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留菜マナ
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第ニ百一話 境界の魔術士⑤

公開日時: 2021年4月7日(水) 16:30
文字数:1,276

『しかし、残念だ。鶫原徹。君は、こちら側に移動していたのか』

「……おまえ、俺がいることを知っていて、わざと会話を続けていただろう」


信也の戯れ言に、徹は不満そうに表情を歪める。


『この場にいないというのは事実だ。私は『レギオン』のギルドホームに居るからな』

「とにかく、愛梨も紘も、そして望も、おまえ達に渡すつもりなんてないからな!」


信也の言葉を打ち消すように、徹はきっぱりとそう言い放った。


「そもそも、何故、俺達を分断させたんだよ!」

『もちろん、クエストを楽しんでもらうために』

「……っ」


信也の即座の切り返しに、望達は胡散臭そうに睨みつける。

信也は、望達に一瞥くれて言い直した。


『……というのは口実で、君達を追い詰めれば、蜜風望が『アルティメット・ハーヴェスト』の姫君に変わるかもしれないと言えば伝わるかな』

「やっぱり、愛梨を狙ってきたんだな!」

『そう取ってもらっても構わないよ』


徹の否定的な意見を前にしても、信也は予測していたように作業じみたため息を吐いた。

信也は望とリノアに視線を向けると一転して、柔和な笑みを浮かべる。


『蜜風望くん。美羅様が、椎音愛梨さんに会いたがっている。変わってもらえるかな?』

「……俺は変わるつもりはない!」

「……私は変わるつもりはない!」


確信を込めて静かに告げられた信也の誘いは、この上なく望の心を揺さぶった。


『残念だ。なら、別の方法を考えるとしようか』


そこで、信也の声の通信は途絶える。

望達は、信也の手によって分断させられた事を痛感していた。


「と、徹くん、これからどうするの?」

「まずは、ロビーに戻ろうと思っている。みんなと合流しないといけないからな」


花音の焦ったような疑問を受けて、徹はインターフェースで表示した『サンクチュアリの天空牢』のマップを見つめる。


「おじさんとおばさん、大丈夫だよな」


勇太は不安とともに、リノアの両親への想いを口にした。


「最新の『サンクチュアリの天空牢』のマップは、ここに来る前に有に送っている。恐らく、有達も、ロビーに向かうはずだからな」


徹は少しでも安心させるように、望達の気持ちを孕んだ行動へと移す。

周囲を警戒していた勇太は、心を落ち着けるようにしてから話を切り出した。


「このダンジョンもやっぱり、『レギオン』の手によって管理されているのか?」

「ああ、恐らくな」


勇太の懸念に、徹は素っ気なく答える。


「『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達が提示したクエストの中で、比較的に安全が保証されているものを選んでいる。ダンジョン調査も、その一つだ。ただ、プロトタイプ版の運営は、開発者側の『レギオン』と『カーラ』が握っているからな」


徹の胸中に様々な想いがよぎった。


「運営側の権限。つまり、事前情報だけでは対応出来ないのか」

「運営側の権限。つまり、事前情報だけでは対応出来ない」

「ああ」


望とリノアの確信に近い推察に、徹は肯定の意を込めて頷いた。


「絶対にリノアを救ってみせる!」

「ああ」

「うん」


望とリノアは、大剣を掲げた勇太へと視線を向ける。

大剣の穏やかな輝きの中には、彼の強固な意思を感じさせた。

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