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留菜マナ
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第三百三十一話 芳香のつむじ風⑥

公開日時: 2022年3月4日(金) 16:30
文字数:1,386

高位ギルド『レギオン』と『カーラ』。

数多の悪逆を敷き、自らの目的のためなら無辜の人達の自由を奪っていた。

彼らが掲げる理想の世界を築くためにーー。


言葉を発することもないまま、賢は無人の研究所を見つめる。

かつての親しい人々の息吹はなく、しかし、確かにそこに居たのだと主張するように、設備の残骸が残っていた。


(……美羅様)


胸を打つのは、愛しい彼女達と過ごした在りし日。

もはや、記憶としてだけではなく、確かな想い出として深く刻まれている。

一毅と美羅が死んだ時の記憶は未だ、残酷なほど鮮明だ。

彼らの死にもっとも嘆き悲しんだのは、かなめがお慕いしていた賢だった。


霞む記憶の中、見下ろした美羅の明るい笑顔。

彼女の髪が風で揺らぐ様さえも愛おしい。

ーー例え、もう二度と会えなくとも。

彼らが生み出した仮想世界が、いつでも自分達と彼女達を繋いでいてくれると信じているから。


「賢様……」


かなめは不安を形にするように、賢の側へと寄り添う。

繋いだ手のその感触に、彼女は恐れるような想いとともに、求めるような気持ちを込め、そっと力を込めた。


「美羅の特殊スキルの力はすごいな……」


パソコンに送られてきた電子カルテを見ていた信也は、物欲しげに顔を歪める。

そのタイミングで、物思いに耽っていた賢は咎めるようにして言った。


「信也。『美羅様』だ」

「美羅様の力はすごいな」


信也は、賢に一瞥くれて言い直した。


「賢は相変わらず、美羅様にご執心だな。しかし、美羅様は『レギオン』を脱退されて、蜜風望達のギルド『キャスケット』に入ったのだろう」

「美羅様には、一時的に脱退して頂いただけだ。いずれ、『レギオン』に戻ってきてもらう必要はある。特殊スキルの使い手達とともにな」


信也の戯れ言に、賢は確信に満ちた顔で笑みを深める。

賢の隣に立っていたかなめは、真剣な眼差しを信也に向けた。


「お兄様。まだ『明晰夢』の力は授かっていませんか?」

「心配ない。既に『明晰夢』の力は授かっている。ただ、使いどころがないだけだ」


そう問うたかなめをまっすぐに射貫くと、信也は静かな声音で真実を口にする。


「『レギオン』のギルドマスターである美羅様。特殊スキルの使い手である椎音愛梨をもとにした、データの残滓である姫君。しかし、彼女には、吉乃美羅のデータも含まれている」

「はい。久遠リノアに宿っている美羅様は、決して椎音愛梨の紛い物などではありません。その証拠に、私達は美羅様のご加護によって、神のごとき力ーー明晰夢を授かりました」


信也が発した確固たる事実に、かなめは祈りを捧げるように指を絡ませる。


「美羅様は生きている。一毅の遺言どおりにな」

「一毅お兄様の念願は果たされたのですね」


賢の発言に、かなめの心には筆舌にしがたい感情が沸き上がった。


「一毅の念願を果たすのはこれからだ」


賢の言葉に反応して、かなめがとらえどころのない空気を固形化させる疑問を口にする。


「一毅お兄様の念願を?」

「ああ。そのためには美羅様に真なる力を発動して頂くことが必要不可欠だ。椎音愛梨に特殊スキルを使わせる必要がある」


賢は目を凝らして、無人の研究所を見つめる。


「蜜風望、そして椎音愛梨。彼らには美羅様のために、その全てを捧げてもらわないといけない。彼らの意思は未来永劫、美羅様の意思へと引き継がれていくからな」


賢は憂いを帯びた眼差しで、静かな声音とともに確かな意思を紡いだ。

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