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留菜マナ
留菜マナ

第九十四話 この声はずっと届かない⑥

公開日時: 2020年12月21日(月) 16:30
文字数:2,252

「美羅を現実世界に存在させるために、『レギオン』は生贄を欲しているか」

「望よ。想像していたよりも、深刻な状況になってきたようだ」


翌日、高校の授業を終えた放課後、望と有は昨日、徹から聞かされたことを話し合っていた。


「このままではいずれ、明晰夢の中で見た理想の世界が実現してしまうんだな」 


昇降口に辿り着いた望は、隣を歩いていた有の方を振り返ると窮地に立たされた気分で息を詰める。


明晰夢の中で見た、理想が体現された世界。

それは、一人の少女を犠牲することによって成り立つ世界だ。

美羅を宿した少女は、虚ろな生ける屍になる。


世界のために最愛を失うか、最愛のために世界を敵に回すか。


恐らく、『レギオン』は躊躇うことなく、世界を選ぶだろう。

全ては、彼らが告げる世界の安寧のためにーー。

そして、この残酷な理想の世界で、娘を奪われた少女の家族は、どこまでもどこまでも悲しみ続けることになる。


「ーーっ」


あまりにも唐突な事実を前にして、望は理解が追いつかなくなったように唇を噛みしめる。

だが、この時、望は知らなかった。

美羅の適合者として選ばれたリノアとその両親が、『レギオン』に所属しており、自ら望んでその身を差し出していたことをーー。


「しかし、望よ。誰でも、美羅の器になれるというわけではないのだろう。美羅の適合者である少女を、『レギオン』はどうやって探し出すつもりだ」

「ああ」


有のもっともな指摘に、望は靴を履き替えると、昨日、愛梨が断片的に聞き取った情報を思い返し、不思議そうにつぶやいた。


「昨日の徹達の会話の内容だと、愛梨と同じ年頃の少女達が、同時期に行方不明になっていた。『レギオン』と『カーラ』に所属している者、またはその家族、そして『創世のアクリア』をしていない者が狙われたみたいなんだ。だけど、実際のところ、事件としては扱われていない」

「事件性をもみ消してしまうほどの圧力があるのかもしれないな。『レギオン』は、現実世界でも強大な影響力がありそうだ」


問いかけるような声でそう言った望に、同じく靴を履き替えた有は軽く頷いてみせる。


「現実世界における美羅の適合者と謎の失踪事件。そして、それに伴う『レギオン』の暗躍。警戒する要件が多いというなら、相手の出方を見るよりほかにない。とにかく、望よ。今度の休日に、転送石を購入するための報酬が得られるクエストに挑むぞ!」

「有らしいな」


有が出した結論に、望は苦笑しながらも同意したのだった。





転送石を得るためのクエストを挑む当日ーー。


有の家に集まった望達は、携帯端末を操作して、『創世のアクリア』へとログインする。

望達の意識と視界が変化し、目の前に広がる金色の麦畑や肌に纏わりつく風と気候が、まるで本物のように感じられた。

だが、有達のギルド『キャスケット』がある、湖畔の街、マスカットの街並み自体はさほど変わっていない。

今日も、大勢の人で賑わい、プレイヤー達の行き来も激しかった。

望達は早速、ギルドへと足を運ぶ。


「有、花音、それに望くん」

「母さん!」

「お母さん、お待たせ!」

「こんにちは」


望達がギルドに入ると、既に有の母親が控えていた。

ギルドの奥では、先にログインしていた奏良が準備を整えている。

アンティークな雑貨の数々と、有の母親の火の魔術のスキルで光らせている灯は、ギルド内に幻想的な雰囲気を醸し出していた。

有の父親は休日出勤しているため、今日はログインしていない。


「マスター、有様、花音様、お待ちしておりました。有様の指示どおり、クエストの情報は、奏良様と有様のお母様とともに先に調べています」


プラネットは、人数分の紅茶を準備すると、丁重にテーブルに並べる。

お茶請けは、焼きたてのパンケーキだった。

花音は席に座ると、未(いま)だ温かなふわふわの生地に、ハチミツを添える。


「わーい! プラネットちゃんの作ったパンケーキ、すごく美味しいよ!」


ケーキを切り分けて一片を頬張った花音は、屈託のない笑顔で歓声を上げた。

それに倣って、席に座った望達も、パンケーキを切り分けて口に運ぶ。


「本物のパンケーキを食べているみたいだな」


まるで現実のパンケーキを食べているような味と匂いと食感。

想像以上の再現度に、望は感極まってしまう。


「よし、ギルドの管理は母さんに任せて、クエストを受注するぞ」

「うん」


有の指示に、ワッフルを食べ終わった花音は大きく同意する。

だが、花音はすぐに思い出したように唸った。


「でも、お兄ちゃん。今度、受けるクエストって、どんな内容を選んだらいいのかな?」

「そうだな」


もっともな花音の疑問に、望も同意する。


「有。本当に、クエストを受注しても大丈夫なのか?」

「掲示板では、既に別の話題で盛り上がっていたから大丈夫だとは思うが、こればかりは行ってみないと分からないな」


奏良の疑問を受けて、有はプラネットに目配せした。


「プラネットよ、頼む」

「はい」


有の指示に、プラネットは恭しく礼をする。

そして、軽い調子で指を横に振り、望達の目の前に報酬の多いクエスト名を可視化させた。


討伐クエスト。

護衛クエスト。

探索クエスト。

アイテム生成クエスト。


様々な種類のクエストが表示されている。

その中で、望は不可思議なクエストに気づき、目を瞬かせた。


「朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム?」

「マスター、こちらは期間限定の上級者クエストになります。『パラディアム』という塔の最上階に、凶悪なモンスターが待ち構えています。そのモンスターを討伐することが目的のようです」


望の質問に、プラネットは律儀に答えた。

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