所変わって、現実世界。
それは、久遠リノアが美羅の器に選ばれた頃の話である。
少年は、幼なじみであり、同じクラスのリノアと絶交中で、目を合わせれば、悪態を吐いて顔を逸らしていた。
「リノアの顔なんて、もう見たくない! どっか行けよ!」
そんな状況が続いたある日、少年の口から勢いに任せたような、酷い言葉が衝(つ)いて出た。
明らかな拒絶の言葉に、リノアは顔色を変える。
「うん、どっか行くね」
「なっ?」
教科書を開いたリノアは昏(くら)い瞳を伴い、虚ろな笑みを浮かべて言う。
予想外な反応に、振り向いた少年は呆けた表情を浮かべた。
「私は、美羅様の器。私は、この世界の救世の女神」
リノアの透き通るような小さな声が、流れるように口ずさむ。
それは触れただけで溶けてしまいそうな、雪を彷彿させる繊細な声だった。
「私は、美羅様の器に選ばれた。だから、もう『私』としては、あなたに会うことはない」
「ーーっ」
決定的な言葉に、少年は明確に表情を波立たせた。
リノアが発した意味深な発言。
その理由を慎重に見定めて、少年は怪訝そうに尋ねる。
「な、何言っているんだよ?」
「望くん、愛梨さん。早く、美羅様を受け入れて。そして、私に賢様の願いを叶えさせて」
それはまるで、祈りを捧げるような懇願だった。
リノアのその言葉は、今までのどの言葉よりも少年の心に突き刺さった。
少年の表情が硬く強ばったことに気づいたリノアは、少し困ったようにはにかんでみせる。
「私は、明日から美羅様に生まれ変わるの」
「生まれ変わる?」
「うん。だから、明日から、あなたに会うことはない」
少年の疑問に、リノアは胸のつかえが取れたように微笑む。
「ねえ、勇太くんは何か望みはある? 私の望みは、美羅様になることなの」
「望み……?」
賢が求めた理想を体現しようとするリノアの姿が、柏原(かしわはら)勇太(ゆうた)の心の琴線に触れる。
「勇太くんは確か、ソロで『創世のアクリア』をしているんだよね」
「ああ」
リノアはとっておきの腹案を披露するように、勇太を見つめた。
「ねえ、『レギオン』に入らない? 勇太くんの望みが叶うよ」
「入らない。っていうか、絶交中なのに、何で普通に話しかけてくるんだよ」
「私が美羅様になったら、もう勇太くんが知っている『私』じゃない。だから、絶交中でも、最期のお別れを言いたかったの」
リノアの意外な誘いに、勇太は彼女の真意を測ろうとするが、それは今後の展開でおのずと判明するだろうと思い直した。
それはーー救いと呼ぶには、あまりにも残酷な選択だったかもしれない。
この時、差しのべられたのは、希望か、絶望か。
今でも、それは彼には分からない。
だが、これが、彼が『レギオン』について探るきっかけにーー
そして、望達と関わることになる前触れへと繋がるのだった。
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