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留菜マナ
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第九十九話 黄昏の塔と孤高の勇者⑤

公開日時: 2020年12月26日(土) 16:30
文字数:1,138

所変わって、現実世界。

それは、久遠リノアが美羅の器に選ばれた頃の話である。

少年は、幼なじみであり、同じクラスのリノアと絶交中で、目を合わせれば、悪態を吐いて顔を逸らしていた。


「リノアの顔なんて、もう見たくない! どっか行けよ!」


そんな状況が続いたある日、少年の口から勢いに任せたような、酷い言葉が衝(つ)いて出た。

明らかな拒絶の言葉に、リノアは顔色を変える。


「うん、どっか行くね」

「なっ?」


教科書を開いたリノアは昏(くら)い瞳を伴い、虚ろな笑みを浮かべて言う。

予想外な反応に、振り向いた少年は呆けた表情を浮かべた。


「私は、美羅様の器。私は、この世界の救世の女神」


リノアの透き通るような小さな声が、流れるように口ずさむ。

それは触れただけで溶けてしまいそうな、雪を彷彿させる繊細な声だった。


「私は、美羅様の器に選ばれた。だから、もう『私』としては、あなたに会うことはない」

「ーーっ」


決定的な言葉に、少年は明確に表情を波立たせた。

リノアが発した意味深な発言。

その理由を慎重に見定めて、少年は怪訝そうに尋ねる。


「な、何言っているんだよ?」

「望くん、愛梨さん。早く、美羅様を受け入れて。そして、私に賢様の願いを叶えさせて」


それはまるで、祈りを捧げるような懇願だった。

リノアのその言葉は、今までのどの言葉よりも少年の心に突き刺さった。

少年の表情が硬く強ばったことに気づいたリノアは、少し困ったようにはにかんでみせる。


「私は、明日から美羅様に生まれ変わるの」

「生まれ変わる?」

「うん。だから、明日から、あなたに会うことはない」


少年の疑問に、リノアは胸のつかえが取れたように微笑む。


「ねえ、勇太くんは何か望みはある? 私の望みは、美羅様になることなの」

「望み……?」


賢が求めた理想を体現しようとするリノアの姿が、柏原(かしわはら)勇太(ゆうた)の心の琴線に触れる。


「勇太くんは確か、ソロで『創世のアクリア』をしているんだよね」

「ああ」


リノアはとっておきの腹案を披露するように、勇太を見つめた。


「ねえ、『レギオン』に入らない? 勇太くんの望みが叶うよ」

「入らない。っていうか、絶交中なのに、何で普通に話しかけてくるんだよ」

「私が美羅様になったら、もう勇太くんが知っている『私』じゃない。だから、絶交中でも、最期のお別れを言いたかったの」


リノアの意外な誘いに、勇太は彼女の真意を測ろうとするが、それは今後の展開でおのずと判明するだろうと思い直した。

それはーー救いと呼ぶには、あまりにも残酷な選択だったかもしれない。

この時、差しのべられたのは、希望か、絶望か。

今でも、それは彼には分からない。

だが、これが、彼が『レギオン』について探るきっかけにーー

そして、望達と関わることになる前触れへと繋がるのだった。


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