兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第百六話 二人だけの間奏曲④

公開日時: 2021年1月2日(土) 16:30
文字数:2,191

「「なっ!」」


鋭く声を飛ばした望とリノアは、第四十九層のフロアの入口から次々と現れるプレイヤー達の存在に気づいた。

全員が騎士の如き装備を身に纏い、それぞれの武器を望達に突きつけてくる。

賢を先頭に並んでいることから、恐らく、全員が『レギオン』の一員なのだろう。

相手は、騎士団に等しい。

それらを相手に戦い、この草原から脱出するのは骨が折れるだろう。


「この電磁波。何者かが、マスターにジャミングしている?」


周囲を窺っていたプラネットは、奇怪な電磁波に気づいて、痛々しく表情を歪ませる。


先程までおこなわれていなかった、シンクロを伴う電磁波が発生しているーー。


だが、いつもと違い、望自身に、頭痛は発生していない。


リノア様が、美羅様と同化したことが原因なのでしょうか?


その不可解な現象を前にして、プラネットは一抹の不安を覚えた。

その時、『レギオン』の集団の後方から、一筋の殺気が放たれる。


「そこです!」


しかし、その不意討ちは、プラネットには見切られていた。

プラネットは反射的に飛んできたダガーを避けると、その方向に向かって電磁波を飛ばした。


「ーーっ」


初擊の鋭さから一転してもたついた襲撃者は、電磁波の一撃をまともに喰らい、苦悶の表情を浮かべる。


「喰らえ!」


そこに、奏良の銃弾が放たれた。

弾は寸分違わず、襲撃者に命中する。


「敵意確認。指令を妨害されたことにより、臨戦態勢に入ります」

「ニコットちゃん!」


急速に反転する攻防を前にして、花音は大きく目を見開いた。


「有様、彼女が放っていた電磁波の発生が途切れました。ですがーー」

「ああ。不可解な現象が続いたままだな」


プラネットの躊躇いに、有は思案するように視線を巡らせる。


「ダンジョン脱出用のアイテムを使用して、この場所から離脱することはできませんでしょうか?」

「プラネットよ、残念だが不可能だ。今回も、ダンジョン脱出用のアイテムなどは容易に使用させてはもらえないようだ」


プラネットの申し出に、有は苦々しく唇を噛みしめた。

有の指摘どおり、『レギオン』のギルドメンバーの魔術のスキルの使い手達は、転送アイテムなどを使用不可能にする魔術を練り上げている。

とんでもなく、複雑に編み込まれた魔術の障壁だ。

恐らく、ダンジョン脱出用のアイテムを使っても、障壁に弾き返されてこの塔から出られないだろう。


「どうすればいいんだ?」

「どうすればいいの?」


周囲に視線を巡らせた望とリノアの顔には、はっきりと絶望の色が浮かんでいた。

望が突破口を開くために賢達に攻撃を仕掛ければ、位置座標をずらされたリノアもまた、有達に同じ攻撃を加えることになる。


仲間を救う力を得たはずなのに、その力で逆に仲間を傷つけてしまうかもしれない。


状況を覆る力を得たとはいえ、望が今、この場で蒼の剣を振るえば、危機的な状況に陥りかねない。

望達と賢達による、隠しようもない戦意と敵意。

交錯する視線。


「お兄ちゃん、これからどうしたらーー」


予想外の出来事を前にして、花音が疑問を口にしようとした瞬間ーー


「リノアーーーーっ!」


響き渡ったその声に、望達は大きく目を見開いた。


『フェイタル・レジェンド!』


突如、乱入してきた少年ーー勇太は大剣を構え、大技をぶちかました。

勇太の放った天賦のスキルによる波動が、賢を襲う。

だが、賢達の動きは、望達の想像とは一線を画していた。


「賢様!」


同じ天賦のスキルの使い手達が、賢の盾になるように、勇太の前に立ち塞がる。


『『フェイタル・レジェンド!』』

「ーーっ」


天賦のスキルの使い手達が、勇太と同じ技を同時に放つ。

HPを半分以上減らされた勇太は、大きく吹き飛ばされて地面を転がる。


「柏原勇太くん、素晴らしい圧だな」


その静かな言葉とともに、賢は小さな音を響かせて剣を下段に構える。

勇太は、大剣を支えに立ち上がると必死に叫んだ。


「リノアを元に戻せ!」

「それはできないな。美羅様の真なる覚醒には、彼女の器が必要だ」


勇太の訴えを、賢はつまらなそうに一蹴する。


「だったら、リノアを取り戻す!」

「……愚かな」


勇太の即座の切り返しに、賢は落胆したようにため息をつく。


「喰らえ!」

「……くっ」


勇太の大剣との賢の剣のつばぜり合いは一瞬で終わり、カキンと高い音を響かせて離れた二人は、そこから脅威的な剣戟の応酬を見せた。

先程の速度をさらに越える瞬発。

迷いのない美しい賢の一刀に、勇太はぎりぎりのところで大剣を受ける。

剣と大剣がぶつかり合う度に散る、互いのHP。


『フェイタル・レジェンド!』

「ーーっ」


勇太が放った天賦のスキルによる大技は、賢の距離が極端に離れたことで対応された。


「すごいな」

「すごいね」


高度で複雑な剣閃の応酬。

望とリノアは思わず、驚嘆のため息を吐く。


「素晴らしいな」


強敵を前にした高揚感と満足感。

爽やかな喜びを全面に出した賢と対照的に、勇太は沈黙を貫いた。

不満そうな勇太の様子に尻目に、賢は不意に遠くを見遣るようにして剣を一振りする。


「だが、残念ながら素晴らしいだけだ」

「ーーーーっ」


その言葉が再び、勇太の心に火を点ける。

露骨な敵意と同時に、勇太は一足飛びに賢との距離を詰めた。


「はあっ!」


裂帛の気合いとともに放たれた大剣の一閃に、賢は易々と対応する。


「……っ!?」


勇太が走らせた瞬間の感情に、状況は明白になった。


賢が、勇太を押しているーー。


その厳然たる事実は、徐々にHPにも現れていった。

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