「何者だったんだ?」
不可解な出来事を前にして、望は警戒するように周囲を窺う。
「望くん、大丈夫?」
「ああ。花音、ありがとうな」
望が剣を鞘に戻すと、不安そうに駆け寄ってきた花音はそっと望の身を案じる。
望は顔を片手で覆い、深いため息をつくと、状況の苛烈さに参ってきた神経を奮い立たせるようにして口を開いた。
「……椎音紘」
「蜜風望、久しぶりだな。もっとも、愛梨としては、何度も会ってはいるが」
紘は先程、去っていたニコットのことなど眼中にないように、望だけを見ていた。
柔和な表情。
だが、瞳の奥には確かな陰りがある。
有は前に進み出ると、不穏な空気を吹き飛ばすように口火を切った。
「椎音紘よ。パレードから抜けて、ここに来たということは、俺達がここに来た理由も知っているようだな」
有の鋭い問いに、紘はようやく有達に視線を向ける。
「君は『キャスケット』のギルドマスター、西村有だったな」
「ああ」
有はそう答えたが、以前、不意討ちを喰らって死にかけたという意識が強いせいか、言葉に不信と戸惑いの色を隠せなかった。
有と対峙する紘に向かって、花音は咄嗟に声をかけた。
「ねえ……。愛梨ちゃん、大丈夫かな?」
「愛梨のことは、叔父と叔母に守ってくれるように頼んでいる」
紘のその反応を聞いて、花音の背筋に冷たいものが走る。
意味は分かるのに、意味を成さない言葉。
花音は意を決したように、先程とは違う別の疑問を口にした。
「望くんから聞いたけれど、公式リニューアル後は、愛梨ちゃんをログインさせていないの?」
「愛梨には、ログインすることを禁じている。愛梨の特殊スキルを狙うギルドへの考慮、そして、魂分配(ソウル・シェア)のスキルで、蜜風望と入れ替わることが分かっていたからな」
長い沈黙を挟んだ後で、紘は淡々と答える。
先程と同じく、意味は分かるのに、意味を成さない言葉。
不信感を抱いたまま、花音は決まり悪そうに意識して表情を険しくした。
「椎音紘よ。まるで、魂分配(ソウル・シェア)のスキルで、望と愛梨が入れ替わることが分かっていたような言い方だな」
押し黙ってしまった花音の代わりに、有は核心に迫る疑問を口にする。
望と愛梨の入れ替わりの現象については、続く紘の説明で徐々に具体性を帯びてきた。
「既に織(し)っていた。私の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』によってな」
「『強制同調(エーテリオン)』。愛梨をいつも守ってくれていた力……」
望のつぶやきに、紘は表情の端々に自信に満ちた笑みをほとばしらせる。
それが答えだった。
奏良はそれでも納得できない様子で、疑問を投げかけた。
「望が特殊スキルを使えば、愛梨と入れ替わることが分かっていた。それなら何故、鶫原徹に望を監視させていたんだ?」
「特殊スキルのプロセスを確認する必要があった。魂分配(ソウル・シェア)のスキルは、私の特殊スキルを用いても未知の力だったからな」
「ーーっ」
驚きを禁じ得ない紘の発言に、望達は二の句を告げなくなってしまってしまう。
しかし、この質問で、有の方も疑問がようやく氷解していた。
魂分配(ソウル・シェア)のスキルは、自身の魂を他に分け与えるスキルだ。
望と愛梨の入れ替わり。
現実では一日置きに起きる現象だったが、仮想世界では、望の特殊スキルを使うことによって発生してしまうのだろう。
もっとも、望の話では、特殊スキルを使えば、必ず入れ替わるというわけではないようだ。
有が不思議そうに首を傾げていると、紘は思いもよらない言葉を紡いだ。
「蜜風望。『アルティメット・ハーヴェスト』に入らないか? 私のギルド内なら、君を監視する必要もない」
「なっ……!」
予想もしていなかった衝撃的な言葉に、望達は絶句する。
彼が発したその言葉は、有達にとって到底受け入れがたきものであった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!