VRMMOゲームものになります。
下のイラストは、ヒロインの一人、愛梨です。
「君の魂分配(ソウル・シェア)のスキルを、『椎音愛梨』に使ってほしい」
それは蜜風望にとって、全く予想だにしない言葉だった。
露店商の青年から思いもよらない言葉を告げられて、望はただただぽかんと口を開けるよりほかなかった。
全ては、その騒動から始まった。
望が初めてそのゲームを知ったのは、中学生の時だった。
それは、デジタルで構成された仮想世界。
四季の折々に彩られた果てなき平原と流転海域。
様々なギルドやお店が点在する街や村。
夕闇の空が終わると同時に、闇夜に輝き始める星々の煌めき。
ゲーム内の逸話に纏わる遺跡やダンジョンの数々。
巨大な竜やモンスターの集団との戦い。
現実ではあり得ない世界を創世したVRMMOゲーム。
≪創世のアクリア≫
今やその名を聞かない日はないというほど、有名な剣と魔法の幻想世界ーーいわゆる異世界を舞台にしたVRMMORPGだ。
そして、スキルはその世界で用いられる技能である。
天賦のスキル。
自身の武器が持つ特性を最大限に生かして、技を放つスキル。
魔術のスキル。
火、水、風、光、闇。
五大元素のうち、どれか、または複数を操り、世界を変革するスキル。
召喚のスキル。
契約した幻獣や精霊、モンスターを呼び出すスキル。
アイテム生成のスキル。
不完全な物質を、完全な物質へと錬成するスキル。
様々な道具を作り出す力で、錬金術に近いスキルとして用いられていた。
VRMMOゲーム『創世のアクリア』には、アバターそれぞれに固定スキルというものが存在する。
スキルを使用することによって、仲間であるギルドメンバーとともに、爽快感溢れるバトルと臨場感のあるゲーム世界とシステムを楽しむことができた。
だが、望のスキルは、それら固定スキルとは異なっていた。
魂分配(ソウル・シェア)のスキル。
現状の四つのスキルには、当てはまらない特殊スキルの一つだ。
特殊スキルは、この仮想世界『創世のアクリア』のみならず、現実世界をも干渉する力と言われている。
「まあ、使い道のないスキルだけどな」
望は、自身のスキルを持て余していた。
魂分配(ソウル・シェア)のスキルは、その名のとおり、自身の魂を他に分け与えるスキルだ。
だが、望のスキルは一度きりしか使えない力であり、使うタイミングをはかる必要がある。
そういう意味では、一度行った契約を解消することが出来ない召喚のスキルと同じ制約が課せられていた。
使い勝手の悪いスキル。
それでもギルドの仲間達のスキルを駆使して、この世界を生き抜いていく。
それが、望を取り巻く仮想世界越しの現実だった。
その生活が一変したのは、ある警告メッセージが響いた時だ。
『ログアウトできません!』
「なっーー!」
その日、突如、望達は何の前触れもなく、『創世のアクリア』からログアウト出来なくなった。
原因不明の帰還不能状態。
和気藹々な雰囲気から一転、望が所属するギルドは張りつめたような混乱と静寂に支配される。
現実での自分達は今頃、どうなっているのかーー。
ゲームオーバーになっても、ログアウト出来ずにゲーム内に戻ってきてしまう現象。
緊迫した空気の中、ダンジョンから帰還したギルドマスターである友人ーー西村有は興奮気味にこう告げた。
「ログアウト出来なくなった? ならば、ギルドのみんなで協力して、『ログアウト出来るようになるアイテム』を生成すればいい。出来なくとも、これは『ログアウト出来るアイテム』だと偽って売り出せば、ギルドの運営費は潤うし、一石二鳥だ!」
「すごーい! さすが、ギルドマスターのお兄ちゃんだね!」
有の大胆発言に、その妹ーー西村花音は両手を広げて歓喜の声を上げた。
有は望と同じように、白を基調とした軽装を身に纏っている。
胸には、ギルドマスターの証である銀色のラペルピンが輝いていた。
花音は、紫のローブに無骨なガントレットとアンクレットに身を包んでいる。
彼女の赤みを帯びて見える髪は、桜色のリボンで左右のおさげに結われて、ふわふわと弾んでいた。
「はあっ…………。そんなに上手くいくのか」
そう息巻く有と花音とともに、望は目的のアイテムを生成するための素材の一つを手に入れるため、ダンジョンに赴いていた。
周囲には、これから中に入るために準備を整えているプレイヤーや、休憩を挟んでいるプレイヤーがひしめいていた。
いわゆる、初心者用ダンジョン。
熟練のプレイヤーである望達なら、余裕で攻略できるダンジョンだ。
何の障害もなく、目的のものを採取できるはずだった。
そこで、望が露店商を営んでいた『彼』から不可解な願いを告げられなかったらーー。
「君の魂分配(ソウル・シェア)のスキルを、『椎音愛梨』に使ってほしい」
「意味が分からない。それに、勧誘なら間に合っている」
望からすれば、それは会話の拒否でもあったし、断るという態度表明でもあった。
だが、青年はまるで頓着せずに続ける。
「君は、自分のスキルを分かっていない。持てる力を振るわないのは罪だ」
感情のこもった言葉。
だけど、ただ事実を紡いだ言葉に、望は視線を落とす。
「このスキルは使いどころが難しいだろう。それに何で、俺のスキルのことを知っているんだ?」
「特殊スキルは、現実世界をも干渉する」
答えになっていない返答に、望はため息をつきたくなるのを堪える。
その時、花音の声が聞こえた。
「望くん! お兄ちゃんが、そろそろダンジョンに入ろうってー!」
「ああ」
望が駆け寄ると、花音は悪戯っぽく目を細める。
花音と今後のことで話し合っていた有が、インターフェースで表示したダンジョンのマップを見つめていた。
「まだ、返事を聞いていない」
ダンジョンへ向かおうとする望達に、すぐに青年が追いついてくる。
青年が取った行動に、望は緩やかに首を横に振った。
「悪いけれど、意味が分からないし断る」
望の宣言に、青年は表情を変えなかった。
青年は踵を返し、店内にあった転送用のアイテムに触れたところでふと思い出したように振り返った。
「君は必ず、愛梨に魂分配(ソウル・シェア)のスキルを使う」
風とともに翻る、青みがかかった銀髪。
鈴の音のような青年の声。
そのとらえどころのない意味深な言葉が、青年の最後の行動とともに、妙に望の頭に残った。
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