「この先に、牢獄があるのか。また、トラップが仕掛けられている可能性が高いな」
「そうだな」
「そうだね」
奏良の思慮に、望とリノアは自分と周囲に活を入れるように答える。
奏良は風の魔術を使い、新たな弾に魔力を込めていった。
弾の外殻が次々と変色していく。
その様子を眺めていた花音が、興味津々な様子で尋ねた。
「その、スキル。また、私の鞭に使えないかな?」
「恐らく、使えるだろうな」
「わーい! 風の魔術による付与があるなら、すごい連携攻撃が出来そうだよ!」
曖昧に言葉を並べる奏良をよそに、花音はぱあっと顔を輝かせる。
体力を回復させた後、有達は牢獄があるフロアへと赴いた。
「「あのモンスターは……!」」
牢獄への入口に立っているモンスター達を目にした時、言い知れない戦慄が望達の全身を駆け抜けた。
黒い牛のような巨体。
冷酷な光を称えた両眼は鬼火のように輝き、厚い鱗に覆われた全身には力が漲っている。
「どうやら、このフロアを守るモンスターのようだな」
有は固唾を呑む。
今まで戦ったどのモンスターとも異なる凄まじい殺気に、望達は背筋が凍るような悪寒を感じていた。
それは、信也が予め配置した牢獄を守る『ベヒーモス』の群れだった。
「わっ! お兄ちゃん、前に戦ったベヒーモスがたくさん出てきたよ!」
「ベヒーモスは、『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』の第ニ十一層を守っていた中ボスだったはずだ」
目の前に迫ってきたベヒーモスの大群に、花音が怯えたように有の背後に隠れる。
「中級者用ダンジョンに、上級者用ダンジョンの中ボスを配置している。しかも、複数か。あり得ないな」
「俺達の動向はお見通しみたいだな」
「……不気味だな」
奏良と徹の懸念に後押しされるように、勇太は戦慄した。
「と、とにかく、行くよ!」
率先して先手を打った花音は身を翻しながら、鞭を振るい、ベヒーモス達を翻弄する。
風の魔術による付与効果の影響で、鞭は舞い踊るように技を繰り出す。
「喰らえ!」
そのタイミングで、奏良は距離を取って、続けざまに四発の銃弾を放った。
弾は寸分違わず、ベヒーモス達の頭部に命中する。
しかし、HPを示すゲージは減ったものの、いまだに青色のままだ。
弾に魔力が籠っていても、数発程度ではどうにもならなかった。
「はあっ!」
高く跳躍したプラネットの拳が、ベヒーモスの顎に突き当たる。
しかし、鱗は鉄よりも遥かに硬く、易々とダメージを喰らってはくれなかった。
プラネットの一撃は、鱗に少し傷を付けただけで終わる。
「「これで決める!」」
望とリノアが構えた剣から、まばゆい光が収束する。
二人の剣からは、かってないほどの力が溢れていた。
「蒼の剣、頼む!」
「蒼の剣、お願い!」
花音達の前に出た望とリノアは、望と愛梨の特殊スキルが込められた剣を構える。
流星のような光を放って、ベヒーモスの放った炎を流れるような動きで弾くと、望とリノアは迫ってきたベヒーモスの攻撃をいなした。
「これでどうだ!」
「これでどう!」
望とリノアはそのまま、一瞬でベヒーモスの懐に潜り込み、虹色の剣を横に薙いだ。
光の連なりが、剣筋とともに閃く。
ベヒーモスのHPは、一気に減ったが、倒すまでには至らない。
「望くんとリノアちゃんの特殊スキルの力でも、倒し切れないなんて……」
花音は名残惜しそうな表情を浮かべると、ベヒーモス達を見上げる。
「心配するな、妹よ。このまま攻め込めば、必ず勝機はある」
「うん。お兄ちゃん、そうだね」
杖を構えた有の宣言に、花音は人懐っこそうな笑みを浮かべて答えた。
「ここで諦める選択を選ぶなんて、私達らしくないもん」
「そうだな」
「そうだね」
予測できていた花音の答えに、望とリノアは笑みの隙間から感嘆の吐息を漏らす。
「俺達が勝つためには、この状況を打破するしかないな」
「私達が勝つためには、この状況を打破するしかないね」
「うん」
望とリノアの決意の宣言に、花音は意図して笑みを浮かべてみせた。
有達のギルド『キャスケット』。
誰かと共にあるという意識は、押されていてもなお、決して自分達が負けることはないという不屈の確信をかきたてるものだと望は感じた。
「望くん達は、絶対に守ってみせるんだから!」
想い崩れそうでも、ざわめく心を抑える。
彼女の声が包む未来(さき)を信じてーー。
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