兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第百ニ十一話 もうすぐ魔法がとけるから⑥

公開日時: 2021年1月17日(日) 16:30
文字数:2,285

原因不明の帰還状態。

クエスト達成の歓喜から一転、望達は張りつめたような混乱と静寂に支配される。


「ここは、有の部屋だよな」


望は周囲に視線を巡らせ、ここがログインした場所ーー有の部屋であることを認識する。

望と同じ言動を繰り返していたリノアはいない。


「どういうことなんだ?」

「どうやら、強制ログアウトが発生したようだな」


望の戸惑いに、有は思案するように視線を巡らせる。

先程まで仮想世界にいたのに、突如、ログインした場所である有の部屋に戻っているという異様な光景。

完全に理解を越えた現象が、望達の目の前で起きていた。


「有、花音、望くん、奏良くん、大丈夫!」

「母さん」

「お母さんこそ、大丈夫だった?」


慌てて有の部屋に入ってきた有の母親も加わり、望達は目の前で起きた出来事を整理する。


上級者クエストに向かった望達と、ギルドに残った有の母親。


仮想世界では別々の場所にいたはずのギルドメンバー達が、そろって有の部屋にいるのはどこか異質な感じがした。

だが、そうならざるを得ない出来事が、この短い期間に立て続けに起こっていた。


「緊急事態と言っていたな」


奏良はシステムメッセージが告げた内容を思い返して、渋い顔をする。


「お兄ちゃん。『創世のアクリア』は、どうなったのかな? プラネットちゃん達、大丈夫かな?」

「妹よ、すまない。判断つかないとしか言いようがない。調べてみるしかないな」


花音の不安そうな疑問に、有は不可解そうに頭を悩ませた。


「もう一度、ログインできるかな?」


花音は即座に携帯端末を横にかざし、視界に浮かんだゲームアプリを、指で触れて表示させようとする。

しかしーー


『起動できませんでした』


花音が何度、操作しても、エラー表示が出て、ゲーム内にログインすることができない。


「どうなっているんだ?」


望達が必死に情報収集を重ねても、何の成果も得られないまま、時間だけが過ぎていく。

ネット情報を散見していた有は、そこで驚くべきニュースが、ゲーム業界を駆け巡っていることを知った。


「望、奏良、母さん、妹よ。残念だが、『創世のアクリア』はサービスを完全に停止してしまったようだぞ」

「サービス停止!」


有が発した驚愕の事実に、望達は目を大きく見開いた。


「しかも、『レギオン』と『カーラ』の者達が、警察に身柄を確保されたようだ」

「なっ!」


その瞬間、望達は凍りついたように動きを止める。

彼が発した衝撃的な言葉は、緊迫したその場の空気ごと全てをさらっていった。


望達が不可能だと判断されていた、『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』のクエストを達成したその日ーー。

『創世のアクリア』は、完全にサービスを停止してしまった。


「美羅様。私達に再び、ご加護をお授け頂き、ありがとうございます。私達がこの力を用いれば、いずれは私達のーー美羅様のお望みのままに」


そんな中、家宅捜索の故に、警察に拘束された賢がぽつりとつぶやいた独り言は、誰の耳にも届くことはなかった。






望達が、現実世界に帰還して数日後ーー。


『強制ログアウト』


当初、強制的な帰還は、システム上の不具合、サーバーの不調から発生した、ただのトラブルかと考えられていた。

しかし、その直後、驚くべきニュースが、ゲーム業界を駆け巡った。


『VRMMOゲームで引き起こされた未知の事象、怪事件の謎』


紘達、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達が調べていた、『レギオン』に関わる組織がおこなったとされる失踪事件。

それは、愛梨と同じ年頃の少女達が、同時期に学校を休んで、家族と一緒に旅行に出かけているという奇妙な一件である。

当初、被害者達が誘拐を完全否定したため、証拠不十分として処理されていた案件だった。

しかし、突如、被害者である少女達と家族が一貫して、その発言を覆したのだ。


「私、誘拐されたの」

「私達、女神様になれなかった……」


被害者である少女達は昏(くら)い瞳を伴い、虚ろな笑みを浮かべて訴える。


「私達、その日は旅行に行っていません」

「どうして、旅行に行ったと思ったのかしら?」


まるで、最初からそう仕組まれていたように、少女達の家族も時を同じくしてそう証言し始めた。


その一報を受けて、サービス停止から瞬く間に、『創世のアクリア』の開発会社やその関連会社は全ての資産を差し押さえられ、操業停止となった。

その際、誘拐、監禁をおこなったと示唆された『レギオン』と『カーラ』に関わる者達全てが警察に身柄を確保され、事情聴取を受けている。


「リノアは、今も目覚めていないんだな……」


仮想世界から戻った望は、自分の部屋のベットに座ってテレビを見ていた。

雑多な情報が溢れる中、ある情報番組で、リノアが運びこまれた病院で今も眠り続けていることが取り上げられている。

そして、リノアに駆け寄る勇太とリノアの両親のシーンが、テレビ画面に映し出されていた。

病院の場面から切り替わると、情報番組の解説者と警察関係者達が改めて、今回の件について、熱心に議論し始めた。

サービスを停止したにも関わらず、リノアが現実世界で目覚めることはなかった。

そのため、リノアは病院に搬送され、リノアの両親も病院に行ってから事情聴取に赴いたと報道されていた。


特殊スキルの使い手がいるギルドのメンバー達は、特殊スキルによる世界改変の影響を受けない。


それは、愛梨のデータの集合体である美羅の場合でも同じはずだ。

たとえ、彼女自身がギルドから脱退していたとしても、所属していた『レギオン』と、その関わりのあるギルドは影響を受けることはない。

恐らく、勇太くん達も、リノアをパーティに入れたことで影響を受けていないのだろう。

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