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留菜マナ
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第百五十九話 仮想は偽りを隠す④

公開日時: 2021年2月24日(水) 16:30
文字数:1,772

「望、花音。クエストの続きに行く時は、いつでも声をかけてくれよな」

「ああ」

「うん」


徹がここぞとばかりに主張するのを見て、望と花音はお互い示し合わせたように、顔を見合わせて苦笑する。


「では、失礼致します」


徹が手を掲げて踵を返すと、イリスもそれに倣い、冒険者ギルドを後にした。

その様子を傍目に、花音は早々に切り出した。


「勇太くんは、これからどうするの?」

「俺は一度、この街の宿屋でログアウトして、おじさんとおばさんに今後のことを相談するつもりだ」


花音の疑問を受けて、勇太はインターフェースで表示した王都、『アルティス』のマップを見つめる。


「リノアを安全な場所に移動させたいからな」


勇太は不安とともに、リノアへの想いを口にした。


「王都、『アルティス』の宿屋の受付のNPCに望達のことを伝えておくから、今度、クエストに行く際には声をかけてくれないか?」

「ああ、分かった」


勇太の申し出に、望は了承する。


「望達は、これからどうするんだ? ギルドホームに戻るのか?」

「ああ、俺達はギルドホームに戻ろうと思っている」


周囲へと目を配っていた勇太が、望の不安を端的に言い表す。


「そこで次に向かうダンジョンについて話し合った後、ログアウトするつもりだ」

「そうか。次に向かうダンジョンは、どんな場所なのか気になるな」


望の思慮に、勇太は期待を膨らませる。

道中、数多くの会話を経て、目的の場所である宿屋が望達の視界に入った。


「……次に会った時は決めてくるからな」

「決める?」


望は不思議そうに、勇太の真偽を確かめる。


「望達のギルド『キャスケット』に加入するのかどうかだ」

「ああ」


勇太の提示してきた条件に、望は納得したように頷いてみせた。


「またな」


勇太はとっておきの腹案を披露するように、望達を見つめる。

そして、宿屋へと駆けていった。


「よし、望、奏良、プラネット、妹よ。俺達も戻るぞ! ギルドへ!」

「ああ」

「うん!」

「まあ、目的はほぼ果たしたからな」


有の指示に、望と花音が頷き、奏良は渋い顔で承諾した。

望達が転送石を掲げた有の傍に立つと、地面にうっすらと円の模様が刻まれる。

望達が気づいた時には視界が切り替わり、『キャスケット』のギルドホームの前にいた。


「わーい! マスカットに戻ってきたよ!」


湖畔の街、マスカットに戻ってきていることを確認すると、花音は嬉しそうにはにかんだ。

プラネットは居住まいを正して、真剣な表情で尋ねる。


「マスター、私はイリス様ともう少しお話をしてみたいと思っています。どんな話題をしたらいいのでしょうか?」

「……あ、ああ。プラネットが気になることでいいんじゃないかな」

「うん。プラネットちゃんの想い、きっといつかイリスちゃんに伝わるよ」


望が言い繕うのを見て、花音は追随するようにこくりと首を縦に振った。

有達のギルド『キャスケット』がある、湖畔の街、マスカットの街並み自体は、今朝とさほど変わらない。

NPCである店員が、店内を切り盛りしているだけで、周囲は閉散としていて人気は少ない。


「この街にいるプレイヤーが、僕達だけというのはいささか複雑な心境だな」

「うん。私達、ギルドの貸し切りみたいだね」


奏良の懸念に、花音は人懐っこそうな笑みを浮かべて答える。

やがて、右手をかざした花音は、爛々とした瞳で周囲を見渡し始めた。


「でも、奏良くん、プラネットちゃん。『レギオン』と『カーラ』の人達が、また何処かに隠れているかもしれないよ!」

「はい。以前は盲点を突かれてしまいましたが、必ず見つけてみせます!」

「花音、プラネット、ありがとうな」


両手を握りしめて語り合う花音とプラネットに熱い心意気を感じて、望は少し照れたように頬を撫でてみせる。


「その前に妹よ。次に向かうダンジョンを把握しておきたいし、そろそろギルドに戻るぞ」

「うん」


有が咄嗟にそう言って表情を切り替えると、花音は嬉しそうに応じる。

目的が定まった望達は早速、ギルド内へと足を運ぶ。


「ただいま、お母さん!」

「花音、お帰り。ペンギン男爵さんから、『創世のアクリア』のプロトタイプ版における、新たなマップが届いているよ」


花音が喜色満面でギルドに入ると、奥に控えていた有の母親は穏やかな表情を浮かべる。

アンティークな雑貨の数々と、有の母親の火の魔術のスキルで光らせている灯は、ギルド内に幻想的な雰囲気を醸し出していた。


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