「これってーー」
あまりにも想定外なことが起こると人は唖然としてしまうものだが、望達はまさに自分の目を疑った。
『キャスケット』の象徴とも言えるギルドホーム。
みんなで和気(わき)藹々(あいあい)と話し合い、慣れ親しんだギルドホームは、プレイヤー達の襲撃を受けたらしく倒壊し、荒れ果てていた。
そして、NPCの作業員達が、木材を持ちながらギルドの周りを往復している。
そこには、望達にとって、完全に理解を超えた現象が広がっていた。
「ねえ、お兄ちゃん。ギルドの中に入れるかな……」
「妹よ、それ以上は言うな」
花音の痛ましい意見表明に、頭を抱えた有は懐疑的である。
ギルドの外観は、見るも無惨なほどに半壊していた。
「ギルドが……」
「ここまで悲惨な状態だと、気が滅入るな」
「「どうも。修復までお時間がかかります」」
望と奏良が呆気に取られていると、ギルドを修復していたNPCの作業員達は、こちらに気づいて恭しく頭を下げる。
「やあ、お帰り」
「有。不審なプレイヤー達の集団が、ギルド内に押しかけてきたけれど、『アルティメット・ハーヴェスト』の人達が援護してくれたおかげで撃退できたよ」
「父さん、母さん、助かった」
「お父さん、お母さん、ありがとう!」
「ありがとうございます」
望達がギルドに入ると、有の父親と母親が感謝の意を伝えるために、『アルティメット・ハーヴェスト』側にコンタクトを取っているところだった。
特殊スキルの使い手を狙うプレイヤー達との戦いで生じたギルド内の修復は、有の父親に雇われたNPCの作業員達によって、速やかに取り行われている。
「しかし、ここまでギルドを破壊するとは、強襲してきた者達はみな、血気盛んな連中だったようだ」
「お兄ちゃん、すごい破壊の度合いだね!」
有の発言に同意するように、花音は両手を広げて歓喜の声を上げた。
「すごくない……」
壁の亀裂、そして天井から入ってくる風に晒されながら、望はげんなりとした表情で肩を落とす。
崩壊したギルド内に、もはや雨風を防ぐ屋根は存在していなかった。
そのタイミングで、奏良は用心深くつぶやいた。
「有。本当に、クエストは破棄されているのか?」
「先程の噂どおり、破棄されているとは思うが、調べてみないと分からないな」
奏良の懸念に、有はインターフェースを操作して、クエストの一覧を表示する。
「奏良よ、出たぞ。どうやら、本当にクエスト自体がなくなっているようだ」
「クエストの消失……」
有の言葉に反応して、プラネットがとらえどころのない空気を固形化させる疑問を口にした。
「有様。『レギオン』と『カーラ』は、マスターと美羅様をシンクロさせるためだけに、今回のクエストを提示してきたのでしょうか?」
「プラネットよ、恐らくそうだろう。俺達がクエストを破棄させるために、『カーラ』のギルドホームに赴くこと自体が、既に仕組まれたものだったようだからな」
プラネットの的確な疑問に、有はばつが悪そうに顔をしかめる。
有は、『レギオン』と『カーラ』側に、自分の方針が利用されたことを悔やんでいた。
ギルドが破壊された事情を察して、望は深刻な面持ちで告げる。
「シンクロか」
先程の忌まわしき出来事が、望にはまるで今、起きたことのように追憶される。
『レギオン』のギルドマスターであり、愛梨のデータの集合体である美羅。
望が美羅とシンクロしたことで、それと連動するかのように美羅は目覚めた。
まるで、望の意識が直接、美羅を動かしている現象。
鏡写しのような同一動作と、『レギオン』による座標操作。
そして、望とシンクロしている間は、実体化しているという不可解な美羅という存在。
そこで、望は不意に、明晰夢で見た内容の不可思議な部分に気づいた。
「美羅は、愛梨のデータの集合体だよな。当然、仮想世界の中でしか存在できないはずだ。それなのに何故、明晰夢の中では、現実世界にあれほどの影響力があったんだ」
状況がいまいち呑み込めず、望は苦々しい顔で眉をひそめる。
特殊スキル。
それは、世界を牛耳る力と謳われ、現実世界をも干渉する力だ。
だが、仮想世界しか行き来できない美羅が、現実世界にあれほど深く干渉できるのは奇妙だ。
そこまで考えて、望は自身の思考があらゆる方向に巡りに巡っていることに気づいた。
「理想の世界か。ゲームの世界で起きた出来事のはずなのに、いつの間にか思わぬ方向に話が流れているよな」
不可解な謎を前にして、望は思い悩むように両手を伸ばした。
まるで、本当にゲームの世界に囚われてしまったような感触。
かなめが語った理想の世界ーー。
それは、事実無根のまことしやかな絵空事だ。
だが、望、または愛梨がこのまま、美羅とシンクロをおこなっていくことで、いずれ実現してしまう世界なのだろう。
クエストの確認から一転、張りつめたような静寂に空間が支配される。
だが、その重苦しい沈黙を押し返したのは、傍観していた徹だった。
「『レギオン』と『カーラ』は、美羅の器を求めている」
望の疑心に応えるように、徹は苦々しい表情を浮かべた。
不可解な空気に侵される中、花音が戸惑ったように目を瞬かせる。
「美羅ちゃんの器?」
「ここからは重要な話になるからーーシルフィ、頼む!」
「うん」
徹はそこまで告げると、自身の周りを浮遊するシルフィに指示する。
主である徹の意思を汲んだように、周囲の音がぴたりと遮断される。
外に音が漏れないように、室内に見えない壁を張ったのだ。
周囲の音が聞こえなくなったことを確認すると、徹は仕切り直して続けた。
「『レギオン』は、美羅を現実世界にも顕現させるために、美羅の器を欲しているんだ」
「美羅の器?」
望は不思議そうに、徹の真偽を確かめる。
「ああ。美羅を現実世界に存在させるために、『レギオン』は生贄を欲している。望と愛梨の意思を携えた美羅を、その身に宿すことができる少女をな」
「ーーっ!」
あまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、望達は二の句を告げなくなってしまっていた。
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