない。

そして、そのスキルはもう愛梨に使ってしまっている。

だけど、望は必死に倒れている花音達のもとへと進んでいった。

戦う術はないのかもしれない。

ボスモンスターを倒す方法なんて分からない。

それでも望は諦めなかった。


『……『魂分配(ソウル・シェア)のスキル』』


不意に愛梨の声が聞こえた。

それは望を介し、望の意味が付与された愛梨の声。


「俺はーー俺達は諦めない!」


顔を上げた望は、胸に灯った炎を大きく吹き上がらせた。

眼前に迫った黒き光を前にして、望はこの世界で、たった一つだけの自身のスキルを口にする。


『魂分配(ソウル・シェア)!』


そのスキルを使うと同時に、望の視界は靄がかかったように白く塗り潰されていく。

身体の感覚も薄れて、まるで微睡みに落ちるようだった。


ーー何だか、愛梨と入れ替わる時みたいだな。


遠くなる意識の中、望はただ、そう思った。

そして、望の意識が途絶えたーーその瞬間、望の身に変化が起きる。

光が放たれると同時に、腰まで伸びた透き通るようなストロベリーブロンドの髪がたなびく。

病的なまでに白い肌。

穢れなき白を基調したドレスは、愛らしいフリルと金糸の刺繍で上品に彩られている。

まるで物語の中の眠り姫のような出で立ちに、一目で人を惹き付けるほどの美貌。

光が消えると、そこには望ではなく、愛梨が立っていた。


『……仮想概念(アポカリウス)』


その声は、静かに場を支配した。

空気が変わる。

愛梨は甘く冷めた表情のまま、自身のスキルを用いて眼前に迫っていた黒い光を消滅させた。


「ーーっ!」


想定外の光景を前にして、有は思わず刮目してしまう。

手で打ち払ったり、武器を用いて、ボスモンスターの攻撃を跳ね返したわけではない。

愛梨は文字どおり、自身のスキル名を口にしただけで、その攻撃をなかったことにしてしまった。


「ど、どういうこと? 望くんが知らない女の子に変わったよ?」

「……愛梨が、どうしてここにいるんだ?」


花音の疑問に捕捉するように、奏良は虚を突かれた表情でつぶやいた。


「えっ? あの子が愛梨ちゃんなの?」

「…………っ」


花音がたじろぎながらも率直な感想を述べると、有達の存在に気づいた愛梨は息を呑み、驚きを滲ませる。


「あの、愛梨ちゃん」

「ーーーーーーっ!」


花音が傷ついた身体を起こして声をかけると、後ずさった愛梨は声にならない悲鳴を上げる。


「妹よ、何が起きたんだ?」

「愛梨!」

「……だ、誰」


花音だけではなく、有と奏良まで近づいてくると、愛梨は怯えたように遺跡の物陰に隠れる。


「お兄、ちゃん、徹くん、どこ?」


愛梨は耳を塞ぎ、小さな肩を震わせて、まるで瞳に映る全てのものを否定するように深く俯いていた。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


その時、愛梨の存在に気づいたボスモンスターが跳躍し、一気に愛梨に迫る。


「愛梨に手を出すな!」


奏良は愛梨の前に立つと、絶え間なく弾丸を撃ち、ボスモンスターの気を逸らそうとする。

数十発の風の弾がボスモンスターの顔面に衝突し、大きくよろめかせた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート