不可解な空気に侵される中、花音は驚いた様子で、徹に疑問を投げかける。
「でも、リノアちゃん。まだ、目覚めていないから、ログイン出来ないはずだよ?」
「美羅を宿したリノアは、虚ろな生ける屍になっている。望か、愛梨がそばにいないと目覚めることはない。だから、『レギオン』は、病院の医療機材を使って、強制的に『創世のアクリア』のプロトタイプ版へとログインさせているんだ」
「……私か、望くんがそばにいないと目覚めない」
徹が語る真実を、愛梨は噛みしめるように反芻する。
ただ、今は、濁流みたいに押し寄せてくる感情に耐えるだけで精一杯だった。
世界の根源へと繋がる話に、有はふと座りの悪さを覚える。
「徹よ。それはつまり、リノアが入院している病院の中に、『レギオン』と『カーラ』の関係者がいるということだな」
「ああ。リノアが入院している病院の医師の一人が、先程、遭遇した吉乃信也だ」
「リノアは、現実世界でも仮想世界でも、『レギオン』と『カーラ』の手の内にあるということか。特異点である美羅と同化したリノアが、全ての基礎になっている。彼女が敵の手中にある状態で、どこまで『レギオン』と『カーラ』と渡り合えるのか、判断がつかんな」
徹の説明に、奏良はプラネットが用意してくれた紅茶を口に含むと、疲れたように大きく息を吐いた。
「有、これからどうするつもりだ? 『アルティメット・ハーヴェスト』とはコンタクトを取った。このまま、王都『アルティス』の様子を見に行くのか?」
奏良が促すと、有の表情に明確な硬さがよぎる。
「いや、王都『アルティス』の様子を見に行くのは、別の日に改めるつもりだ」
「そうだね。そろそろ時間も遅いし、王都『アルティス』に赴くのは次の機会にした方がいいね」
「うん」
「そうですね」
有の母親がインターフェースで表示した時刻に、花音とプラネットは視線を向ける。
「愛梨。これからは、いつもどおりの時間で過ごせるな」
「……うん。徹くん、ありがとう」
徹の気遣いに、愛梨は花が綻ぶように無垢な笑顔を浮かべた。
「愛梨ちゃん、良かったね」
「花音、ありがとう……」
花音の励ましの言葉に、愛梨は胸のつかえが取れたように微笑む。
「あっ……」
しかし、これからの方針が纏まったタイミングで、突如、愛梨に異変が起きる。
「愛梨ちゃん、大丈夫?」
「……っ」
花音が疑問を口にしたその瞬間、表情を強張らせていた愛梨の身に変化が起きた。
光が放たれると同時に、ストロベリーブロンドの髪の煌めきが飛散し、光芒が薄闇に踊る。
光が消えると、そこには愛梨ではなく、望が立っていた。
「ーー愛梨から、もとに戻ったのか?」
意識を取り戻した時、望はすぐに自身の身に起きた違和感に気づいた。
先程まで自身の特殊スキルにより、愛梨と入れ替わっていたはずなのに元の姿に戻っている。
周囲を見渡すと、望の視界には見慣れたギルドホームが広がっていた。
「望よ、もとに戻ったのか?」
「マスター!」
望の姿を見て、有とプラネットは明確な異変を目の当たりにする。
「望。おまえに戻ったのか……」
方針が定まった後、愛梨に話しかけようと考えていた奏良は落胆した声でつぶやいた。
「とりあえず、俺が語れるのはここまでだな」
徹は考え込む素振りをしてから、改めて望達を見据える。
「シルフィ、ありがとうな」
「うん。徹、また、呼んでね」
徹が呼び出したシルフィが消えると、街の賑わいが再び、戻ってきたのだった。
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