「外が大変なことになっている!」
「大変なこと?」
血相を変えて入ってきた奏良の姿に、望は切り替えるように意識を傾ける。
「ああ。街中が、美羅を崇める人々で溢れ返っているんだ」
「なっ!」
予想外の出来事を前にして、望は明確に表情を波立たせる。
その途端、飛びつくような勢いで、花音は両拳を突き上げて言い募った。
「ねえ、奏良くん。愛梨ちゃん達、大丈夫かな?」
花音の必死の訴えに、詳しい状況を話そうとした奏良は不快感を隠すことなく眉をひそめる。
「花音。気持ちは分かるが、来た早々、その仕打ちは勘弁してほしい」
奏良は望達から目を逸らし、不満そうにつぶやいた。
「……奏良くん、ごめんなさい」
赤みがかかった髪を揺らした花音が、顔を俯かせて声を震わせる。
すると、望はそんな彼女の気持ちを汲み取ったのか、頬を撫でながら照れくさそうにぽつりとつぶやいた。
「花音。愛梨の側には、椎音紘達がいる。だから、大丈夫だ」
「望くん、ありがとう」
望の包み込むような温かい言葉が、花音の心に積もっていた不安を散らしていった。
望は意図的に笑顔を浮かべて続ける。
「それに、俺達、特殊スキルの使い手の側には、花音達もいるからな」
「うん」
顔を上げて花咲くように笑う花音の姿を、望はどこか眩しそうに見つめた。
「僕も、愛梨は無事だと思う。椎音紘の特殊スキルによって護られているからな」
「そうだね」
奏良の確信に近い推察に、花音は穏やかな表情で胸を撫で下ろす。
特殊スキルの使い手がいるギルドのメンバー達は、特殊スキルによる世界改変の影響を受けない。
だが、それ以外の人々は、今回のように、何かしらの影響を受けてしまうのだろう。
「だが、美羅と同化したリノアは、『救世の女神』として祭り上げられている可能性が高いな」
「……そうだな」
奏良の懸念に、望は窮地に立たされた気分で息を詰める。
明晰夢の中で見た、理想が体現された世界。
それは、リノアを犠牲することによって成り立つ世界だ。
美羅を宿したリノアは、虚ろな生ける屍になっている。
世界のために最愛を失うか、最愛のために世界を敵に回すか。
恐らく、『レギオン』と『カーラ』は躊躇うことなく、世界を選ぶだろう。
全ては、彼らが告げる世界の安寧のためにーー。
そして、この残酷な理想の世界で、娘を奪われたリノアの両親と幼なじみを失った勇太くんは、どこまでもどこまでも悲しみ続けることになる。
「せめて、『創世のアクリア』の世界にログインすることが出来れば、愛梨を救うことができるんだけどな」
「そうだね。『創世のアクリア』のプロトタイプ版を産み出した四人の開発者に協力を求めることができれば、状況は少し改善するんだろうね」
望が顔を片手で覆い、深いため息を吐くのを見て、有の母親は気遣うように声をかける。
「ーーなっ」
「えっ? プロトタイプ?」
有の母親の予想外な言葉に、望と花音は耳を疑った。
望は驚いた様子で、有に疑問を投げかける。
「四人の開発者?」
「望よ、『創世のアクリア』を産み出した二組の兄妹だ」
「彼らが製作したプロトタイプ版を元にして、『創世のアクリア』はリリースされたんだ」
有と奏良の説明に、望と花音は不思議そうに顔を見合わせた。
「お母さん。プロトタイプ版って、どんな感じなのかな?」
「恐らく、オリジナル版の『創世のアクリア』とほとんど変わらない仕様だろうね」
花音の要望に、有の母親は携帯端末で検索した。
その瞬間、望達の目の前には、『創世のアクリア』のプロトタイプ版の詳細が明示された。
それは、デジタルで構成された仮想世界。
四季の折々に彩られた果てなき平原と流転海域。
様々なギルドやお店が点在する街や村。
夕闇の空が終わると同時に、闇夜に輝き始める星々の煌めき。
ゲーム内の逸話に纏わる遺跡やダンジョンの数々。
巨大な竜やモンスターの集団との戦い。
現実ではあり得ない世界を創世したVRMMOゲーム。
≪創世のアクリア≫
今やその名を聞かない日はないというほど、有名な剣と魔法の幻想世界。
そのゲームのプロトタイプ版の解説は、オリジナル版とほとんど変わらない仕様の世界観とシステムだった。
だが、オリジナル版の説明とは違い、『究極のスキル』を産み出すための思考サンプリングシステムが搭載されているとも記載されていた。
「オリジナル版と、ほとんど変わらない雰囲気だな。だけど、究極のスキルって……やっぱり特殊スキルのことだよな」
「すごいね」
目を見張るような情報を見て、望と花音は驚愕する。
「プロトタイプ版か。『創世のアクリア』自体は、サービスを終了してしまったけれどーー」
「わーい! プロトタイプ版があれば、また、『創世のアクリア』の世界に入れるよ!」
望の言葉を引き継いで、花音は信じられないと言わんばかりに両手を広げた。
「残念だが、妹よ、喜んでばかりはいられないぞ。『創世のアクリア』のプロトタイプ版の開発者である二組の兄妹。そのうちの一人は、『カーラ』のギルドマスター、吉乃かなめなのだからな」
「なっ!」
「えっー、お兄ちゃん。あの人が、プロトタイプ版の開発者なの!」
有が語った衝撃の事実に、望と花音は凍りついたように動きを止めた。
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