「美羅の特殊スキルは、全ての人々にご加護を与え、一部の者達に神のごとき力ーー『明晰夢』を授ける力か」
望は瞬きを繰り返しながら、かなめが語った美羅の特殊スキルの内容を思い出してつぶやいた。
『蜜風望。美羅様の真なる力の発動には、君と椎音愛梨の力が必要だ』
望の脳裏に、『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』で告げられた賢の言葉が蘇る。
「美羅は、特殊スキルであるーー究極スキルそのもの。だから、俺達、特殊スキルの使い手とシンクロすることで、彼女は目覚め、俺達と同じ動作をするんだな」
紘が語った真実を、望は噛みしめるように反芻する。
ただ、今は、濁流みたいに押し寄せてくる感情に耐えるだけで精一杯だった。
特殊スキル。
世界を牛耳る力と謳われ、現実世界をも干渉する力。
そして、全ての世界そのものを改変させることすら可能な、万能の力。
世界の根源へと繋がる話に、奏良はふと座りの悪さを覚える。
「『レギオン』に関わる組織が引き起こしたとされる失踪事件。彼らは何故、サービスを終了した時点で、それらを発覚させたんだ?」
「世間一般に、美羅という『救世の女神』を知らしめるためだ」
予測出来ていた奏良の言及に、紘は訥々と語った。
望は改めて、紘が口にした言葉を脳内で咀嚼する。
美羅を世間に知らしめることで、現実世界における美羅の特殊スキルの効果を向上させたーー。
「美羅と同化したリノアは、今も目覚めていないんだよな」
不可解な空気に侵される中、望は慄然とつぶやいた。
そして、この状況を少しでも早く改善すべく思考を巡らせる。
『強制ログアウト』
当初、強制的な帰還は、システム上の不具合、サーバーの不調から発生した、ただのトラブルかと考えられていた。
しかし、その直後、驚くべきニュースが、ゲーム業界を駆け巡った。
『VRMMOゲームで引き起こされた未知の事象、怪事件の謎』
紘達、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達が調べていた、『レギオン』に関わる組織がおこなったとされる失踪事件。
それは、愛梨と同じ年頃の少女達が、同時期に学校を休んで、家族と一緒に旅行に出かけているという奇妙な一件である。
当初、被害者達が誘拐を完全否定したため、証拠不十分として処理されていた案件だった。
しかし、突如、被害者である少女達と家族が一貫して、その発言を覆した。
「私、誘拐されたの」
「私達、女神様になれなかった……」
被害者である少女達は昏(くら)い瞳を伴い、虚ろな笑みを浮かべて訴える。
「私達、その日は旅行に行っていません」
「どうして、旅行に行ったと思ったのかしら?」
まるで、最初からそう仕組まれていたように、少女達の家族も時を同じくしてそう証言し始めた。
その際、誘拐、監禁をおこなったと示唆された『レギオン』と『カーラ』に関わる者達全てが、警察に身柄を確保され、事情聴取を受けている。
だが、その後、彼らが捕まった警察署を起点として、現実世界は、かなめが見せた明晰夢の世界のように変わり果てていった。
「つまり、あの失踪事件の発覚そのものが、現実世界を変革させる起因になっていたんだな」
望は一息つくと、事態の重さを噛みしめる。
「この後、この城下町の冒険者ギルドに行けば、柏原勇太に会えるはずだ」
「そのことまで知っているのか?」
紘の静かな決意を込めた声。
付け加えられた言葉に込められた感情に、望達は戦慄した。
「冒険者ギルドに行くかは、君達で決めるといい」
紘の言葉は、望達には額面以上の重みがあった。
「現実世界を元の状態に戻すためには、美羅の特殊スキルの力を止める必要がある。クエストを受ければ、リノアを元に戻す方法が見つかるという確証はないが、こればかりは行ってみないと分からないからな」
「リノアは、現実世界でも仮想世界でも、『レギオン』と『カーラ』の手の内にある。彼女が敵の手中にある状態で、どこまで『レギオン』と『カーラ』と渡り合えるのか、判断がつかんな」
有の言葉を捕捉するように、奏良は紅茶を口に含むと、疲れたように大きく息を吐いた。
「俺達が語れるのはここまでだ」
徹は考え込む素振りをしてから、改めて望達を見据えた。
そこで、美羅に纏わる話は、一先ず終わりを告げる。
「紘様、徹様、貴重なお話をありがとうございます」
立ち上がったプラネットは礼を述べると、徹から提示されたクエストの数々をデータとして纏めた。
「椎音紘、徹よ。手間を取らせてしまってすまない」
「ああ」
有の感謝の言葉に、徹は照れくさそうに答える。
一通りの話が終わったところで、望達は『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドを出たのだった。
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