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留菜マナ
留菜マナ

第六十八話 終わらない幻想の中③

公開日時: 2020年12月5日(土) 16:30
文字数:2,371

掲示板に偽の書き込みをするために、望達がログアウトをした後ーー。

賢はドアのセキュリティを解除して、ニコットが運び込まれた部屋へと入る。

そこは、物々しい機材が置かれた研究室のような空間が広がっていた。

ディスプレイや小型の機械は、全て中央のベッドへと繋がっている。

賢はベッドの上で眠り続けているニコットを見遣ると、周囲のギルドメンバー達に疑問を投げかけた。


「ニコットの修復はどうなっている?」

「賢様、大変申し訳ございません。損傷が激しいため、完治するまでしばらく時間がかかります」


モニターのついた機材を操作して告げるのは、『レギオン』のギルドメンバーの一人だった。


「ニコットは、通常のNPCの性能よりもあらゆる点で優れている。そして、『マナー・シールド』を複数、持たせていた。だが、それでも完治するまで時間を要するか。やはり、特殊スキルの力は凄まじい」


ギルドメンバーからの報告に、賢は苦々しい表情で眉をひそめる。


『マナー・シールド』は、カリリア遺跡に潜むボスを討伐した全てのギルドに与えられた、一度だけ全ての攻撃を防いでくれるレアアイテムだった。

ニコットが、奏良が放った流星の弾丸を防ぎきれたのは、そのアイテムの効果によるものが大きい。

実際、望達も『マナー・シールド』の恩恵で、二大高位ギルドの猛攻を凌ぎきっていた。

張りつめた空気が漂う中、賢の周囲では慌ただしくギルドメンバー達が行き来している。


「ニコット。美羅様の真なる覚醒には、君の力が必要だ」


賢の訴えに、ニコットの返事は返ってこない。

不意に、賢は初めて、『創世のアクリア』の世界へログインした日のことを思い出していた。






『創世のアクリア』の世界へログインした日、賢に与えられたのは『アイテム生成』という固定スキルだった。

多くのプレイヤー達が使えるありふれたスキル。

特段、目立ったスキルではない。


「なるほど。転送アイテムは、この素材を重ね合わせれば生成できるのか」


しかし、賢は『アイテム生成』のスキルで、新たなアイテムを生成する度に、その奥深さにのめり込んでいった。


一般的なアイテムの生成。

生成自体が困難な武器や防具の生成。

めったに手に入らないレア級のアイテムの生成。


無限の好奇心と飽くなき探求心を深めた賢は、やがて『特殊スキル』という唯一無二のスキルの存在を知った。


世界を牛耳る力と謳われ、現実世界をも干渉する力。


そのスキルの存在を知った時、賢の心は歓喜に占められた。


「『特殊スキル』。唯一無二の力。なら、私のスキルの力で、その力を扱う存在を産み出すことはできないだろうか」


賢は恍惚とした表情で空を見上げながら、己の夢を物語る。

だが、通常の固定スキルである『アイテム生成』のスキルでは、人を産み出すという神のごとき力はなかった。


自身のスキルだけではできない。

なら、複数の固定スキルを重ね合わせれば、可能なのではないだろうか。


機械的な笑みを浮かべたまま、賢の思考は一つの推論を導いた。


「まずは、ギルドを立ち上げることが先決か」


思考を加速させた賢は、やがて禁断の方法へと目を向ける。


それは、特殊スキルの使い手達のデータを収集して、新たな特殊スキルの使い手を産み出そうというものだった。


賢は、自身の思想に共感したプレイヤー達とともに、『レギオン』を発端させるとすぐに動き出した。

特殊スキルの使い手である愛梨のデータを収集すると、ギルドメンバー達のスキルを複合させて、そのデータベースを再構築(サルベージ)させるという離れ技を実行したのだ。


「美羅様」


まるで運命の出逢いを果たしたように、賢はその名を口にした。

愛梨のデータの集合体。

髪の色以外は全て、愛梨と瓜二つの少女がその玉座に座っている。

彼女はいずれ、『レギオン』の作る未来の象徴になる存在だった。


「私は手嶋賢。『レギオン』のギルドマスターであらせられる美羅様の参謀を努めてさせて頂きます」


片膝をついた賢の呼びかけに、美羅と呼ばれた少女は何も答えない。

賢は息を呑み、短い沈黙を挟んでから微笑んだ。


「美羅様、どうかお目覚め下さい」


賢は確信に満ちた顔で笑みを深める。


「そして、私達に神の力をお授け下さい」


今も眠り続けている銀髪の姫君に、『蒼天の騎士』と呼ばれている賢は、片膝をついた姿勢のまま、誓いを交わした。


特殊スキルの使い手である愛梨をもとにした『データの残滓である姫君』に忠誠を誓う騎士。


それは、どこか滑稽で狂気に満ち溢れた光景だったのかもしれない。

しかし、そのことを訝しむ人物は、このギルド内にはいなかった。


「賢様、ご報告致します。機械人形型のNPCを、新たな仲間として加入させることに成功しました」

「NPC……?」


急遽、部屋に入ってきたギルドメンバーからの報告に、美羅に祈りを捧げていた賢は立ち上がる。

ギルドメンバーに連れられて入ってきたのは、ツインテールを揺らした幼い少女だった。

小さくも整った顔立ちに、薄い色彩のワンピースに身を包んでいる。

見た目は、どこにでもいるような普通の少女だった。

だが、彼女の頭上に生えたアンテナのような不可思議なものを前にして、賢は確かな違和感を覚える。


「初めまして、手嶋賢様。機械人形型のNPC、ニコットと申します」

「ニコット」


賢は顎に手を当てて、ニコットの言葉を反芻する。


「ニコットは、美羅様と特殊スキルの使い手をシンクロさせることができます」


ニコットの意味深な言葉に、賢はインターフェースを操作して、機械人形型のNPCであるニコットの情報を表示させた。


「シンクロ……。それを使えば、美羅様を覚醒させることができるのか?」

「確証はできませんが、不可能ではないと判断します」


賢の意向に応えるように、ニコットは淡々と告げる。


この日、美羅の止まっていた時間に息吹きを灯す。

運命の刻が……すぐ目の前にまで迫っていた。

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