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留菜マナ
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第三百六十四話 静閑を裂く⑦

公開日時: 2022年10月21日(金) 16:30
文字数:1,144

静かに戦ぐ風は仮想世界であっても肌に心地良く感じた。

いつの間にか雲に占拠された空から雨の帳が降りる。

だからこそ、信也の険しい瞳は上空で常軌を逸した艶やかさを放つ彼女の存在を明確に視認していた。


「『アルティメット・ハーヴェスト』が誇るNPC。さすがに手強いな」

「随分と余裕ですね」


信也の言葉に呼応するように、気迫の篭ったイリスの声が響き、行く手を遮るモンスター達が次々と爆ぜていった。


「私達は開発者側だからな。たとえ管轄外でもゲーム内の気候の変化は把握している」

「……そのようですね」


信也の戯れ言に、イリスは不満そうに表情を歪める。


「天候が変わっても、私は私の為すべきことをするまでです!」


イリスが紘を援護するように上空から槍を振り下ろす。

初速でいえばニコットには劣るその速度、しかしイリスの攻撃の神髄は此処から始まる。


「……っ!」


 その初撃を杖で受け止めた信也はすぐに異変に気付く。


(ーー想像以上に速いな)


イリスは槍を上下反転させると、すぐさま振り上げの第二撃を放つ。

信也がそれを受けると、すぐさまイリスの第三撃に攻められる。

無数の甲高い衝突音と重い衝撃。

イリスの手は止まらない。

一瞬でいて、永遠のような交わり、その交錯は止まらない。

圧倒的な攻撃力と速度で、四方八方から攻勢をかけ続けるイリス。

対する信也は防戦一方になる。

そこに紘の攻撃が加わり、信也は後退を余儀なくされた。

「素晴らしいな」


上空と地上の下地、紘とイリスの高度な連携が成す技が信也を追い詰めていく。


「美羅から授かった『明晰夢』の力。この状況を変えるには明晰夢の力が必要だな」


信也は自らの矜持を持って運命の天秤を傾けていく。

紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』。

それに対抗するように、信也は秘めた力を発揮した。

苛烈な赫。麗しい美羅から授かりし浄化の色ーー『明晰夢』の力を励起していく。


信也は生前の吉乃美羅の姿を呼び起こす。

青い花弁が空に舞い上がる。

仄かに輪郭を染める花弁はゆっくりと回転しながら降り注いだ。

信也が視線を上げれば、一面に広がる青い花。

優しく光るその花は幻想的で、まるで夢を見ているよう。

美羅の柔らかな頬が桃色に色づく。


だからこそ、覚悟の焱(えん)は優しく罪を吞み込んでいくことになるだろう。

罪炎が世界を焼くように。

紘達が怯える事のないように。

長く苦しむことのないようにーー魔力を奔らせる。

強大無比な『明晰夢』の力ーーしかし、それは発動出来なくては意味をなさない。


「吉乃信也。何度試みても、君の『明晰夢』の力は発動することはない。持てる力を別の方向に振るわないのは罪だ」

「ーーっ」


信也が『明晰夢』の力を振るおうとしたその時、紘が振りかざした槍が割って入ってくる。

鋭く重い音が響き、信也の身体が吹き飛ばされた。

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