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留菜マナ
留菜マナ

第四十三話 星空のプラネット⑧

公開日時: 2020年11月23日(月) 07:00
文字数:2,305

『創世のアクリア』内で突如、起きたーーシステム上の不具合による帰還不能状態。


『創世のアクリア』の開発会社は、この件を受けて、運営そのものを別の会社に委託してサービスそのものを移行した。

だが、公式がリニューアルされたとはいえ、帰還不能に陥ったゲームを再び、始めるのは厳しかったのだろう。

だからこそ、せめて、彼女が良いマスターに巡り会えるように、と彼女のマスターは別れ際に言付けを残した。


『マスターは、プラネット自身で見極めてから決めなさい』


不意に、望の脳裏に、プラネットのマスターが、プラネットを叱咤激励する様子が思い浮かぶ。


プラネットのことを想って告げた別れの言葉ーー。


そのおかげで、プラネットは自身で判断して、ギルドを選ぶことができたんだよな。

そして、俺達と巡り合った。


望が思案するように顎に手を当てていると、花音は興味津々な様子でプラネットを見た。


「ねえ、お兄ちゃん、望くん。この子、どうするの?」

「それはーー」

「妹よ、仲間にするつもりだ」


答える前に先んじて言葉が飛んできて、どうするのか躊躇っていた望は口にしかけた言葉を呑み込む。

首を一度横に振ると、代わりに望は不思議そうに有に訊いた。


「仲間にするのか?」

「恐らく、これを逃したら、自律型AIを持つNPCを仲間にするチャンスは二度とないだろう。基本、NPCは運営側の管理か、高位ギルドが管理しているからな」

「確かにな」


感情に任せて言い募る有に、先程、遭遇したニコットのことを思い出しながら望は言った。


「じゃあ、プラネットちゃんはレアなんだね」

「そうですね」


花音とプラネットはお互い示し合わせたように、顔を見合わせて苦笑する。


「まあ、確かにこのまま、放っておけないしな」

「マスター、ありがとうございます」


望は吹っ切れたように、プラネットの申し出を承諾した。

望は居住まいを正すと、改めて、自己紹介する。


「俺は蜜風望。よろしくな」

「プラネットよ。俺は『キャスケット』のギルドマスター、西村有だ」

「私は西村花音。よろしくね」

「岩波奏良だ」

「私は自律型AIを持つNPC、プラネットです。では、契約に従い、『キャスケット』に所属します。皆さん、これから、よろしくお願い致します」


望達の懇意に触れて、プラネットは一礼すると穏やかな表情で胸を撫で下ろしたのだった。






「皆さん、ご迷惑をおかけしてしまってすみません」


望達の仲間になった後、プラネットは酒場にいるプレイヤー達へと視線を向けた。

プラネットが丁重に頭を下げてきたので、酒場にいたプレイヤー達は虚を突かれたように目を瞬かせてしまう。


「いえいえ、ご無事で何よりです。先程の方々は、こちらで運営に報告しておきますね」


プラネットの謝罪に、NPCの店員も前に進み出て深々と頭を下げる。


「同じNPC同士、この世界で頑張って生きていきましょう」

「はい、ありがとうございます」


ほんわかな笑みを浮かべて言うプラネットを見て、NPCの店員も笑顔を返す。

その様子を傍目に、有の父親は早々に切り出した。


「有、これからどうするんだ?」

「新しい仲間は見つかったからな。ひとまず、ギルドに戻るつもりだ」

「えっー! お兄ちゃん、新しいクエストの受注はしないの?」


有の思わぬ方針転換に、花音は輪をかけて動揺した。

花音が意味を計りかねて有を見ると、有は意を決したように続ける。


「心配するな、妹よ。ギルドを任せているペンギン男爵から、クエストの情報を聞き出せばいい」

「すごーい! ペンギン男爵さんって情報通なんだね!」

「……多分、違うと思うな」


両手を握りしめて言い募る花音に熱い心意気を感じて、望は少し困ったように頬を撫でてみせた。


「よし、望、奏良、父さん、母さん、プラネット、そして妹よ、戻るぞ! ギルドへ!」

「ああ」

「うん!」

「まあ、目的はほぼ果たしたからな」


有の指示に、望と花音が頷き、奏良は渋い顔で承諾した。

望達が転送アイテムを掲げた有の傍に立つと、地面にうっすらと円の模様が刻まれる。

望達が気づいた時には視界が切り替わり、望達のギルドがある湖畔の街、マスカットの前にいた。


「わーい! マスカットに戻ってきたよ!」


湖畔の街、マスカットに戻ってきていることを確認すると、花音は嬉しそうにはにかんだ。

プラネットは居住まいを正して、真剣な表情で尋ねる。


「マスター、この街にマスターのギルドがあるのですか?」

「……あ、ああ」

「うん」


望が言い繕うのを見て、花音は追随するようにこくりと首を縦に振った。

有達のギルド『キャスケット』がある、湖畔の街、マスカットの街並み自体は、今朝とさほど変わらない。

大勢の人で賑わい、プレイヤー達の行き来も激しかった。

モンスターの情報や、新しいクエストについての噂、ダンジョンで手に入れた武器の自慢、あるいは現実での話を持ち込み、会話に花を咲かせている。


「この街には、他にギルドはないのでしょうか?」

「うん。今は、私達のギルドだけなの。前はあったんだけど、他のギルドは公式リニューアル前に辞めたり、利便性を考えて別の街に移転したんだよ」


プラネットの問いに、花音は人懐っこそうな笑みを浮かべて答えた。


「妹よ。プラネットの能力を把握しておきたいし、そろそろギルドに戻るぞ」

「うん」


有が咄嗟にそう言って表情を切り替えると、花音は嬉しそうに応じる。

望達は街の雑踏をかき分けて、ギルドへと足を運ぶ。


「ただいま、ペンギン男爵さん!」

「お帰りなさいませ」


花音が喜色満面でギルドに入ると、奥に控えていたペンギン男爵は恭しく礼をする。

アンティークな雑貨の数々と、有の母親の火の魔術のスキルで光らせている灯は、ギルド内に幻想的な雰囲気を醸し出していた。


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