「失いたくない」
上手く身動きの取れない望の頬を、涙が一筋だけ伝い落ちる。
「みんなを守りたい……!」
息も絶え絶えの望は、地べたに這いつくばった。
みんなを守る力がほしいーー。
それは願っても届かない。
望のスキルは、一度きりしか使えない。
そして、そのスキルはもう愛梨に使ってしまっている。
だけど、望は必死に倒れている花音達のもとへと進んでいった。
戦う術はないのかもしれない。
ボスモンスターを倒す方法なんて分からない。
それでも望は諦めなかった。
『……『魂分配(ソウル・シェア)のスキル』』
不意に愛梨の声が聞こえた。
それは望を介し、望の意味が付与された愛梨の声。
「俺はーー俺達は諦めない!」
顔を上げた望は、胸に灯った炎を大きく吹き上がらせた。
眼前に迫った黒き光を前にして、望はこの世界で、たった一つだけの自身のスキルを口にする。
『魂分配(ソウル・シェア)!』
そのスキルを使うと同時に、望の視界は靄がかかったように白く塗り潰されていく。
身体の感覚も薄れて、まるで微睡みに落ちるようだった。
ーー何だか、愛梨と入れ替わる時みたいだな。
遠くなる意識の中、望はただ、そう思った。
そして、望の意識が途絶えたーーその瞬間、望の身に変化が起きる。
光が放たれると同時に、腰まで伸びた透き通るようなストロベリーブロンドの髪がたなびく。
病的なまでに白い肌。
穢れなき白を基調したドレスは、愛らしいフリルと金糸の刺繍で上品に彩られている。
まるで物語の中の眠り姫のような出で立ちに、一目で人を惹き付けるほどの美貌。
光が消えると、そこには望ではなく、愛梨が立っていた。
『……仮想概念(アポカリウス)』
その声は、静かに場を支配した。
空気が変わる。
愛梨は甘く冷めた表情のまま、自身のスキルを用いて眼前に迫っていた黒い光を消滅させた。
「ーーっ!」
想定外の光景を前にして、有は思わず刮目してしまう。
手で打ち払ったり、武器を用いて、ボスモンスターの攻撃を跳ね返したわけではない。
愛梨は文字どおり、自身のスキル名を口にしただけで、その攻撃をなかったことにしてしまった。
「ど、どういうこと? 望くんが知らない女の子に変わったよ?」
「……愛梨が、どうしてここにいるんだ?」
花音の疑問に捕捉するように、奏良は虚を突かれた表情でつぶやいた。
「えっ? あの子が愛梨ちゃんなの?」
「…………っ」
花音がたじろぎながらも率直な感想を述べると、有達の存在に気づいた愛梨は息を呑み、驚きを滲ませる。
「あの、愛梨ちゃん」
「ーーーーーーっ!」
花音が傷ついた身体を起こして声をかけると、後ずさった愛梨は声にならない悲鳴を上げる。
「妹よ、何が起きたんだ?」
「愛梨!」
「……だ、誰」
花音だけではなく、有と奏良まで近づいてくると、愛梨は怯えたように遺跡の物陰に隠れる。
「お兄、ちゃん、徹くん、どこ?」
愛梨は耳を塞ぎ、小さな肩を震わせて、まるで瞳に映る全てのものを否定するように深く俯いていた。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
その時、愛梨の存在に気づいたボスモンスターが跳躍し、一気に愛梨に迫る。
「愛梨に手を出すな!」
奏良は愛梨の前に立つと、絶え間なく弾丸を撃ち、ボスモンスターの気を逸らそうとする。
数十発の風の弾がボスモンスターの顔面に衝突し、大きくよろめかせた。
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