リノアの意識が戻ったとはいえ、それはわずかの間だけだ。
その間に『レギオン』のギルドホームに行って、美羅を完全に消滅させる必要がある。
徹が踵を返すタイミングを見計らっていると、賢は柔和な笑みを浮かべて言った。
「鶫原徹くん。私達の邪魔をしないでもらおうか」
「なら、そもそも騎士様が不意討ちなんてするなよな」
「君に無礼を働いたことは謝罪しよう」
徹の訴えに、賢はあっさりと自分の非を認めた。
「だが、これは特殊スキルの使い手を手中にするための必要な事項だ」
徹の嫌悪の眼差しに、賢は大仰に肩をすくめてみせる。
「さて、戦いの前に、最後の交渉をしようではないか」
「おまえ達と交渉する余地はないからな」
徹の考えを見透かしたような賢の発言に、徹は恨めしそうに唇を尖らせる。
賢は目を伏せると、静かにこう続けた。
「なら、君ではなく、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドマスターにお越し願いたい。わざわざ、君達に全てを任せている理由を知りたい」
「……おまえ、知っていて、わざと聞いているだろう」
賢の戯れ言に、徹は不満そうに表情を歪める。
「久遠リノアの意識が一時的に元に戻っても、こちらが有利なのは変わらない。君達の行動は無駄なあがきだ」
「無駄なんかじゃない!」
賢の言葉を打ち消すように、徹はきっぱりとそう言い放った。
「そもそも、おまえ達が言う美羅様を完全に消滅させるために、ここまで来たんだからな!」
「……愚かな」
徹の答えを聞いて、賢は失望した表情を作った。
殺伐とした雰囲気が、この場を支配する中。
「いいだろう。この戦いが最後だ……」
長い沈黙を挟んだ後で、賢は淡々と告げる。
「蜜風望、そして、椎音愛梨」
賢はゆっくりとした動作で、今度は望に手を差し出してくる。
「美羅様の真なる覚醒には、君達の力が必要だ。もはや、君達の意志は関係ない。この場で椎音愛梨に変わってもらおう」
賢はあくまでも事実として突きつけてきた。
「望くんと愛梨ちゃんは渡さないよ! 望くんと愛梨ちゃんは、私達の大切な仲間だもの!」
賢の断言を、花音は眦(まなじり)を吊り上げて強く強く否定する。
「ああ。望と愛梨は、俺達の大切な友人で仲間だ。渡すわけにはいかない」
「愛梨を守ることが僕の役目だ」
強い言葉で遮った花音の言葉を追随するように、有と奏良は毅然と言い切った。
「マスターと愛梨様を、あなた方に渡すわけにはいきません!」
「そんなことさせるかよ!」
プラネットと徹も、賢の申し出を拒む。
望はそんな有達に苦笑すると、ため息とともにこう切り出した。
「悪いけれど、俺達は協力するつもりはないからな」
「敢えて、無益な争いを好むか」
望達の否定的な意見を、賢は予測していたように作業じみたため息を吐いた。
その時、ニコットは単なる事実の記載を読み上げるかのような、低く冷たい声で宣告する。
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